第295話 特別はあなたに

「あ、エルベル様-!久しぶりー!」

「なっ?……っと?!」

ふわりと転移すると、今日もエルベル様はベッドに腰掛けていた。つまり、転移したオレの真下。すうっと消える転移の光に伴ってどさっと落下するオレを、がしりと細い腕が支えた。

「お、お前ぇ~!毎回、肝を冷やす登場をするな!」

「ごめんね!だっていつもエルベル様が下にいるんだもの。でも、エルベル様なら大丈夫でしょう?」

片手一本でオレをぶら下げて、紅玉の瞳がオレを睨み付けた。エルベル様が華奢なのは見た目だけだもの、オレが上に落っこちたくらい、どうってことないだろうと思うけど。

「俺じゃないだろう、お前が………」

はたと止まった言葉と、揺れた瞳。気まずげにそっぽを向いた彼に、くすっと笑った。なんだ、オレの心配をしてくれていたんだね、本当に素直じゃないんだから。

「心配してくれてありがとう!オレも回復できるから大丈夫だよ!」

「ぐ……人間は脆いだろう、だから……当然の気遣いだ」

じわっと赤くなった王様は、これ以上つつくときっとご機嫌を損ねてしまうだろう。もう一度こっちを向いて貰おうと、オレはサッとお土産を取り出した。

「ほら、エルベル様!美味しいのもってきたよ!」

「……お前、俺を何だと思ってる……?犬か?それともガキか?お前より随分年上で王様なんだぞ?」

ブツブツ言いつつもしっかりこちらを向いた彼に、笑いをこらえながら包みをほどいてみせる。今日は、海人の里で手に入れたものを持ってきてみたんだよ、きっと珍しいと思って。

「ほう……これはなんだ?食えるのだろう?」

「これね、アガーラって言うの」

「へえ……柔いな」

エルベル様は、ひょいとアガーラを直接つまむと、物珍しそうにランプに透かせて覗き込んだ。年相応の少年の顔が嬉しくて、オレの頬も自然とほころぶ。

「キレイだな」

ふわっと上がった口角に、そう言えばエルベル様の自然な笑顔って珍しいな、なんて思った。


バササー!

響いた物音にビクッと部屋の入り口へ目を向けると、グンジョーさんがせかせかと落とした書類を拾い集めていた。

「ンンッ!失礼、どうぞお気になさらず」

「何やってんだお前……」

エルベル様は呆れた口調で言いつつ、スッとアガーラを自分の後ろへ隠した。もうバレてると思うよ……グンジョーさんは取らないし、みんなの分もあるから大丈夫。

「グンジョーさんお久しぶりです!これ、皆さんでどうぞ!」

侍従さんたちの分もたくさん作ったから、みんなで食べてもらえるだろう。

「これはこれは……我らにまでお気遣いいただきありがとうございます」

いそいそと出ていったグンジョーさんを見送って振り返ると、思わず吹き出しそうになって口元を押さえた。これは……あれだ、森の動物をブラッシングした時のルーの顔!

「……どうして怒ってるの」

「俺が?怒ってなんかない」

ぶすっとむくれた顔でアガーラを抱えた彼は、ぽいと一粒口へ放り込んだ。

「どう?おいしい?これね、ひとつひとつ味が違うんだよ?」

「ふうん……」

どうやらお好みに合ったようだ。しっぽはないけれど、少しだけご機嫌が持ち上がったのが分かる。

「ふふっ!エルベル様にはこっちも持ってきたんだ。これはみんなの分ないから、こっそり食べてね」

ここぞとばかりに差し出したのは、キレイにカットして甘みの少ないクリームを添えたタルトタタン。エルベル様用に美しく盛り付けて、見た目も豪華な逸品だ。

「……俺の分しかないのか」

「そう。ごめんね」

「いい、仕方ないな」

そのどこか満足げな表情に、俺は必死で笑いを堪えた。

エルベル様は、さっそくタルトタタンを手に取ると、がぶりと大きな一口を頬ばってほっぺを膨らませた。ちゃんとフォークも添えてあるのに、お行儀悪いって言われちゃうよ?

