第312話 家族旅行
「楽しみだねえ!どこに行くんだろう?」
「ムゥ!」
ウキウキしたムゥちゃんが、オレの言葉にいちいち元気に手を挙げて答えてくれる。
首から下げたムゥちゃんポケット。お守り袋みたいなそれは、幻獣店シーリアさんのお手製だ。ルルのお古だと言ってオレにくれたんだ。さすがに冒険に連れて行ったりはしないけど、旅行なんかだとこうして一緒に出かけられるのはいいね。
本当はさっさと転移で帰ってしまいたかったけど、ラキが馬車乗り場まで送るから!と言って聞かず、結局馬車に乗るところまで見守られてしまった。
「ただいまー!」
じりじりしながら馬車に乗ってヤクス村まで帰ってくると、村の門の所まで執事さんが迎えに来てくれていた。ぴょんと飛びつけば、優しい瞳で柔らかく受け止めてくれる。
「ちゃんと馬車で帰って来ましたね。最近は転移ばかりなので、少し心配していましたよ」
「そ、そう?ちゃんと馬車に乗るよ!うん!大丈夫」
ラキ、グッジョブ!と冷や汗をかきながら笑って誤魔化すと、二人で手を繋いで歩き出した。
「ねえ、お出かけするんでしょう?どこに行くの?」
「それはカロルス様から教えてもらいましょうか。きっとユータ様の喜ばれる場所ですよ」
「そう?楽しみ!執事さんたちも一緒?」
オレはきっとどこへ行っても嬉しいよ!だってみんなと旅行なんて滅多にできないんだから!
「いえ、そう頻繁に館を留守にはできませんから、私が残りますよ」
だから私がお迎えに……と小さく呟いた執事さん。そうなのか、残念だな……ダンジョンに行った時より長く館を空けるってことかな。執事さんがいるならカロルス様が残っているよりきっと安心だ。でも、執事さんだけ楽しめないなんて……。思わず、カサカサした手をきゅっと握った。
「一緒に、行きたかったね……」
きっと、執事さんも寂しいよね?ハの字眉になって見上げると、執事さんは片手で口元を押さえて半分顔を隠した。
「……いえ、私はもういい年ですから、館でゆっくりする方が性に合っているんですよ。お気遣いありがとうございます」
ややあって答えた執事さんは、そっと微笑んでオレの頭を撫でた。
「ねえ、お土産は何がいい?オレ、執事さんの好きなもの買ってきてあげる!」
ちょっとしょんぼりしたけど、その代わりいいものを買ってきてあげよう!そう思いついて目を輝かせた。オレ、ちゃんと冒険者でお金を稼いでいるもの、お土産買って帰れるよ!
「え?いえいえ……そんな、勿体ない。どうぞお気になさらず……」
案の定遠慮する執事さんに、ここで引いてなるものかと前へまわった。
「いいから!そうじゃないと見つけた中で一番高価なもの買ってくるよ!何がいいかこっそり教えて?」
サッと上げた両手に、執事さんは困惑しつつ、意図を汲んでふわりと抱き上げてくれる。
「ねえ、何がいい?食べ物?珍しいもの?本当に高価なのが良ければ、それでも大丈夫!」
ぐいっと首元にしがみついて耳を寄せると、ふ、と笑った雰囲気があった。
「……これは参りました。ユータ様も駆け引きをするようになりましたね」
落ち着いたトーンの声が、少し楽しげな響きを伝えてくる。だって執事さんは普通に言ってもきっと答えてくれないもの。
「かしこくなったんだよ!」
笑って間近な瞳を見つめると、執事さんは参りましたと片手を挙げた。でも、もうそれで騙されるオレではない!
「それで、何にする?」
再び耳を寄せると、こつんとおでこがぶつかった。ため息交じりの苦笑がオレの頬を掠める。
「やれやれ……本当に……仕方ないですね。では、その地方の名産のだんごを1つ、お願いします。ユータ様もぜひご賞味下さいね、とても美味しいですから」
観念した執事さんに、オレは満面の笑みを向けた。
「ただいま戻りました」
「ただいまー!」
館に到着すると、執事さんごと抱きしめそうな勢いでマリーさんが滑りこんできた。ぎゅううっと腕の中に閉じ込められる頃には、執事さんははるか離れた場所まで移動している……さすが、Aランク……!
「おかえりなさいませっ!ああ~ユータ様、お久しぶりにございます!」
「ム……ゥ……」
「ま、マリーさん!ムゥちゃん潰れちゃう!」
この間会ったところだよ!全然お久しぶりじゃないよ!
