第296話 ようこそ
「マリーさん、カロルス様たちに知らせてくれる?それまで部屋にいるね」
「……えっ?!はっ、はいっ!」
ヨダレを垂らしそうな顔でエルベル様を見つめるマリーさん、その目の輝きが危険な領域に達しそうだったので、慌てて退避を促す。曲がりなりにも王様だもんね!怒られないと思うけどいきなり抱きついたらだめだと思う……いきなり連れてくるのもダメだと思うけど。
名残惜しげにこちらを見つめていた瞳が消えると、エルベル様がホッと息を吐いた。
「……あれはなんだ?危険な香りがしたぞ」
「マリーさん?うん、子ども好きでね、ちょっと羽目を外しちゃう時があって……」
「違うわ!……ただの侍従じゃないだろう?強者の気配……だ」
ああ、そっち!そっちはあんまり気にしないでほしい。だってここにいる人はみんなそんな感じだし。
一緒にベッドへ腰掛けると、エルベル様はきょろきょろと室内を見回した。
「ここはお前の部屋か?……明るいな」
「そうだよ!これがオレのベッド、これが机でね、このカゴにフェリティアが入っていたんだよ!今でもティアとラピスがここで寝たりしてね……」
ふんふんと聞くともなしに頷いて、目を細めて物珍しげに見回しているけれど、オレの部屋には何も変わったものがない。机とベッド、少しの家具があるくらい。貴族の館にしては随分と簡素な内装に、美しい王族衣装をまとったエルベル様がものすごくミスマッチだ。明るいお日様の下で見るその姿は、王様の顔がすっかり剥がれて、豪華な衣装を着せられた少年にしか見えなかった。
うーん、ここで遊ぶなら、その衣装は大変そうだね。ふと話を止めたオレに、エルベル様はさらりと白髪を揺らして首を傾げた。
「ねえエルベル様、その衣装だと目立つし動きにくいし、オレの服に着替える?」
「お前の服が着られてたまるか」
じろっと睨まれた。ふむ、確かに……でもセデス兄さんのお古もあるから、聞いてみようか。
「お前……、これから領主と会うのだろう?このままでいい」
「じゃあ、挨拶したら着替えよっか!」
「……好きにしろ」
ここまで来たらもうどうにでもなれ……そんなちょっぴり投げやりな雰囲気を感じる。
オレはエルベル様と並んで腰かけると、村のこと、カロルス様たちのこと、色々お話しした。特に、カロルス様はあんまり貴族じゃないから、失礼なのは気にしないでほしいって強調しておいたよ。
「あんまり貴族じゃないってどういうことだ……」
「グンジョーさんとかナーラさんってみんな貴族っぽくて上品でしょう?そんな感じじゃないの。はっはっはー!って笑って、おひげがジョリってしてて、大きくて逞しいんだよ!」
腰に手を当ててむんと胸を張り、精一杯カロルス様のカッコイイ笑いを真似をしてみせる。
「……お前のソレは全くわからん。ただ、それがAランクの冒険者なんだろう?」
「そうだよ?」
さっきのマリーさんもそうだけどね。
少し緊張した面持ちに、きょとんとしてからハッとした。
「……エルベル様、オレの後ろにいて!シールドも張っておくね。オレ、カロルス様には勝てないけど、エルベル様を守ることはできるから」
緊張に強ばった身体をきゅっと抱きしめて、にこっとした。
「ほんの少しの時間守ることができたら、転移できるんでしょう?」
「まあ、な……。でも、お前に守ってもらうほど俺は弱くない」
ぐいっと胸を押し返され、ひたりと合わせた瞳は、随分強くて少し羨ましく思った。彼は強がりだった少年から、本当に強い青年に変わっていくんだな。
エルベル様は、最初に会った時から随分と変わった。ぐらぐらと不安定で、お日様の下で灰になってしまいそうな儚いヴァンパイアは、もういない。
「……強くなったね」
少し眩しく感じてもう一度微笑むと、その綺麗な瞳は急に揺らいで視線を逸らした。
「その言いぐさは生意気だ」
賛辞に弱い王様は、じわりとむくれて少年の顔に戻った。そんな姿を見られることも成長の証に思えて、なんだかオレも嬉しくなった。
「……領主はお前の親代わりだろう、ただ大丈夫と、なぜ言わなかった」
「なぜって……オレは大丈夫って知ってるけど、エルベル様に言ったって仕方ないもの。エルベル様はカロルス様を知らないもの」
