第272話 フロートマフ

「よしっ!行くぜっ海人の里!!」

「「おおーっ!」」

準備万端、翌朝オレたちはさっそく昨日の浜辺へと向かった。

あの貝を使えば室内でも呼べるのだろうけど、ナギさんを完全陸地に呼ぶのは気が引けるからね。



「ナギさん、おはよう!」

「オウ、おはよう」

「わあ~ナギさん、きれいだね!」

ナギさんは普段から肩も腹筋も晒す布地の少ない衣装だけど、今日は普段より少し布面積が広くてきらびやかだ。海人の伝統的な衣装なのだろうか、装飾の多いお姫様とも王子様ともつかない中性的な衣装は、凛々しいナギさんにとてもよく似合っていた。

「ソウか?ありがとう。ヌシ達が来るからトクベツだ」

フッと微笑んだナギさんが、オレの持つ貝殻に手を添えて一人一人に目を合わせた。

「皆も楽しみにしていル。向かっても良いか?」

「「「はい!」」」

ナギさんが魔力を通すと、再び現れた魔方陣。揺らめきが収まった所で、スッとくぐるようにナギさんが通り抜けて、向こう側で手を振った。オレは普段から転移に慣れているし、ダンジョンの転移も経験したけれど、二人はたいそう緊張した様子だ。

「オレが先に行く?」

「い、いや…置いてかれるのも怖い!い、行くぞ!」

「えっ…ちょ…僕まだ……わああ!!」

一人では怖かったらしいタクトが、ラキの手を掴んだまま魔方陣に飛び込んだ。バカ力に引っ張られ、ラキの身体も宙を舞って無事向こう側へ到着したようだ。


「なんで引っ張るんだよ~!!僕は僕のタイミングで行くの~!」

「いいじゃん、早かったろ?」

怒るラキにしれっと答えるタクト。オレは苦笑して視線を外すと、あたりを見回して言葉を失った。

「………きれい………」

「そうだロウ?海人の里はなかなか美シイ場所なのだぞ」

絞り出された言葉に、ナギさんが誇らしげな顔をした。

海底にかかる光と影まで見える、美しく透き通った海に、白一色の建造物が水に浸かるように建っている。木でも石でもない、不思議な材質は、よく見ると小さな穴がたくさん空いていて、触るとひやりと固い。これはどこかで触れたような…と思ったら、ロクサレンの浜辺でたまに漂着する、珊瑚のかけらに似ている。

周囲は一面のアクアブルーに覆われて、聞こえるのはチャプチャプと心地よい水音と鳥の声だけ。きらめく光の網がそこかしこの建物に映し出され、夢のように美しい。

「…靴、脱いでおこうか」

「…ホントだね~」

このきれいな場所に、オレたちのせいで泥の跡が残るのはしのびない。


「行こうカ、この辺りは海人しかおらぬからナ、これに乗るとイイ」

さすが海人の里と言うべきか、道らしい道がない…申し訳程度に飛び石のようなものが設置してあるくらいだ。

「わ、わあ!ナギさんそれ何?!」

船でもあるのかと振り返ってみると…当然のように水に飛び込んだナギさんがどこからか押してきたのは…手こぎボートほどの大きさの、白くてふわふわした……雲?!

「わ!フロートマフだ~!初めて見た~!」

「珍しいカ?さあ、乗るがイイ」

乗れるの?!雲に?!

どうやらこのフロートマフっていうのは浮き草っていう植物の一種らしく、水に浸けると水面に浮き、空中では一定の高さにふわふわと浮かぶらしい。

そうっと足を乗せると、じゅわじゅわと濡れた苔を踏むような感覚と共に、フロートマフはしっかりとオレの足を受け止めた。底の方はじわっと海水が染みているけど、それ以上に染みこんでくることもなく安定している。

「うわ、うわわ…」

「ひゃっほう!」

ふわふわと不安定な足下にひっくり返りそうになっていると、遠慮無くタクトが飛び込んで来てフロートマフが跳ね上がり、オレはトランポリンよろしく見事に後ろへ一回転して吹っ飛んだ。

「おっと」

勢いのままに海中へ放り出されそうになったオレを片手でキャッチして支えてくれる、ナギさんの強い腕。

「フハッ、元気だな。少し濡れるが座っていロ。その装備ならスグ乾く」

タクトの両頬を引っ張ってから、そうっと3人でフロートマフに座り込む。濡れちゃうけど、ふにゃふにゃとした独特の感触はとても楽しい。本当に雲に座っている…!二人は浮き草を知っているからそうでもないけど、オレは一人大興奮だ。

「さあ、ゆくゾ!」

ナギさんは楽しそうに宣言すると、ぐいぐいとフロートマフを押して泳ぎ始めた。


「うわあ…すごい!ナギさん早~い!」

みるみるうちに景色が通り過ぎていき、ちらほらと人影が増え始めると、皆こちらを見ている気がする。中には指さして追いかけようとしているような…?

