第279話 タクトの水中戦闘


オレの驚いた顔に、タクトは渾身の得意顔で胸を張ってエビビを指した。

俺のエビビ、すげーだろ!そう言っているのが分かる。

『エビビが助けてくれてるの…?』

『タクトをサポートしている…の?!さすが水生生物ね……ってもうそれ普通のエビじゃないでしょ…』

モモの若干諦めたような呟きに深く頷いてしまう。エビビ、普通のエビじゃなかったの…?やっぱり召喚されて出てきたから、普通ではなかったのかな…?

『違うんじゃない?あなたの生命魔法のせいじゃない?』

くらげのように水中を漂うモモが、じっとりした視線をよこした。ええ…でも、だって……エビビのお水ってものすごく薄いよ…違うよね…?

『主ぃ!ちりも積もれば川となるって言うぞ!』

チュー助、ちりが積もっても川にはならないと思うよ…。


「ふはっ!面白いヤツだな!どうなってるか知らぬが、いいぞ、その調子で全身に水を巡らせるように纏い、主の動きをサポートすると良い。あとは慣れだ!」

出来の良い生徒にナギさんの瞳が活き活きと輝いている。

ラキはしばらくタクトを眺めたあと、きりりと顔を引き締めて自分の訓練に勤しんでいる。よし、オレも水中で何ができるか、色々試してみよう。


『ねえゆうた、スライムって水中で呼吸できるのかしら?』

ふよふよと漂うモモは、水中でも活動できることが判明している。ただ、油断するとくらげのようにぷかぷか浮いていってしまうので工夫がいるらしい。そもそもスライムって呼吸しているんだろうか…。

オレは目下の所召喚士なんだから、召喚で何かできることはないかと模索しているのだけど、召喚されて実体をもつ以上普通に呼吸はしているようで…蘇芳は濡れるのイヤだから出ない!って言うし、シロは出てくるけどはしゃいで動き回るので、息を止めていられるのは30秒ほどだ。

『お水の中で普通に出て来られるのはモモだけだねぇ…』

『そうね。でも私が出てきてもあまり活躍はできないわよ?シールドしか能がないもの』

水中で身を守ることができるっていうのはかなりすごい能力だと思うよ?それにこれだけ水中でも自在に行動できるのは、もしかしてモモの前世が水生生物だったことも関係するのかな?


うーん、どうやら水中では召喚士のオレって攻撃面であんまり役に立たないみたい。守りに徹して、魔法使いのオレに頑張ってもらうしかないかな。ちなみに双剣のオレも動きが遅すぎて役に立たないし、チュー助は怖がって水中には出てこない。

ラピスもいないし、もしかして水中って結構ピンチ?気をつけないといけないな…。

―大丈夫なの!イザとなったらラピスが転移して一瞬でやっちゃうの!

ちょっぴり心細くなったオレの心に、地上でやきもきしているらしいラピスの声が響く。う、うん…嬉しいけど…それすごく不安だなぁ…オレごと周囲一帯を破壊し尽くされそうな気がする。


「ん?ちょうどいい、中型の魔物達だ。タクト、行くぞ。主らも腕試しに行こうか」

少し離れた場所での魔物の気配に、敏感に反応したナギさんが、タクトを従えて飛び出していった。

ま、待って待って!オレたちそんな早く動けないから!

『主ぃ、タクトみたいに水をまとってナントカってできないの?』

うーん?どうだろう…水を纏うって感覚は分からないけど、そもそも周囲を水で包まれているんだから、その水を使えば…

「?」

きゅっとラキの手を取ると、ラキがすごく不安そうな顔でこちらを見た…なんでそんな顔なの?何するか分かったの?

『早く移動できるか試してみるね!』

ぶんぶん!と首を振るラキに構わず…3、2、1、ゴー!!

『うわわわわ-!!』

突撃するナギさんが魚雷みたいだったので、それをイメージしたのだけど…!これじゃ本当に魚雷だよ!!

しゅごごごー!

ラキを道連れに発射されたユータ砲は、驚くナギさんたちを追い越して白く尾を引きながら魔物の群れへ突っ込んで行く。

『わー退けて退けて!!』

『もう!シールド!!』

ドドドドーン!!