「なぜお前はそうやって他人の心を知ることができるのだ」
片手を伸ばしてオレの両頬をつぶすと、彼はどこか羨ましげに言った。
「何言ってるの、オレがそう考えたことをエルベル様だって気付いたんでしょう?一緒だよ」
ほっぺをもにもにする手をもぎ取って言うと、エルベル様は複雑な顔をした。
コンコン
響いたノックの音に立ち上がって返事をすると、傍らのエルベル様を見上げ、にこっと手を繋いだ。
「失礼致します」
入って来た執事さんのピリッとした様子に、スッとエルベル様の前へ身体を入れる。執事さんは手を繋いだオレとエルベル様を見て、ぐっと瞳に力を込めたオレを見て、そっと微笑むと、雰囲気を和らげた。
「ようこそ、ロクサレンへいらっしゃいました。応接室の方へご案内してもよろしいでしょうか?」
「頼もう」
鷹揚に頷いたエルベル様を伴って、3人で部屋を出た。方々でメイドさんが覗いている気がするけど、そのくらいは許していただこう。
「(お前!俺を守ろうとするなと言ったろ!俺がカッコ悪いだろうが!)」
「(オレは守るって言ったよ!だって執事さん怖いでしょ!あのね、多分おうちの中で執事さんが一番怖いから!)」
「(声が大きい!失礼だろう、確かにちょっと冷たくて怖そうではあるが、グンジョーだってそんなものだ)」
「…………」
ナイショ話するオレたちに、前を歩く執事さんが振り返ることはなく、ホッと胸をなで下ろした。なんとなく哀愁漂っている気がするのは気のせいだろう。
応接室へ入ると、カロルス様たちはスッと片膝をついて頭を下げ、エルベル様と手を繋いで立っているオレは大慌てした。
「(ど、どうしよう?!オレも座ったらいい?)」
「(今さらそんなことに意味があるか!それより今こそこそ話すな!)」
わちゃわちゃしているオレたちに、ぶはっとカロルス様が吹き出し、エリーシャ様たちがくすくすと笑って顔を上げた。
「失礼、ロクサレン領主カロルスと……申します?こんな田舎へお越し頂きかたじけない」
「お会いできて光栄ですわ。今回はどのような御用向きでしょう?」
御用向き……オレはちらっとエルベル様を見上げた。同じくオレを見下ろした瞳がじとっと細められる。握った手にきゅっと力が入れられ、『お前が言え!』って言われているようだ。
「え、えっとね、その……オレが攫っ……ちょっと強引に連れてきちゃっただけなの。あ、でも大丈夫!ちゃんとナーラさんに言ってきたから!」
ぎょっとした面々に慌てて言い訳する。
「うーんと、だから、今日はオレのおうちに遊びに来ただけ!」
「お前……王様をホイホイ遊びに連れてくるやつがあるか……!国のトップだぞ?!大問題だろ……」
カロルス様が頭を抱えた。
「い、いや、私も気分転換になる。構わない。それに、今回は友人として招かれたという……ならばそのように砕けて扱ってもらえると私も気が楽だ」
しゅんとしたオレに代わって、エルベル様が前に出てくれた。
エルベル様……良かった、ひとまずカロルス様たちに敵意がないことは分かってもらえたようだ。
「お、本当か!それだと助かる!いや~やっぱ俺には無理だわ!エルベル様、ユータをよろしくな!」
「ち、父上ぇ~!!社交辞令!!ものには限度ってもんがあるでしょうっ!」
はっはっはと立ち上がったカロルス様にセデス兄さんがくってかかり、エルベル様はぽかんとして2人を見上げた。
「えーと……カロルス様ってあんな感じだって言ったでしょう?」
「そう……だな」
オレたちは顔を見合わせて笑った。
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久々にネットで書籍の検索したんですが、二巻の品切が目立ちます……書籍って、後で買おうと思っても重版されない限りは(作者には重版されるかどうかは分かりません)これっきりです。書店でお見かけの際はどうぞお早めにお手元に確保されることをオススメします。通販だとamazonさんとアニメイトさんにはまだ少しありました。
よろしければ三巻もなくならないうちに入手して下さいね~!
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