第233話 そこにいる幸せ

「ねえユータ、ちっちゃい魔石とか持ってない~?」

机に向かい、真剣な表情で加工作業をしていたラキ。繊細な作業が物珍しくて、いつしかオレも真剣に見つめていた。

「持ってるよ?どんなのがいい?」

「……持ってるんだ…」

以前にラキがアクセサリーを作るというので、必要かなと思って用意したのにすっかり忘れていた。村で拾い集めた魔石のカケラから作った、小指の先ほどの色とりどりな魔石。

「うわぁ…こんなにあるんだ~!しかも質がいいね~!いくつか買い取ってもいい~?」

加工師の顔で目をきらきらさせるラキ。買い取り…??

「え、どうして?オレたちのアクセサリー作ってくれてるんでしょう?これ、そのために集めたから使ってね?」

「こ、こ、これ、使っていいの?!本当に~?!だって…僕、失敗することもあるよ?!」

「いっぱいあるよ?必要だったらまた集めてくるから大丈夫!じゃあ、練習用にあげるよ!オレたちのパーティの加工師だもんね!」

にこっとしたオレに、ラキは飛び上がらんばかりに喜んでオレを拝んだ。オレからすると作ってくれるラキを拝みたいところだけど…。

「やっと高度な魔法の付与まで習ったんだ~。これで魔石さえあれば、いろんな魔法効果のあるアクセサリーが作れるよ!ちゃんと練習して、みんなに良い物を作るからね~!!」

おお…机に向かうラキの背中に炎が見える…!!ラキが燃えている!絵面はとっても地味だけど!!


『どんなのができるのかな?楽しみだね!ぼくとお揃いは?』

『俺様も!主、俺様もお揃いがいい!』

―ラピスも!ラピスもお揃いがいいの!

「ピピッ!ピピッ!!」

う、うーん…?普段自己主張の薄いティアまで…けど、これだけいろんな種族とお揃いの何かってすごく難しいよ?

『全く同じものは無理でしょ。魔石の色を揃えたり、模様をお揃いにすれば納得すると思うわよ。』

モモがまふまふと伸び縮みしながら助言してくれる。そっか、なるほどね…それならオレらしい生命魔法の魔石で揃えるとかどうだろう?モモにも着けられるなにかがあればいいんだけど…。

オレは職人モードに入ったラキを邪魔しないよう、そっと部屋を出た。


* * * * *


「ん~ちょっとぬるいかな?」

『このくらいでいいわ。寒い時期じゃないもの』

特に受けたい授業もなかったし、今日は久々にルーのところでのんびり露天風呂の日にしようってことになった。…もちろんルーの意見は聞いていないけど。

露天風呂の準備をして、不満そうなルーをしっかり洗う。楽しくはあるんだけど、でっかいルーを丸洗いするのはなかなか大変だ…。


「ピ!」

重労働を終え、肩までお湯に浸かってふうーっとあおのくと、ティアがちょんとおでこの上に乗った。あったかい小さな足裏の感触が心地良い。

「あ、ごめんごめん」

ティアたち小さい組用のお椀…もといミニお風呂を作ってあげると、ティアは喜んで飛び込む。小鳥って普通浸かったりしないよね…ティアは鳥よりむしろ植物なんだろうか。小鳥が気持ちよさそうにお湯につかって目を閉じているのは、なんだか不思議な光景だね。

ちなみに、シロは熱いお湯より冷たい方がいいって、湖の方ではしゃいでいる。まだまだ遊びたい盛りだね~こうやってのんびりする良さが分からないとは勿体ない。

『俺様、そっちの大きい方に入りたい!モモだって入ってるのに!』

「だーめ、チュー助は泳いで暴れるし、おぼれるもん。温泉ってゆっくり静かに楽しむものなんだから」

―チュー助は分かってないの。これはユータが作った専用のお風呂なの。ラピスのためだけのお風呂なの。

『あーら、一人用のお風呂なんて素敵じゃない?お風呂を独り占めよ?羨ましいわぁ。お姉さんもそっちへ行っていいかしら?』

「……ダメ!これは俺様専用のお風呂!俺様だけのもの!」

すっかり満足そうな顔になったチュー助にくすくす笑っていたら、ザザァーっと水滴が降り注いできた。

「わっ?!冷たっ!」

「てめー…!!何してやがる!!」

『わーーごめんなさーい!』

うとうと微睡まどろんでいた所に水をぶっかけられて、カッと目を開けたルー。どうやら空中に浮かべた水に突っ込んで遊ぶなんて高度なことをしていたシロが、夢中になってオレたちの存在を忘れていたようだ。