抱き潰されそうなオレとムゥちゃんをなんとか解放してもらって、オレたちはいつものようにソファーに腰掛けた。
ここは安全、と認識しているらしく、みんなも出てきて思い思いに寛いでいる。
『ラピス、俺様のそばにいて!怖い人がいるから!』
――怖い人なんていないの!チュー助ももう少し鍛えるの!
チュー助だけは執事さんが怖いので、常に執事さんから一番離れた場所に陣取っているようだ。
「あ~シロっていいなあ……僕も従魔契約とかできないかなぁ……」
「お前、できてもフェンリルは無理だろ……」
寝そべったシロにしがみついてうっとりしているのはセデス兄さん。
「はあ……くせになりそうよ」
モモとティアを両手の平に乗せて、交互に頬ずりしているのはエリーシャ様。その後ろではどうやらマリーさんが順番待ちをしているようだ。
『これ、なに?……トゲが生えてる』
「……ヒゲだっつうの」
蘇芳はカロルス様のヒゲに興味津々だ。抱っこしてもらって、そおっとヒゲに触れてはビクッと手を引っ込める……を繰り返している。地味にカロルス様傷ついてるみたいだから、やめてあげて……。
なんだかふれあいパークみたいになってしまってるけど、お出かけするんだよね?!
「あ、おう、そうだな……遠いからすぐにでも出た方がいいな」
「そう……そうよね……」
とても名残惜しげな面々だけど、お望みとあらば馬車の中で続きをどうぞ?
「ねえねえ!それでね、どこに行くの?!」
興奮が抑えられなくなってきて、ぴょんぴょん跳ねてとんぼを切った。
「今回はね~サラマンディアまで行くんだよ!僕も行ったことないから楽しみだよ」
「サラマンディア?」
聞いたものの、やっぱり分からない。ある程度の地名は学校で習ってはいるんだけど……。
「サラマンディモンって山は知らない?サラマンディアはその山麓の村だよ」
「うーん……あ!熱いお山?」
「まあ!ユータ様素晴らしいですね!よくお勉強してらっしゃいます!」
手放しに褒められてえへへ、と照れ笑いする。サラマンディモンは、習ったところによると火山らしく、生態系が独特なので特殊な依頼も多いらしい。
「火山の麓に行けるの?!わあ~楽しみ!!」
そんなの、見たことない!珍しい生き物なんかも見られるといいな!
早く行こう!と、オレはぐいぐいカロルス様を引っ張った。
「サラマンディアまで、どのくらいかかるの?」
みんなをせっついて馬車に乗り込むと、馬車内の荷物を片っ端から収納に詰め込んだ。荷が軽い方がきっと早く着くもんね!
「おいおい、全部入れるのはよせ!……そうだな、この馬車なら丸二日ぐらいだな」
わあ、結構遠い。貴族用の馬車は速いし、寄り道しないから乗合馬車とは段違いの速さで進むのに。ちなみに、馬が疲れるので普通は休憩しつつ行かなければいけないのだけど、裕福な貴族だと回復薬を与えながらトップスピードを維持して行くらしい。つまり、オレが回復すれば馬たちは疲れ知らずでぶっ飛ばせるってことだ!馬が嫌がるなら走り続けるのは無理だけど、回復するだけなら問題ないだろう。
「オレ、お馬さんの回復担当するね!」
「うふふ、そんなに急がなくても、馬車の中でゆっくりお話するのも楽しいわよ」
ふわっと身体が浮いてエリーシャ様のお膝に着地した。なんだかちょっと気恥ずかしい……カロルス様に甘えるのは平気だけど、エリーシャ様に甘えるのって、すごく甘えん坊みたいな気がして。
「ユータちゃんはいつも頑張りすぎだから、馬車ではたっぷり甘やかすって今決めたわ」
きゅうっと抱きしめられると、どこもかしこも柔らかで、まるでお布団に包まれてほわりと温かくなるような心地だ。
「それ、母上が甘えたいんじゃないの?」
セデス兄さんの呆れた視線に、エリーシャ様は華やかに笑った。
「そうね!それでいいわ!ユータちゃん、私、とーっても甘えたいの。だから、今日だけはいいでしょ?馬車の中なら私たちしかいないんだし、ね?」
ダメ?と瞳をうるうるさせたエリーシャ様に、オレは顔いっぱいで笑って抱きしめた。
「いいよ!オレ、エリーシャ様をいっぱい甘やかしてあげる!」
「まあ、ありがとう!ユータちゃん、優しいわ~」
優しい腕に抱きしめられて、いいこいいこ、とたっぷり撫でてもらって、なんだか赤ちゃんになったみたいだとくすくす笑った。
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