第228話 冒険者の特権

今日は天気も良さそうだし、門にこれだけ近い場所で魔物に襲われることもないだろう。…だからこっそり地面を平らにならすだけにしておこう。

「よっしゃー!できたー!」

「完成ー!」

「僕たちだけでできたね~!」

やったー!満面の笑みでパチンとハイタッチ!オレだけちょっと跳ばないといけないのが悔しい。

「でも、結構時間かかったし、これも練習だね~!」

「土魔法の方が早いもんね」

「それ言うなよぉ…なんか悲しくなるじゃん」


『わーい!テント!テント!』

『シロは入っちゃだめよ?壊れちゃうわ』

『俺様は入るー!広ーい!』

「きゅう~!」

オレたち以上に喜んで、テントのまわりをぐるぐる回るシロ。お金が貯まったら、シロも入れるテントを買ってあげようかな…。

チュー助はテントの中を走り回って遊んでいるし、ラピスはテントの外側を滑り台にして遊んでいる…テントにそんな使い道があったとは…まったく、みんなはしゃいじゃって…。

「一番はしゃいでるのはお前だ!」

「ユータ、ちょっと落ち着こう~?」

はたとテント内ローリングを止めて気付けば、生ぬるい視線が突き刺さる。

「………新しいものって、使う前に試してみないとね!」

「どんな事態になっても、寝袋に入って暴れ回る必要はないと思うぜ」

「寝袋って意外と丈夫なんだね…そこまで動けるんだ~」

妙に優しげな顔をした二人。顔だけ出してすっぽりと寝袋に入り込んでいたオレは、何事もなかったようにそっと目をそらした。



「ちょっとごはん遅くなっちゃったね。ちゃちゃっと作っちゃうよ!」

「テキパキしてんなぁ…こういう時は」

「さっきの跳ね回る芋虫と同一人物とは思えないね~」

二人の呟きは聞こえなかったことにして、オレは手早く夕食を作る。新しい道具が嬉しくて、お料理もはかどっちゃうね~!やっぱり、お金貯めていつかオーブンも買おう!

今日はお泊まりだからって余裕を持っていたら、周囲は既に薄暗くなりはじめている。ごく簡単に、スープとお肉とパンで夕食をすませると、片付けが終わった頃にはすっかり暗くなっていた。

「ユータ、目立つから灯り消そう」

「うん、でも全部消したら真っ暗だよ?」

「火だけつけとくから大丈夫だ」

周囲に漂わせていた光球を消すと、オレたちはたき火を囲んで座った。

ピキ、パチッと木の爆ぜる音が心地良い。夜になって少し冷えた外気に、たき火の熱がちょうど良かった。

「ユータ、燃えちゃうよ~」

ゆらめくオレンジの炎がきれいで、燃えていく木が赤々と輝くのが美しくて、ついつい近づきすぎる身体を引き戻される。炎の熱に煽られて、顔だけが熱い。

「きれいだね」

「そうだな、なんかこうやって見る火は落ち着くよな」

タクトも目を細めてたき火を見つめる。闇夜の中、炎に照らされる横顔は少し大人びて見えた。

「街からそんなに離れてないのに、全然雰囲気が違うね~」

瞳に炎を写したラキが、しみじみと呟く。本当に、目と鼻の先に街があるっていうのに、その光は申し訳程度にしか届かず、周囲はジワジワと木の燃える音が聞こえるほどに静かだ。

「夜のお外、オレ、結構好きかも」

「そうだね~もっと怖いものだと思ってたけど~」

「もっと街から離れたら怖いだろうけどな。魔物が来るような場所じゃないの知ってるもんな」

「贅沢な護衛もついてるもんね~」

二人がちらりとオレの方を見た。オレが遠慮無くもたれかかっているのは、大きなフェンリル。

シロは目を閉じてリラックスしているけど、耳と鼻だけはしっかりと活動しているようだ。ピンと立てた耳が、時折ぴこぴこと何かに反応している。さらさらとした毛並みに指を滑らせながら、こてんと頭をもたせかけると、視界は一転して、めまいがするほど深い夜空が広がった。

