第230話 安全なお仕事

「最近、あの子の噂を聞きませんね…落ち着いたということだろうか?」

「そんなことないッス。あのデタラメ召喚獣のおかげで、1年の戦闘能力、順調に上がってるッスよ?」

「しかし、あの子自体の話はあまり聞かなくなったような…」

「私の中では常に話題ですけどね?!ねっ!ジュリアンティーヌ!」

「ムゥ?ムイムイ!」

「……メメルー先生、曲がりなりにもマンドラゴラを持ち歩かんで下さい…そして生徒に変な物作らせんで下さい…」

「なっ…ジュリちゃんを変だと言うの?!ツィーツィー先生の服の方がよっぽど変でしょう?!」

「な…なにをっ…!こ、これはかの有名なブランドで…」

「はーいはい、分かったッス-。ジュリちゃんかわいッスねー最高ッスー。先生の服、いつも攻めてるッスよねー前衛的でいいと思うッスー」

「うふ!そうでしょ!」

「君はファッションに興味などないと思っていたが…なかなか見所が…」

おざなりな褒め言葉にころっと機嫌を直したらしい二人。…疲れるッス……。マッシュ先生は死んだお魚の目になっている…どうしてこうアクの強い人ばかり先生に選ばれたのか…。自分もその中に入るとはつゆとも思わず、彼は深々とため息をついた。


どうやらユータに興味があるらしいツィーツィー先生は、最近噂を聞かなくなったのがご不満の様子。確かに最近は大人しくしている…と言うよりも授業に出る回数が減っている。もちろん必須のものは参加しているが、彼は座学も優秀だし、試験を積極的に受けて自分の時間を確保しているようだ。結果的に学校にいる時間は減り、目立つことも少なくなったようで…。

「ユーダぢゃんがぁ…わだじの授業もあんまり来でぐれない~~!!」

メリーメリー先生が、そう言って大量の鼻水を垂らしておいおい泣いていたのを思い出し、そう言えばあの時のタオルを返して貰っていないことも思い出した。

体術の授業は比較的受けてくれているので、マッシュ先生はちっとも困らない。メリーメリー先生がタオルを鼻水まみれにしたことの方がよっぽど困った。うん、あのタオルは諦めるッス。

「彼は座学は結構受けてるみたいッスよ~!メリーメリー先生も、実技を先にクリアされたって嘆いてたッス。」

「ほう…座学に興味があるとは素晴らしい…彼なら特別授業をしてやってもいい。」

機嫌よさそうにするツィーツィー先生に、多分、実技で目立ちたくないだけッス…とは言えず、今日もマッシュ先生は適当な相槌で右から左に聞き流すのだった。

(でも、学校にいない分、外で騒ぎを起こすんじゃないッスかねえ…)

そんな考えが頭をよぎらなくもないけれど。



「おはよう~!」

「お、白犬の!今日も配達か?」

強面さんが多いギルドに入るのも、慣れたものだ。シロがいるおかげでもあると思うけど、ギルド内でも居場所が出来てきているようで嬉しい。…もしかしたらオレたちに絡もうとすると、ジョージさんがどこからともなく現れて目をギラつかせるからかもしれないけど…。

「今日はね、回復のお仕事をするんだよ!」

「回復…?お前、回復使えるのか!いいじゃねえか、羨ましいぜ!」


今日は配達屋さんはおやすみ!以前から頼まれていた回復屋さんをするんだ。冒険者ギルドでは当然ながら生傷の絶えない人が多く、多少の怪我では勿体なくて回復薬なんて使わないし、パーティ内に回復術師がいなかったら、そこそこお高いらしい回復魔法をかけてもらうこともしないそう。

「おお、来てくれたか!A判定くん!!」

「…ユータです」

「そうそう、ユータくん!ささ、こっちへ!」

全然話を聞いてなさそうな職員さんに案内されて、こぢんまりとした一室をあてがわれた。

「希望者はここへ連れてくるからね、回復の方お願いできるかな?職員は付き添うし、お金は案内する前に払ってもらうから安心していいよ」

ギルドでは回復術師の実力を把握するためと、怪我が悪化して酷いことになる冒険者を減らすために、ギルド内回復の依頼を常に出しているそう。だけど、割に合わないらしく人気がない…。

「できたら、定期的にやってくれると助かるんだがなぁ…確かに値段は安いかも知れないけど、ほら、安全なギルド内でできるし、患者に脅されて不払いなんてこともないだろう?」

そうだよね!オレにとってはいいれんしゅ……じゃなくて、ギルド内に安い回復所があれば、みんな安心だもんね!!


