第280話 海人の馬車
「だって…でも……誰もいないんですよ!お客様の前で寝てしまうなんて失礼をしたから…」
「その辺にいるでしょうや。あのチビどもとナギ様がそんなことで腹をたてるわけねえでしょうが」
ナギさんのお部屋へ向かう途中、廊下の向こうから響いてきたのは泣きそうな声と野太い声。オレたちは思わず顔を見合わせた。
ほどなく現れた体格差の大きな二人組は、やはりと言うべきか…しょげかえった様子でとぼとぼ歩くウナさんと、のしのし歩くツナカンさんだ。
「お?ほら、いるじゃねえですか」
「えっ…皆さん!!!どこへ行ってたんですかぁ!!」
うわーんとばかりに駆け寄ってきたウナさん。ああ、この光景…迷子センターなんかでよく見る…。
「もう起きたカ」
「どうして置いて行ったんですか!もう帰ってしまわれたのかと…」
「どうしても何も、ヌシは寝ていたロウ」
まあ、ウナさんが寝ちゃったのはナギさんがお酒入りのアガーラ食べさせたからだけどね。言葉に詰まって顔を赤くするウナさんに代わって、ずいと進み出たツナカンさんがオレの首根っこをつかんだ。
「お前、あの菓子の作り方教えずに帰るなよ?いなくなったって聞いてヒヤヒヤしたぞ」
「大丈夫だよ!オレだってアガーラ知りたいし!」
ちょっと、足、足!浮いてるから!そんな気軽につかみ上げないでほしい。
結局、疲れたし小腹が減ったとのことで、休憩がてらオレの持ってきたおやつをつまみつつ、オレたちは思う存分レシピ交換すればいいってことになった。それだとオレだけ休憩できないんだけど…ま、まあいいか…レシピ知りたいし…。
「ねえ、エビビとタクト、あれどうなってたの~?」
「さあな!何をどうやったらいいか分かんなくてうんうん悩んでたらさ、ほわって胸があったかくなったんだよ。エビビが、自分に合わせてって言ったような気がしてさ…エビビの気配に任せるようにしたんだよ」
レシピや材料を教わりながら、オレも気になっていた話に耳を傾ける。エビビとタクトには、やっぱりオレとモモたちみたいに、きっとつながりがあるんだね。
「ふうん?そしたら水をまとえるようになったの~?」
「んーなんっつーか、エビビが感じることとか、エビビの感覚とか、そんなんが伝わってきて、やり方がわかったつうか…そんな感じだ!海の生き物になった気分だったぞ!」
「そうなんだ~…エビビは海の生き物じゃないけどね~」
オレも、モモが使えるからシールドを使えるようになった気がするし、召喚獣の能力と召喚士ってどこかで共有していたりするのかもしれないね。
「ナギ様!これ、すっごいですね!!幸せ!私幸せです~こんなに美味しいものがあるなんて…!」
「フッ…そうか。ユータの作るものは何でもウマイ。ホラ、これもやろう」
「えっ!いいんですか!」
すっかり元気になったウナさんは、オレの持ってきたお菓子をたいそう気に入って、さっきからずっとちびちびと大切そうに食べ続けている。ナギさんは甘いものも食べるけど、がっつりした食事の方が好きそうだ。自分の皿からクッキーをつまみだしてはウナさんに与えている。
嬉しそうにぱくりと食いつく様子に、目を細めるナギさん。
「どうしてだろうね~やってることは恋人みたいなのに、どう見てもそうは見えないんだよね~」
「え、恋人?俺には小動物の餌やりに見えるぞ?」
うん、オレもそう思う。でも二人とも楽しそうだからいいんじゃないかな…。
* * * * *
「ダメです!帰りはきちんとお送りしますよ!」
「面倒ナ…」
そろそろお暇を…と別れを告げようとしたところで、来た時みたいにフロートマフに乗るのを楽しみにしていたのだけど、それは絶対ダメと頑として譲らないウナさん。渋々従ったナギさんが案内してくれたのは、屋内の船着き場みたいな場所。真っ白な床が突然途切れて水面に続いている光景は、とても美しかった。
「うわあ…これなに?!素敵な乗り物だね!」