「あ、あのナギさん…さっきの人ナギさんを呼んでいたんじゃないかな?」

「チ……わざわざ人通りのない所を選んだと言うに…ヨシ、スピードを上げるゾ」

「えっ…ナギさん待って…俺もう無理かもおぉぉぉー」

タクトの悲痛な叫び声が後ろへ尾を引いて流れて行った。

オレはラピスラフティングの経験があるから、この程度朝飯前だよ!なんて自慢にもならないけど、ナギさん操縦のフロートマフは、街中をスライダーのごとく猛スピードで駆け抜けて行った。


「ヨシ、そろそろ下りるか」

「…………」

「目、目が回るよ~」

タクトの目がすっかり死んだ頃、ようやくフロートが止まった。相変わらずどこもかしこも白い建物だけど、ここには建物同士をつなぐように同じく真っ白な路面がある。さっきまでは海中に建物が建っている、って感じだったけど、ここなら海上の都市と言えるかな。

ようやく揺れない地面に足を下ろしたオレたちは、ふらふらと座り込んだ。

「ナギさん~ひどいよ~!」

「タクト、回復するよ」

声もなく横たわったタクトを回復すると、ついでにオレとラキも回復しておいた。


「助かった…ユータ、お前は俺の心の友だ…」

どこぞのガキ大将みたいなことを言って、タクトが立ち上がって首を巡らせる。

「うわーあれ、海人のお城?すげえ!俺たちお城が見えるとこに来ちゃった!」

「本当だよ!こんなこと他の人に言ったらビックリするだろうね~!」

海上都市になった部分から、すっと伸びた白亜の道が大きなドーム状の建物まで続いている。あれが海人のお城…。

「この辺りは海人以外ももてなすからナ、陸地があるのダ」

「でも、海人は不便じゃないの?」

そう尋ねると、ナギさんは腰の袋から小さな種みたいなものを取り出して、ピンっと指で弾いた。

「あっ?!わあ~すごい!」

陸地の方へ弾かれたそれは、空中でぽんっと弾けて座布団2枚分ほどのフロートマフになった。目の前でふわふわ浮かぶ白い雲に、魔法みたい!と言いかけて、魔法が普通にある世界だったと思い留まる。

「海人は普段からこうしているからナ、別段不便でもないぞ」

一度ぐっと姿勢を下げたナギさんが、ドッ!と水中から飛び上がった。きらきらした水しぶきと装飾が輝いて、そのシルエットは息を呑むほど美しい。

きれいな放物線を描いて、ばふっと見事にフロートマフに着地すると、フロートは揺れたものの、ほとんど沈み込むこともなくナギさんを受け止めている。


その時、海上都市の方から兵隊っぽい格好の海人が駆けて…いや、フロートマフに乗って空中を泳ぐように大急ぎで近づいてきた。

「ナギ様!!お待ち下さい~!」

「チッ……さあ、行こうカ」

「ま、待って待って!明らかにナギさん呼んでるよ?!」

「構わぬ。うるさいからナ、行くゾ」

オレたちの背に手を添えて、さっさと歩き(?)出そうとするナギさん…い、いいの…?

「いいことありません!ナギ様!きちんとお出迎えの準備をしておりましたのに!!」

オレの心の声に応えるように、ふうふうと息をついた兵隊さん?が前へ回り込んだ。

「ナギ様!はしたのうございます!移動の手助けなど、我らが致しますのに…」

「ヌシらが関わると大事になる。面倒ダ。ワレが手伝った方が早い」

「当たり前です!姫にお目通りいただくなど、大事に決まっているでしょうが!それをあなたは下人のようにフロートを押して来るなど…」

「「「ひ、姫?!」」」

始まった説教に、ナギさんが鼻の頭にシワを寄せて目をすがめ、不機嫌な獣のような表情になった。



―――――


いつも読んでいただきありがとうございます!

いよいよ10日から、もふしら2巻の発売開始です!早い所ならもう少し早いかもしれません。

今回も紙の書籍には期間限定で、ショートストーリーがついています!本編に入れたいと思ったお話なので、ぜひゲットして下さいね!

ショートストーリーのイラストがあればいいのにって毎回思いますね…今回もイラストで見たらかわいいだろうなって感じです!誰か…絵の得意な方ー!(笑)

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