第234話 引率は『草原の牙』
「弁当、よーし!水筒、よーし!剣、よーし!エビビ!」
ピチッ
「よーし!」
先輩たちがいないのをいいことに、早朝からオレたちの部屋に来て睡眠妨害をしているのは、言わずと知れたタクト。今日は『草原の牙』の面々に、討伐に連れて行ってもらう約束なんだ。
「タクト~まだ早いよ…眠いよ…討伐は昼前出発って言ってたじゃない…」
「なんだなんだ、ねぼすけだな!そんなんじゃやられちまうぞ!俺なんてもう訓練場走ってきたぞ!」
「そわそわして~眠れなかっただけでしょ~、ちゃんと寝ない方がやられちゃうよ~。いいからそこで横になったら~?」
『タクト、一緒にねんねしよっか!』
「いや、俺は!……これ気持ちいいな」
ひょいとオレのベッドから飛び降りたシロが、先輩のベッドに入り込んでタクトを引っ張る。サラサラの毛並みに包まれたタクトが、至福の顔で大人しくなった。
シロと一緒に寝ると気持ちいいんだよ~。手触りのいい毛皮は少しひんやりサラリとして、ぐっと身体を押しつけたらじんわりと温かい体温が伝わってくるんだ。丸くなった身体に抱き込まれるように包まれたら、その安心感はひとしお。カロルス様に抱っこされた時みたいに、何があっても大丈夫って思えるんだ。
だから…ほらね。
「もう寝たの~?言わんこっちゃないね~しばらく寝かしておこうか~。僕も寝るよ~」
眠くて普段よりさらにゆったり口調のラキが、目をショボショボさせながら覗き込んで大あくび。そのままモゾモゾとお布団に戻ってしまった。
じゃあオレも、もう一眠り。シロのぬくもりが残るベッドで、うーんと手足を伸ばすと再び微睡みはじめる。シロベッドの欠点はただ一つ…狭いこと!広々と使えるベッドもまた最高…二度寝ってどうしてこんなに幸せなんだろうね…。
「ゴブリン討伐って何教えりゃいいんだ?素材だってないし、コツったって…なあ?」
「別にゴブリンに限定する必要はなくない?討伐の時の注意点とかさあ、道中のこととか、色々あるじゃない?」
「任せた」
「リリアナもちゃんと参加してよね?!」
ゴブリン討伐は常にギルドからの依頼として出ているために、朝一番の争奪戦に参加する必要の無い討伐依頼だ。朝から一仕事終えた『草原の牙』は、少し早めに着いたギルドで、頼れる先輩を演じるための作戦を練っていた。
「一番避けたいのはさ、何にも見つからないことじゃない?半日歩き回って討伐ゼロとかすっごい情けなくなるのよねー」
「確かに」
「んーでもそういう時だってあるだろ?望んで討伐ゼロじゃねーんだからさ、どうしようもなくね?」
「そうなんだけど…今日だけは避けたいワケよ!」
息巻くルッコの横で、リリアナが静かに手を挙げる。
「はい、リリアナさんどうぞ」
「ユータって索敵できたような」
「「……あ!」」
瞳を輝かせた直後、ガックリする二人。
「ダメじゃねーか…新米に頼る先輩…全然ダメじゃねーか…」
「ああーウチにも魔法使いがいたら!ニース、もうちょっと感覚磨いてよ!魔物がいたら感覚で分かるって言うじゃない!」
その時、ばたんと乱暴に開いた扉と共に、小さな影が3つ、慌てて飛び込んできた。
「あ!やっぱりいた!ごめんなさい~!遅れちゃって」
「ごめんッス!」
「ごめんなさい~!」
ちっとも進展のないまま、そこに現れたのは新米冒険者3人組。
「い、いやぁ…もうちょーっとゆっくりしてくれても良かったんだぞ?!」
「は、早いのね~全然!全然今来たとこだから!」
「むしろ私たちが間に合ってない」
きょとんと首を傾げるユータに、なんでもないです…と3人揃って手と首を振った。
「よ、よーし、お前らも依頼はこなしてんだよな!じゃあ依頼の受け方なんかは大丈夫なわけだ!さっそく討伐に向かうか!」
「「「おー!!」」」
* * * * *
「この辺りはやっかいな魔物がいねーから、そんなに気にしなくていいけどな、他の場所を歩くときは、気配を殺してなるべく静かに歩くんだぞ。」
「そうなの?オレたち、結構大きな音をたてて歩いてたよ…」
確かに静かに歩くクセをつけておかないと、これから困るよね…獲物は減っちゃうけど、これからはそうやって行動しよう。
「大きな音…?…どうやって歩いてたんだ?」
「こうだぜ!わーはははは!俺の昼飯ー!出てこーい!」
いつものごとく、大声をあげながら剣の鞘を振り回すタクト。
「ちょちょ、ちょっとうるさすぎ!何やってんのぉ?!」
「えーっと…囮になって獲物を集めてるっていうか~獲物をおびき寄せてるっていうか~」
「見てて!結構便利なんだよ」
慌てて止めようとするルッコを引き留める。今止めたら、タクトは大声で騒ぐだけの変な子になっちゃうから!