そこに浮かぶのは、なんだかおとぎ話に出てきそうな乗り物だった。見ているだけでわくわく感が高まってくる。
「これはフロートマフを使った水陸両用の…海人用の馬車みたいなものですよ。」
海人用の馬車とやらは、ふわふわの雲の上に、かぼちゃの馬車みたいなころんとした本体が据えられていて、なんだか空の上まで飛んでいけそうな雰囲気だ。
「すげー!カッコイイ!これ乗っていいの?やったあ!」
「でもこれ、どうやって動くの~?」
ラキの疑問に、ふふっと笑ったウナさんが、馬車に取り付けられたベルを鳴らした。
カララン、という独特の音が響くと、どこからかくぐもった声が聞こえてくる。
「…グエエ、グエエ」
「うわっなんだなんだ?!」
「わあ~!大きな鳥さん!!」
妙な鳴き声と共に、ザバア!と水面から顔を出したのは、電話ボックスほどの巨大な鳥さん!ぴょん、と水から飛び出すと、しぴぴぴっとおしりを振って水を飛ばした。なんだか、ずんぐりしたダチョウみたいな…アヒルとダチョウを混ぜたような姿をしている。続いてもう一羽飛び出し、二羽の巨大鳥がぺたぺたと馬車の前へ回った。
「もしかしてこの鳥さんが馬車を引くの?!」
「ソウだ。こう見えてなかなか力があって賢いのだゾ」
ふわりと笑ったナギさんが首筋をなでると、鳥さんはグエエ、と目を細めて頭を寄せた。
「オレも触っていい?!」
「構わぬ。大人しいからナ、乱暴しなければ怖いことはナイ」
うわあ…近づいてみると、本当に見上げる大きさの巨体。オレの身長だと足の付け根にも届かないくらいだ。ちょこちょこと近づいたオレに、鳥さんはぐっと頭を下げて不思議そうに首を傾げた。エピオルって種類の幻獣だそうで、水中が得意だけど、陸上でも結構な速さで走れるそうだ。
「こんにちは、オレ、ユータだよ!はじめまして。あのね、少し触らせてもらってもいい?」
言葉が通じるかはわからないけど、エピオルはキョトキョトと首を動かしたあと、ズム…と座り込んだ。触ってもいいよってことかな?
「ありがとう!」
満面の笑みでお礼を言うと、手が届くようになった首筋に、そっと触れてみる。ひやりとした羽毛は、手のひらで触ると平面のように撫でられるのに、差し込むように指を入れると、ふわふわとした羽毛に指が埋もれていく。
「あったかいね」
外側は冷たいけど、羽毛の中はとてもホカホカだ。心地よさそうなエピオルは、触られるのが嫌いではないらしい。動物の毛並みとはもちろん、ティアのふわふわ羽毛とも違う、しっかりとした羽根で、場所によって触り心地が違うのも面白い。翼の部分はふわふわ感がなくてしっかりと固い感触がした。
「ユータ、鳥が寝そうだぞ!そのくらいにして乗ってみようぜ!」
巨大な鳥さんに触れられるのがうれしくてつい夢中になっていたら、タクトがしびれを切らしたらしい。鳥さんもすっかりリラックスモードになっている。
「ユータはエピオルの扱いが上手いナ。良き御者になれるゾ」
うーん…御者はちょっと…。せめてオレもタクトみたいに兵士として誘われたかったな。
「グエエー!グエエ」
馬車に乗り込むと、手綱のようなものを装着したエピオルが、早く走ろう!と言いたげに振り向いて鳴いた。
「では、行こうカ」
ウナさんの合図で、短い翼をバサバサっと振った二羽が勇んで動き出した。滑るように動き出した馬車は、じゃぼんと海に飛び込んだエピオルに続いて、わずかな振動と共に着水する。
「あー…もっとあちこち行きたかったぜ!戦闘できて良かったけどさ…時間足りねえよ」
「ホントだね~きれいな街も、もっと見てみたいな~」
「もう帰っちゃうの、寂しいね」
窓にぎゅうぎゅうに張り付いてなごりを惜しむオレたちに、ナギさんは嬉しそうに笑った。
「またいつでも来るとイイ!ワレも今度は街を案内シヨウ」
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