第250話 幸せな退屈

「え~!ユータだけ冒険ズルい!!」

「うわぁ!うわぁ~!!ユータ~!君って最高~!!」

タクトは地団駄踏んで悔しがり、ラキはオレが持ち帰った素材にヨダレを垂らさんばかりに喜んだ。

秘密基地にはズラリと魔物素材が並べられ、ラキは発光しそうなほどキラキラしている。


数日のお休みだったのだけど、なんだかすごく久々な気がする。

二人と会うのも懐かしさを感じるくらい。なんと言ったらいいか、ちょっと…戦地から帰ってきたような気分だ。

平和っていいな…。オレはフッ…とワイルドな顔で目を細めると、窓…はなかったので虚空を見つめた。

「ユータ……似合わない~」

ラキが残念そうな顔で首を振った。



「なんだよ!俺だって依頼頑張ったのにさ…結局差が開いちゃうじゃん…」

「ご、ごめん。でも、オレも連れていってもらっただけだよ」

「でもさ~タクト、僕たちもダンジョン行くってなった時、少しでも知識と経験のあるメンバーがいた方がいいよ~。それがユータならなおさら良かったと思うよ、ダンジョンって本当に危険なんだから~」

「ん~まあ…確かにな。それで、ユータどこ行ってきたんだ?」

タクトは目をきらきらさせて、ずずいっと詰め寄ってきた。

「僕も気になってたんだよ~。…あのさ~これアイアンスパイダーじゃない?アイアンスパイダーって確かDランクじゃなかったっけ……当たり前だけど、Fランクの僕たちが行くダンジョンにはいないよ?そもそもさ、Dランクより下の魔物素材がない…気がする~」

「そうなの?執事さんがある程度選別してくれたの。オレが行ったのはゼローニャのダンジョンだよ!でも、行ったのは4階層までだけど」

タクトとラキがぱかっと口を開けた。高難易度って言ってたもんね…そりゃあそうだよね、あの湖なんて、実力がないとかなり運頼みな部分もあるし。

「えーと、やっぱり大変なダンジョン?」

二人の顎を、よいしょっと閉じて尋ねると、途端にすごい剣幕で話し出した。

「ユータ!!いきなりそんなとこ行ったのか?!だって…だってそこ浅い階層でも難易度高くて…嫌われダンジョンだぞ?!」

「ゼローニャって…罠あったでしょ~?!魔物だって相当強いし厄介なのが多くて~!実入りは少ないし、リスクはすごく高いし~!…それこそCランク以上じゃないと行かないよ~?!」

オレは二人の勢いにちょっとのけ反ると、目をぱちくりさせた。

Cランク以上…カロルス様…オレ、冒険者になったばっかりだよ…どうして初ダンジョンにそこまで高難易度を選んだの…。

「そ、そうなんだ…二人ともよく知ってるね…まだ習ってないよね?」

「いやいや、ここから近いダンジョンぐらい知っとけよ!」

タクトに言われるとすごく悔しい。だって…実際行くのはまだまだ先だと思ってたんだもん。

「確かにこの近くに低難易度ダンジョンってないし…ダンジョンの勉強にはいいの…かなぁ~?Aランクの人達が守ってくれていたら大丈夫…なのかなぁ~?」

「怖いダンジョンだったよ!実力とね、あと知識もつけなきゃいけないって思ったよ…それと、行く前にしっかり調べないとダメだなって」

「そう…ユータがそんな風に考えることが出来るようになったんなら、すごく意味があったと思う~!最初に低難易度の所に行って、ダンジョンを舐めてしまうことってあるみたいだよ~」

どこか大人びた顔でにこっとしたラキ。なんだかセデス兄さんみたい。

なるほど、ちゃんと付き添って安全を確保した上でダンジョンの危険を教えてくれたのか…。

そうだね、スライムやマウスばっかり出てくるようなダンジョンに行っていたら、きっとこんな風に慎重になろうとか、事前の下調べをしっかりしようなんて思わなかっただろうな。