あー…いた…くはないけどビックリしたぁ…ごめん、魔物いっぱいはねちゃったと思う。

もうもうと巻き上げた海底の砂で周囲は何も見えないけど、シールドの中でみゅーんとオレの両ほっぺをひっぱるラキだけはよく見える。痛い、痛いよ!!


『無茶するんじゃないのよ!水中戦闘は気をつけなきゃいけないんでしょ!』

そうでした…。モモのシールドだって万能じゃないから、どのくらい耐えられるか分からない。

「ユータ、無事か?」

『うん、大丈夫!魔物は?』

「主が突っ込んで数匹倒してしまったが…まだ残っている。ユータの取り分はそれだけにしよう」

取り分って…ナギさんはオレの心配より、魔物の群れが全滅してなくてホッとしているような…。


舞い上がる砂が落ち着いた頃、オレたちは6体の魔物と対峙していた。牛ほどの大きさで、やたらと口が大きな怖い顔…深海魚みたいな魚だ。水中ではより大きく、近くに見えて恐ろしい。

「……」

前へ進み出たタクトが、ぽんぽんと胸元のエビビ水槽を叩いて剣を構えると、まるで地上にいるようなスピードで群れへ接近、ヒュッと剣を振った。

『…あ!』

まだ間合いには早かったのに、それはまるで小規模ながらカロルス様の飛ぶ斬撃みたい。数メートル先にいた魚が、まとめて2体、見事に切り裂さかれていた。

『よし、良いぞ!うまく伝えられている!剣から水へ、力を移して広げるのだ!もっと一撃に力を込めよ』

手を出さずに見守るナギさんが、嬉しそうに槍を振り回す。

仲間を失っても戦意を失わない無感動な目が、間近くタクトを捉えると、残りの魔物が一斉に群がってきた。ひらりと真上へ飛び上がるように身をかわしたタクトは、水中を蹴る動作と共に瞬時に包囲網を脱し、少し離れるとザッと低く構えて力を溜め始めた。


『む…間に合わぬか』

魔物もさすが海の生き物、素早く方向転換するとすぐさまタクトへ向かってくる。これじゃ力を溜める時間なんてないよ!

助けがいるかと槍を構えたナギさんを見て、低く構えたまま、何か言いたげにちらっとオレとラキを見たタクト。視線を受けて、オレたちは頷く。


スッと腕を突き出したラキの、集中した静かな瞳が、迫り来る魔物を捉えた。

ぱしゅん、ぱしゅん、という軽い音がかなり連続して響くと、2体の魔物が明らかに体勢を崩した。

オレも両手を突き出しタイミングをはかる。

『…氷の矢!』

ズドン、と思ったより大きな矢……槍?が魔物の横合いから出現すると、残りの2体をまとめて刺し貫いた。

やるじゃん、と言いたげにニッと笑ったタクトに、オレたちもにこっと笑う。

次の瞬間、キッと前を向いたタクトからぶわり、と波を受けたような圧力を感じると共に、剣が振り抜かれていた。

「………!!見事、だ!」

静かな海の中、戦闘なんてなかったように、浮かぶのは分断された4匹の魔物。


『タクト、すごーい!ラキも、無詠唱できたの?!』

わあっと近づこうとするオレ達に、すいっと滑るように近づいたタクトが拳を突き出した。

「ふはっ……なんと素晴らしい才能だ。そんな幼げな姿で、一歩も引かぬ勇気と信頼…恐れ入る」

満面の笑みで拳を合わせるオレたちに、ナギさんが目を細めて微笑んだ。


* * * * *


「ぷはっ!ああーやっと話せる!海の中で話せる魔道具ってないの?!めっちゃ不便じゃん」

「オレは話せるよ?念話練習したらどう?」

水から上がった途端に魔道具を外して話し出すタクトに、クスッと笑った。タクトにとって話せないのはかなりの拷問だよね。ちなみにオレは召喚獣たちで慣れているから、タクトたちが言葉として頭で発してくれたら不十分でも念話として聞き取れる。

「タクト、すごかったねえ~!あれだと水の中の方が強いよね~!」

「それはどうかと思うぞ……」

ラキのにこにこした言葉に、タクトがちょっとガックリしている。

「ヌシ、海人の中でも稀なほどに才能がアル。将来海人の兵として働くのはドウだ?」

「やだよ!オレはAランク冒険者になるから!それに…ずっと黙ってんの無理!」

即答したタクトに、少し目を丸くしたナギさんは、大きな口で笑った。


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