ちゃんと回復魔法の本は読んでいるし、タクトでほどよい回復レベルも把握できているし、あとは数をこなしていくだけだ!そんなオレにとっては願ってもないお仕事。

椅子とベッドしかない殺風景な部屋で、ちょこんと座って魔力操作の練習なんかしつつ、暇をつぶす。これ、誰も来なかったらすっごく暇だよね…一応、誰も来なくても依頼料は入るけど、確かに来る人が少なくても、多すぎても割に合わない仕事かもしれないね。

「こちらへどうぞ」

そんなことを考えていたけど、さっそく患者さんが来たようだ。普通に歩いて来ているあたり、怪我の程度も知れるってものだ。

「ここか?………回復術師は?キレーな姉ちゃんは??」

「回復術師はオレですけど……」

ひょいと顔をのぞかせた男が、きょろきょろした後オレと見つめ合ってお互いにきょとんとする。キレーな姉ちゃんって???

「はあ?!回復術師って言ったらアレだろ!?べっぴんの姉ちゃんが優しくなでなでしてくれるやつだろ!?」

「違います」

案内してくれた女性職員さんが、氷の視線で一刀両断。いきり立ちそうだった男が、絶対零度の瞳に思わず怖じ気づく…!

「どうぞ」

冷ややかな声に促され、男はホールドアップしそうな勢いでストンと椅子に座った。

ご…ごめんね?キレーな姉ちゃんじゃなくて…。

「あの…それで、怪我はどこですか?」

「……ッチ…。いえっ!なんでも!はいっ!こちらです!!」

チラチラと背後の職員さんを気にしつつ、男は上着の片袖を脱いだ。

「わあ…痛そう…」

「へ、こんなもん大したことねえぜ。ちょっと油断しちまっただけさぁ」

思わず顔をしかめたオレに、なぜか得意そうに語る男。油断して怪我したんでしょ…?格好良くはないと思うけどな…。


確かに傷は深くはないけれど、痛そうだし、すぐに治してしまおう…。

肩から上腕にかけてザックリと裂けた傷に、そっと手をかざしてぶつぶつと適当な文句を呟いた。

「お…?」

ふわっと柔らかな光と共に、みるみる傷が塞がっていく。

「はい、できたよ。どう?痛くない?」

「……すげえ!痛くねえ!なんだ、ちっこいくせにやるじゃねえか…!回復魔法ってこんな気持ちいいんだな…」

「そう?お大事に!」

すっかり傷の癒えた腕をきれいに拭って、オレはにっこりと笑った。初めての回復魔法だったんだね、やっぱりかけてもらうことって少ないんだなぁ。

嬉しそうに腕を振りながら出て行く男を、なんとなく微笑ましく見送ると、職員さんが驚いた顔をしていた。

「どうしたの?」

「いえ…A判定とは聞いていましたが…素晴らしいですね。あの傷をこんなに早くきれいに…さすがです」

褒められた…!オレは嬉しくなってにこっとする。怪我を治すのって、純粋に喜んでもらえるから嬉しいね!戦闘なんかと違って心配されないしね!

「オレ、あんまり回復魔法つかったことなくて…他の人とちがうところがあったら教えてほしいです」

「そうなの?いえ、そうよね。その歳でたくさん経験している方が問題よね。魔力はまだ大丈夫?」

「うん!あのね、オレ魔力量も多いんだって先生が言ってたよ!」

「それは助かるわ!どうして回復術師をメインにしないのかしら…そっちの方が安全でたくさんお金をもらえるわよ?」

「でも、オレは召喚士がしたいの!」

「そうなの…勿体ないけど、まあこれからゆっくり考えればいいわ。ちびっ子はみんな冒険に憧れるものね」

ギルド職員さんはみんな多少なりとも冒険者の心得がある人達だ。お姉さんの余裕ある流し目に、きっと強い冒険者さんだったんだろうなと感じさせられた。

こういうのも、カッコいいな…。将来はギルド職員として働くのもいいかもしれない…その時は、すっごく強くなってからだけど。だって、もめ事があった時に颯爽と出て行って、「ギルド職員は引っ込んでろ…!なにっ!?こ、こいつ…?!」ってやりたいでしょ!?わくわくするよね!

逞しく成長した自分の姿を思い描いてニヤニヤするオレに、お姉さんは生温かい視線を送った。




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7/10に発売された書籍ですが、なんと販売2日で重版となりました!!

皆様、ありがとうございます!!

書き下ろしの外伝とSSも、ご好評いただいてホッとしました!

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