「こっちの方が美味い」

リスみたいなほっぺで目を輝かせた彼に、オレも満面の笑みを向けた。


タルトタタンとアガーラを平らげたエルベル様は、すっかりご機嫌も直ってベッドに転がった。

「お前の菓子は美味いな。腹がふくれたけどな」

「全部いっぺんに食べちゃうからだよ……晩ご飯ちゃんと食べないと大きくなれないよ?」

「お前が言うな」

ちらっと隣に座る俺を見上げた彼は、ふと思いついたように立ち上がってニヤリとした。

「お前、立ってみろよ」

「どうして?」

ぴょんとベッドから飛び降りて側へ立つと、ささやかな違和感に気がついた。きっと、オレが気にしているが故に敏感な違和感……。

「あれ……エルベル様、ちょっと大きくなった?」

「そうだろう!見ろ、お前より随分大きいし逞しいだろう。これからどんどん伸びるぞ!」

得意満面な顔に、むっと悔しさがわき上がる。

「エルベル様の方が年上だからだもん!それに逞しくはないよ!細いよ!」

「なんだと!逞しくなったろうが!」

正直、少し大人っぽく男らしい体格になったとは思うけど、逞しいって言うのはカロルス様みたいなことを言うんだもん!まだまだ細いよ、オレの方がまだ逞しいって言えるね!だって冒険者で鍛えてるもの。

オレが俺がとお互いにささやかな力こぶを見せて張り合っていると、クスクスと上品な笑い声が来こえた。

「どちらも美しい白魚のような腕ですよ」

全く嬉しくない言葉と共に歩み寄ってきたのは、美しい白髪の女性。

「ナーラさん!久しぶり!」

「ナーラ!お前といいグンジョーといい、部屋に入る時はきちんと断ってだな……」

「あら、でも扉は大きく開いておりましたよ?」

グンジョーさん……!

少し子どもっぽかったかと、オレ達はじろりとお互いを眺めてちょっぴり赤面した。


「ああ、ちょうどいい。お前の里への外交係はナーラに任せることにした」

おほん、と咳払いしたエルベル様が、思い出したように告げた。

「ユータ様、よろしくお願い致しますね」

「えっ本当?!よろしくお願いします!」

わぁい!と両手を差し出せば、ナーラさんはちょっと屈んで優しくハイタッチ(?)してくれた。ナーラさんなら物腰が柔らかくて外にも慣れているから、ピッタリだね!

「じゃあ、これからはいっぱい会えるね!」

「そう……ですね」

ナーラさんは困った顔で、ちらっとエルベル様を見た。

ぶすっとした顔で窓の外を眺めたエルベル様からは、どこか寂しげな雰囲気が漂っていて……オレはナーラさんにそっと耳打ちした。

ナーラさんの伏せた白い睫毛がとても繊細に瞬くと、少し逡巡した後、力強く頷いた。


「エルベル様、コウモリになって!ううん、1匹出して!」

「はっ?!なんだと?いきなり何言ってんだ……?」

突然の台詞に戸惑うのも構わず、せがんで1匹分離してもらったら、素早くナーラさんに預けた。

「どうぞいってらっしゃいませ。ナーラは、里よりも世界よりも、エルベル様が大切です」

「なに?行く……?あ、おまっ……!!」

エルベル様の混乱に乗じて腕をつかむと、淡く微笑むナーラさんににっこり笑って手を振り、光に包まれた。外交係として、エルベル様至上主義はどうかとも思うけど、ただオレにとってはその方が信頼できる。

「お・ま・え・はぁ~!いつも唐突すぎるんだよ!!一体、ここは……?」

光が収まると同時に、オレの両頬をひっぱるエルベル様。

「ひたっ!ひたひよっ!!」

加減っ!もっと加減して!!

「だって、突然じゃなかったら攫っ……連れてこられないでしょ?エルベル様色々忙しそうだし」

「だったら余計に!計画たてて外出すべきだろうが!」

そんな怒った顔をしてみせたって、さんさんと日の当たる室内にエルベル様の白い頬は上気して、その紅玉の瞳は好奇心を抑えきれずにきらきらしている。ほら、連れ出して良かったでしょう?犠牲になった真っ赤なほっぺをさすっていると、お馴染みの階段を駆け上がってくる軽快な足音、そして……

ばぁん!

「ユータ様!お帰りなさい……ませ?」

オレはビクッとしたエルベル様の両手をとると、満面の笑みを向けた。


「エルベル様、ようこそ!ロクサレン家へ!!」


「「へっ?!」」

マリーさんとエルベル様が、素っ頓狂な声を上げてぽかんと口を開けた。

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