第311話 それぞれのお休み

「あれ、ユータ帰ってたんだ~」

部屋でムゥちゃんのお世話をしていると、授業を終えたラキが帰ってきた。

「う、うん!えっとね、その……」

「先生には、ユータがホームシックで帰っちゃったから今日はお休みって言っておいたよ~」

なんと言い訳しようともじもじしていると、ラキがなんでもないように言った。そう言えば、オレ家に帰るって言ってたんだっけ。

「あ、そ、そうなの。ありがとう!」

「先生泣いてたよ~『ああっ!そうよねっユータ君はまだあんなに小さいのに頑張っているんだもん!気付かないなんて私のばかばか』……って~」

大げさに身振り手振りをつけたモノマネに、思わず吹き出して笑った。

「そこまで深刻じゃなかったんだけどね~ちょっとしたトラブルがあっただけなんだけど」

「いいんじゃない~?ユータは授業出なくてもついていけてるし、先生には唐揚げでも渡せばいいと思うよ~」

なるほど!あとでしっかり美味しい賄賂を贈っておこう。


「なぁ!ユータは……なんだ、いるじゃん」

ばーんと扉を開けて入って来たのは、案の定タクト。勢い込んで入って来た所で、ベッドに座ったオレを見てやれやれと力を抜いた。

「よっ……と!」

ひょいと一挙動で上のベッドまで上がってきたタクトは、ざっとオレを眺めてから、にやっと笑った。

「ふーん、何てことなさそうだな。やっぱ家が恋しかっただけか!ん~?ユータくんはもうすぐ休みなのに耐えられなかったのかな~?」

「ち、違うよ!ちょっとしたトラブルで帰れなかっただけだよ!」

にやにやとオレをつつくタクトに、慌てて弁解したけどちっとも取り合ってくれない。

「へえ~ふう~ん」

馬鹿にしきった顔に、怒って枕を投げつけた。ほぼゼロ距離射撃だ、外しようがない。

見事顔面で受けたタクトがひっくり返った拍子に、ゴツっと音がした……うむ、ベッド柵で頭を打ったようだ。

「ってぇー!」

仰向けで頭を抱えるタクトに、さすがにやりすぎたかなと覗き込む。

「隙アリ!!」

「うわあ!」

その瞬間、すさまじい速度で飛び起きたタクトが、テーブルクロスよろしく足下の布団を引っ張った。突然のローリングに三半規管がついていけずに頭がぐらぐらする……!なにその無駄に俊敏な動き……!!

「二人とも、ベッドで暴れない~!特にタクト!もう重いんだから~ベッド壊れるよ!」

ちくしょう、反撃だ……と視線を走らせたところで、ラキストップがかかった。

寮のベッドはやんちゃな子どもがジャングルジムにしてもそうそう壊れない頑強なものだけど、さすがにぎしぎしミシミシ鳴っている気がする。タクトとラキは成長期真っ只中、体重も身長もひまわりのようにぐいぐい伸びているからね……羨ましくはないとも、オレもその年齢になったら同じように成長するもの。


「ユータ、タクトは結構心配してたんだよ~」

「え、そうなの?ごめんね?」

驚いてタクトを見上げると、なんだかばつの悪そうな顔をしている。

「えーそれ言っちゃう?なんか過保護な母ちゃんみたいで恥ずかしいじゃん……」

「暴れた罰だよ~」

ラキの罰が……精神面にまで及ぶようになっている……!これは気をつけなければ大ダメージ必須!!オレはラキの取り扱い注意、とひそかに頭の中メモにマーカーを引いておいた。


「それで、ユータは今回帰ったから次の休みは帰らないの~?そんなことないよね~?」

「うん、次のお休みは連休でしょう?お出かけするんだ!」

「へえ~いいな!俺はどうしよっかなー」

てっきりタクトも一緒にヤクス村へ行くものだと思っていたので、ちょっと驚いた。エリちゃんに会いに行かなくていいんだろうか。

「ん~この間も行ったしな。あいつんとこもパパさんママさん元気になったみたいだし、もう心配なさそうじゃねえ?それよか父ちゃんが今忙しい時期だし金もかかるし、やっぱやめとこうかな」