「危ない!」
キリリ、とリリアナが弓を引き絞る音がする。
「虫!虫!よっしゃ飯!」
立て続けに飛び出してきた、ごく小さな獲物3匹。タクトは慣れた様子で素早く剣を振った。
「早い…」
「えっ…スゴ…」
「いぇーい!唐揚げマウス~!」
ぺいっと切り捨てた虫の魔物には目もくれず、からあ…ホーンマウスに大喜びするタクト。虫の方は、ラキが嬉しそうに確保していた。
「あの…なんか、結構すごいんですけど?!」
「俺…大丈夫?負けてない?」
「顔で勝てないのに…実力まで負けたらニースの存在意義が…」
「アニキたち!どう?俺、結構強くなってない?」
駈け戻ってきたタクトの、きらきら輝く瞳光線に、3人が「うっ…眩しいッ…」と手をかざす。さすがベテランパーティは行動のシンクロ具合が違う。
「お、おう…タクト、やるじゃねーか!」
「格好良かったわよ!」
「将来有望」
褒められて、えへへ、とこの上なく嬉しそうに照れ笑いするタクト。
「タクト…普通の人に褒めて貰いたかったんだね…強さの基準がもう分かんなくなっちゃってるもんね~」
ラキの達観したような台詞に、むうっと頬を膨らませた。オレだっていつも褒めてるのに…。
褒められはしたけど、やっぱり危ないからと囮作戦は却下されて、オレたちは静かに草原を抜けて森へ向かった。だから、獲物は通りすがりに見つけたごくわずかな分だけ。もちろんレーダーは使っているけど、危険が迫る時以外はなるべくラキとタクトには獲物の位置を言わないようにしているんだ。二人の感覚や経験の妨げになると思って。
獲物は少ないけど、今日は『草原の牙』と合同なので野外調理できるかわからないし、ちゃんとお弁当を持ってきている…問題ナシだ。
「さて…本格的に森に入る前に腹ごしらえしとくか!」
「「「はーい!」」」
「じゃあちょっと休憩とって、いよいよゴブリン探すわよ~!」
「「「おー!!」」」
さっそくテーブルと椅子を用意するオレ、道すがら集めた薪に火を付けるタクト。
「獲物が少ないから、スープだよね~?」
「うん!簡単なものにしよっか」
ホーンマウスを捌くのはラキに任せて、道中集めた野草を刻む。
「「「……」」」
鍋にお肉を入れた所で、目を点にして保存食を持ったまま固まる3人に気付いた。
「…あ、それ食べる?今スープしてるから、前に作ったみたいな雑炊にすることもできるよ?」
以前一緒に食べたときは、鍋を持ち歩くとか話していたけど、結局保存食のまま囓ることにしているみたいなので、そっちが好きなのかもしれない。
そう思ったのだけど、ハッとした3人は胸ぐらを掴む勢いで保存食を押しつけてきた。
「ハス~ハス~…たまんない…いい香り…」
「私はこんな嫁を求む」
「お前に嫁はいらねえよ!俺だってこんな嫁ほしい!もはやユータでいい!」
「「…ケダモノ」」
「なっ!?ち、違うぞ!?そうじゃねえって!!パ、パーティに欲しいって意味だぞ?!」
楽しく漫才している3人を尻目に、すっかり手際の良くなったオレたちは瞬く間にスープ雑炊を仕上げ、テーブルにお弁当を広げた。
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