がばりと立ち上がったルーのせいで、お湯が一気に引いてつるりとおしりが滑った。

「あぶっ!…もう…急に立ち上がらないでよ…」

頭がお湯の中に落っこちて、けんけんと咳き込みながら起き上がる。うう、鼻が…つーんとするじゃないか…。


「きゃぅーーん…」

腹を立てたルーが放った小型水竜巻に巻き込まれ、シロはぐるぐる回りながら遠ざかっていく…。神獣とフェンリルのケンカは派手だなぁ。まあ、シロはなんか楽しそうにしてるからいいか…。

再びじゃぼんとお湯に浸かったルーの質量で、今度はぐんと身体が浮いて、慌てて濡れた黒い毛並みにしがみつく。

相変わらず不機嫌そうな瞳。徐々に細くなっていく金の瞳を眺めていると、ふとルーの人型の姿を思い出した。あの時はそれどころじゃなくてしっかり見られなかったし、もう一度見てみたいな。あの姿なら普通に出歩けるんだから、一緒に街を歩けたら楽しいのにな。

「…ねえルー、人の姿にならないの?」

「…なんでなる必要がある」

うーん必要…必要は……あ!

「人の姿になったら、身体洗うのも楽ちんじゃないの?」

「……別に。洗う必要なんざないからな」

うそだー、その顔は今気付いたって顔だよ!お風呂は好きだけど、どうも毛並みをアワアワにされるのがお好きじゃないらしいルー。人の身体なら自分で洗えるだろうし、さらっと洗えて楽じゃないか。

―ルーはユータに洗ってほしいの。甘えん坊なの。

「!!てっ…てめえぇー!!」

―ルーが怒ったのー!ラピス悪くないのー!!

訳知り顔でのたまったラピスに、ザッバア!と怒り心頭でお湯から飛び出したルー。危険を察知したラピスが、ぴゃっと光の速さで逃げ出した。

突然に変わった水位に、オレは今度こそ完全に巻き込まれてひっくり返った。天高く付き上がった足…完全に水没した頭…。

『ちょ、ちょっと、大丈夫?』

『ゆーた、そんな格好したら危ないよ?』

「がほっ!げほっ!!」

モモのシールドとシロの助けで、なんとか助け出され、涙目で呼吸を整えた。

あー酷い目に合った…。

『まったく…風呂ってのは落ち着いて入るもんだぜ?主はお子様だなぁ』

「ピピッ!」

椀の縁に足を乗せて、ゆうゆうと寛ぐチュー助と、マイペースにのんびりしているティア。


「……」

『あーれーーっ!なんで!どうしてっ』

なんとなく腹が立ったので、チュー助のお椀を露天風呂に浮かべ、しっかり回しておいた。

『あったかいお湯も気持ちいい!』

水遊びと水竜巻ですっかり冷えたらしいシロが、ルーの代わりにじゃぼんとお湯に浸かって、縁に腰掛けるオレの膝に頭を乗せた。

『ふふ…ゆーたとお風呂』

いつも一緒に入っているのに、何がそんなに嬉しいのか…にこにこしてオレを見つめる水色の瞳に、つられてオレもにっこりする。

シロの大きな瞳に映る、空の雲とオレのシルエット。鼻はまだつんつんと痛いけど、シロのまとう穏やかな気配に、心がふんわりとしてくる。

「楽しいね」

『楽しいね』

相変わらずおじーさんみたいに静かに浸かっているティア、リラックスして平べったく水面に浮かんだモモに、ぐでっとしたチュー助。普段はラキやタクトもいるし、気付けばオレの周りは随分賑やかになったもんだなぁ。

シロといると、なんでもないことも随分楽しく幸せなことだって感じられる。それってすごいことだと思うよ?自然とほころぶ頬をそのままに、オレはきらめく水面を見つめて目を細める。


遠くの方では、戦争でもしているかのような破壊音が響いていた。



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