この間って結構前の話だと思うんだけど、この世界ではそんなものらしい。エリちゃんが寂しがらないかなと思ったけど、エリちゃんはエリちゃんでキャロやリリアと楽しそうだから、もしかしてタクトはそれも気遣ってるのかな。

タクトはいろいろと鈍感だったり抜けているけど、意外なところで気を回したりする。交友関係も広いし、そんな所がコミュニケーション能力の高さなのかもしれないね。

「ラキはどーすんの?」

「僕は帰らないよ~。ねえタクト、ちょっと相談なんだけど――」

タクトのパパさんが忙しいと聞いて、思案げな様子だったラキが口を開いた。どうやら加工師としての修行を兼ねて、何か手伝わせてもらえるものはないかってことらしい。ラキの腕はギルドのお墨付きだし、それは願ってもないことなんじゃないかな。

「でもさ……うち、ラキに報酬払えねえと思う」

「いらないよ!勉強させてほしいんだ~」

どうやら休み中ラキとタクトは一緒にいられるみたい。それを聞くとなんだか仲間はずれみたいで少し寂しくなってくるなあ。

「ふふん、ユータが追いつけないぐらい二人で依頼もこなしておいてやるよ!」

腕組みしてオレを見下ろしたタクトに、すかさずラキが釘を刺した。

「それもいいけど、また長期依頼こなせるように勉強も頑張ってもらうよ~!なんせ僕タクトの家にいるわけだし~?」

得意げだったタクトの顔が、絶望に染まった。



* * * * *


「こんにちは~」

「おう、ラキこっちだ!荷物はそのへん置いとけ」

タクトが住むのはごく小さな工房兼住宅だ。雇い主が鍛冶職人に安く提供しているらしい。個人でできる作業はここで、大量生産や共同作業は別の工房へ出勤して行うらしい。

「うわあ……いいなあ~こんな炉がある家なんて素敵だな~」

工房へ入った途端、ぐっと上がった温度と独特の匂いに、ラキがうっとりと奥の炉を見つめた。

「……これがそんないいもんかよ……冬場はまあ、あったかくていいけどさ」

ラキのきらきらした瞳に、タクトはかなり引いている。タクトにとってはうるさいし熱いし臭いしで、ちっとも喜ばしいものではない。


「あ、こんにちは、君がラキくん?」

「はい!よろしくお願いします~!」

ふいごで温度を調整していたパパさんが、手を振って笑った。

「いやいや、ギルドで評判の加工師殿が手伝ってくれるなんて、光栄の至りだよ」

「ぼ、僕そんな……まだできることはあんまり~」

赤面したラキに、頼りにしてるとパパさんが肩を叩いた。

「なるべく報酬は捻出しようと思うけど……悪いけどあまり期待はしないでくれ。じゃあひとまずどのくらいできるか教えてもらえるかな?」

「はい!」


「……ふう……どう、ですか~?」

「…………」

「な?すげーって言ったじゃん?」

その後、張り切ったラキの渾身の装飾に、パパさんはしばし固まることとなったのだった。


「じゃ、俺の部屋に……って、なんでそんな荷物多いんだよ」

パパさんが明日からのスケジュールを組み直すと言うので、ひとまず住居部分の案内を……となった所で、タクトはラキの大荷物に呆れた視線を寄越した。泊まり込みと言っても必要なものなど下着の替えくらいだろうに。

「だって加工の道具がいるし~それに……これもいるでしょ?」

にっこりと微笑んで取り出された教科書に、タクトの顔が引きつった。こいつ、マジで持ってきやがった。休みの日に勉強するなんて、バカじゃねえの……。

タクトの内心を知ってか知らずか、いや確実に知りつつラキの笑みは深くなる。

「タクト、僕ちゃんと先生に聞いてきたから安心して~?魔法史と魔法薬と……この間の試験、どうだったかな?試験に落ちたらそもそも依頼なんてこなせないよ?休みの間、苦手なところ集中的にやろうね~?」

「ち、ちくしょう……俺……なんで、なんで帰らなかったんだ……」

タクトはがっくりと膝を落としてうずくまった。


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