「うわぁ…すごいね」

落っこちそうな気がして、思わずシロにぎゅっとつかまった。星の海ってこんな感じなんだなぁ…山の夜空もキレイだったけど、これには及ばない。

「うん、きれいだね~」

「夜に外に出て、こんなのんびりできるなんてな。ちょっと恥ずかしかったけど、街の近くで野宿するのもいいかもしれないなー」



「…つい夜更かししちゃいそうだね~。でもこれは訓練でもあるんだからね~、ちゃんと交代で休まなきゃ」

穏やかな沈黙の中、ついにラキが切り出して、心地よい夜の時間が終わる。

「そうだね、こんな風にのんびりできるのはこの場所だけだもんね、ちゃんと訓練しなきゃ」

「シロたちがいたら、どこでものんびりできるかもしれないけどな!」

夜に自分たちで見張りができるか、その訓練も兼ねて安全な場所で野宿しているんだから、みんなで夜更かししてちゃダメだよね。

一様に残念な様子を隠さず、オレたちはゆっくりと腰を上げた。

「…あ、ねえ見て!」

「うん?ああ、光虫か!」

「そっか~もうそんな時期だね。あれが光虫…」

オレの視界をふいと過ぎったのは、ごく小さな光。今にも消えそうな、ごくか細い光は、ふわふわと漂って森の方へ消えた。

「光虫……?」

「うん、この時期の夜にだけ見られる虫だよ。キレイだけど、夜に外に出られるのは冒険者ぐらいだからね、珍しいよね~」

「キレーだな!なんか得した気分だ」

これも冒険者特権、だね。オレたちは、名残惜しく消えた光を見つめた。

―ユータ、あの虫が見たいの?

「そうだね、きれいだったもんね」

―じゃあ、ついてくるの!こっちこっち!

「えっ?でも、危ないよ!」

―大丈夫なの。今のところ目立つ魔物はいないの。

「ユータ、どうしたの~?」

「えっと…ラピスが危なくないから着いてきてって…」

「お、何があるんだ?!行ってみようぜ!」

「でも…夜の森だよ?!」

オレはまだ夜目がきくし、実際さまよっていた経験もあるけど…みんなは怖くないの?

『みんな、乗って!ぼくに乗っていけばいいよ!』

『行くの?!ラピスが言うなら大丈夫でしょうけど…とりあえずシールドも張っておくわ』


それなら、とオレたち3人はシロに乗って、暗闇に浮かぶラピスの光についていく。

「ぼく…ちょっと、怖いな~」

「だな…やっぱ危険って感じがするぜ…」

森の中の暗闇は、本能的な恐怖を呼び覚ます気がする…ヒトは、夜の森で活動する生き物じゃないって肌で感じる。二人は自然と小声になり、寄り添ってシロにしがみついた。

『大丈夫、シロが守るからね。危なかったら走るから、ちゃんとつかまっていてね?』

黒一色の森において、シロの毛並みはじんわりと淡く発光して、神狼の名に相応しい神々しさをまとっていた。さらさらした被毛は少し冷えて、指に心地良い。


「あ…あれ見て~!」

「わあ…なんだろう?」

「キレー…だけど、なんか怖いな」

塗りつぶしたような闇の中で、前方にふわりと光が見えた。

近づくにつれ視界に広がっていく光は、どうやら湖のようだ。

「わあぁ……」

「すげー…」

「これは…すごいね…」

森の中から、そうっと湖の方をうかがえば、そこにはふわふわと漂う無数の光が乱舞する、幻想的な空間が広がっていた。

「光虫…こんなにたくさん…」

薙いだ水面は鏡のように星空を写し、空中には闇夜に漂う無数の光虫。空間の全部に星空が広がったようで、まるで宇宙にいるみたいだ…。

平衡感覚すら失いそうな光景に、オレたちはしばし言葉を忘れて見入っていた。


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