「なあなあ!それでそれで!!どうだったんだよ?!詳しく聞かせてくれよ!」

待ちきれないタクトに急かされて、オレは冒険の1日を語る。できれば、あの恐ろしさを彼らにも伝えられたらいい…と考えながら。



「授業、なんだか久々に感じるね~!ありがたいなって思うよ」

午後の授業を終え、オレはうーんと伸びをして机に突っ伏した。この穏やかで退屈な感じ。椅子に座って授業が受けられるのって、とても幸せなことだとしみじみ感じる。

「そうかぁ~?必要ってのは分かるんだけどさー…俺、やっぱ嫌だぞ!」

「そう?タクトも怖い所でしばらく過ごしたりすると、こういうのって嬉しいと思うかも?」

「ユータがそんなに危険を感じる場所だったんだね~…ダンジョンってやっぱり怖いね~」

勉強が苦手なタクトは相変わらずだ。ラキはオレの話で十分危機感を持ってくれたようで、授業以外でも色々と知識を蓄えようとしている。オレは貯まっているお金があるし、いい本があったら秘密基地に置いておこうかな?

「で、今日は学校終わったらどうする?」

「依頼~?僕はどっちでもいいけど…ユータは~?」

「あ……ごめんね、今日はちょっと行くところがあるんだ」

「ユータが用事って珍しいな!じゃ、また今度だな」

ニッと笑うタクトに、オレはちょっと残念に思いつつ頷いた。



* * * * *


「来たよ~!えーと…久しぶり!」

大きな声をかけたのに、そっぽを向いて伏せたまま反応はない。

…あー、やっぱり怒ってる…。

「ごめんね、色々あって中々来られなかったの」

「…………」

金の瞳は開かない。

もう…寝てないの知ってるよ、尻尾が起きているもの。

これは中々機嫌を直してもらうまで大分かかりそうだ。仕方ない、気合いを入れるか…。

おもむろに取り出したブラシをあてがうと、豊かな首回りのふさふさを梳かし始める。柔らかな毛質の美しい毛並が、徐々に光沢を帯びていくのが楽しい。

「ルーの毛は柔らかくて気持ちが良いね。そう言えばブラシを置いていったら自分でできるのかな?」

ちっともお返事をしてくれないので、一人で話しながら時間をかけてブラッシングしていく。徐々にだらりとなった大きな身体が、伏せた姿勢を崩して横になった。ぎゅっとつむっていたまぶたが、今は心地よさそうに自然に閉じられている。

お腹の方まで丁寧にブラッシングしていると、もはや本当に寝てしまいそうだ。

「ねえルー、ご機嫌なおった?」

「……べつに。お前が来ようが来まいが、俺に関係ねー……」

うつらうつらしていたルーが、ハッとして口走り、若干気まずそうな顔をした。

やっぱりオレが中々来なかったからご機嫌が悪かったの?嬉しいな。ふかふかになった毛並みにまふっと抱きつけば、ルーはまたふいっとそっぽを向いた。

「ルーもこっちに遊びに来たらいいのに…あの姿なら誰も変に思わないよ?」

「なんで俺がそこまでして……」

ルーはぶすっとふて腐れると、両前肢に顎を乗せた。

―会いたいなら会いに行けばいいの!簡単なの!

「そんなこと言ってねー!」

全く、おばかさんなの!なんて、ラピスがどこか先輩ぶって言うのがおかしい。むきになるルーもおかしくて、こっそりと笑った。


「そうだ、お土産があるんだよ。オレ、この間ダンジョン行ってきたの。それで、お料理した魔物が美味しかったから持って帰ってきたよ!」

ピクピクッとお耳が反応したので、さっそくテーブルを出して並べていく。ルーのためにたくさん作っておいたんだ。

「これ、お魚なんだけどお肉みたいで美味しかったよ!ワニみたいな魔物も意外と柔らかくてね~」

説明を聞いているのかいないのか、ルーは大きなお口でがぶりと食いついた。ひとまず美味しく食べてくれているみたいだと、オレはホッと胸をなで下ろした。

「……てめー、どこへ行ってきた?」

ひとしきり味わってから、金の瞳がじっとオレを見つめる。

「ゼローニャのダンジョンだよ。中にすっごく大きな地底湖があったの」

「……で?」

ルーが興味を示すなんて珍しい。よっぽどお魚美味しかったんだろうか…。

「えっ…それで…冒険者さんを助けた時に倒したお魚たちだよ。湖はね、なんだかオレが見てもちょっと暗い感じで…もの凄く深くてきれいで…すごく、怖かったよ」

「そうか……」

ルーは、じっと目を閉じてから、再びお魚にかぶりついた。


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