第213話 出発だ!

「なんだとっ!?あの坊主…また攫われたってのか?!」

「は、はい~!でも、自ら攫われに行ったというか…その、囮のつもりみたいで~!」

「これ、ユータの下級精霊。こいつを通して情報を寄越すつもりなんだよ!」

ぐいっと差し出されたチュー助は、結構ぷらーんとしている。

「チュー助!ちょっと起きてくれよ!ちゃんと説明してくれ!」

ぶんぶん!とシェイクされて今度は泡を吹きそうだ。

「タクト…放してあげたら~?」


『げほごほ……お、俺様には果たさねばならぬ使命が……』

「チュー助、その使命とやらを早く話して~!」

タクトの手から解放されたチュー助は、恨めしげな目をして、ぼさぼさになった毛並みを撫でながら話し出した。


「―くそ…それでまんまと攫われちまったってわけか…よし、すぐに救出に行くぞ!場所を言え!」

『あらら?やっぱりそうなっちゃう感じ?それじゃあ俺様、言えないっての。次の報告を、乞うご期待!ラピスー離脱っ!』

「あっ…!?」

ギルドにとって唯一の手掛かりが、ぽんっと軽い音をたてて消え去った。下級精霊の思わぬ行動に、呆気にとられる面々…。

「ユータ…あくまで囮捜査をするつもりなんだ…」

「あいつ…!確かに強いし!魔法も使えるし!強い召喚獣もいるし!収納も持ってるし!連絡方法もあるけど!だからって………だから囮になるのかー…」

「タクト!納得しないでよ~!ユータは色々できるけど結構ぽんこつなんだから!きっと今回攫われたのだって、絶対普通に攫われたんだよ!囮として活動する前に!」

「うん、それはそんな気がする。」

「お前ら…心配してるのか?してないのか??」

「「なんか…大丈夫な気がしてきた…」」



『ゆーた、悪者の臭いがお店に近づいてきたよ!』

『あなた、ぐっすり寝過ぎよ!!もっと緊張感を持ちなさい!』

モモにぼすぼすと柔らかアタックされて目が覚めた。うーんと伸びをしようとして、随分狭いことに気付く。

「…?……あ…そっか、攫われてるところだった…。」

ふああ~と大きなあくびをすると、枕とタオルを収納に入れておく。お腹は満たされてぐっすり寝たし、さあ、オレはいつでも出発できるよ?

『主ぃ!タクトを怒って!あいつオレを潰そうとしたり振り回したりする!!』

―あのね、ギルドに報告には行ったけど、すぐに探しに行こうとするから、ここの場所は言ってないの。

いつの間にか帰ってきていた二人をねぎらって、場所を伝えるのはオレが出発してからとお願いしておく。


ギィー…

扉の軋む音と共に、ゴツゴツと重そうな足音が複数入って来たのが分かる。レーダーで見ると…1,2…4人かな。いきなり蹴飛ばされたりしたらイヤなので、念のためにシールド張っておこう。

「なんだ、袋ひとつじゃねえか…」

「でもよ、こいつAだぞ。十分だろ。雑魚はいくらでも集まるんだ、質がいい方がウケがいいって。」

「だな…数より質だ…最近目ぇつけられてきてるし、そろそろ狩り場を移動しねえとな。」

やや抑えた声でそんなことを話ながら近づく足音。

「…死んでねえだろうな?暴れた形跡がないぞ…」

「そんなまさか…!これは大事な商品だ、乱暴なことはしてねえよ!気絶してるんじゃねえか?」

しまった…多少ごろごろ暴れておけば良かった…動かないオレを不安に思った男が、ぐいぐいと何かでオレを押した。大丈夫!オレ生きてる!心配ないです!!

「生きてるな…いいか、大人しくしてろよ!」

わさわさと動き出したオレに安堵したのか、男は一喝すると袋ごとオレを担ぎ上げた。

のっしのっしと歩くのにつれて男の固い背中にゴツゴツと体がぶつかる。間近でドアの軋む音がしたかと思うと、周囲が眩しいほどに明るくなった。外だ…どうやら出発するみたいだ。


荷物のようにどさりと投げ込まれたけど、あらかじめシールドを張っていたのでへっちゃらだ。でもそろそろ袋から出ちゃダメだろうか…?どうやら馬車らしい振動を感じながら、周囲の様子を探る。前方に3人、後方に1人、オレの近くに一人。場所は大きめの乗合馬車くらいのサイズで、オレ一人を運ぶには大きすぎるだろう…普段はもっとたくさんの子どもを乗せていくってことだろうか。

ふいに近くにいた一人がオレの方へ近づいてきた。

―ユータ、それは子どもなの。

姿を隠して潜伏しているラピスが、オレの目の代わりとなってあちこち見てきてくれている。これは子ども…じゃあ攫われてきた子だろうか?

その子はオレの袋に手をかけると、しばらくしてシュルシュルとひもをほどく音がした。

「……」

ひょい、と顔を覗かせたのは痩せた少年。無言でオレを袋から解放すると、唇に人差し指を当てて「しぃー!」のしぐさをした。

やっと袋の中から解放されたオレは、思う存分伸びをして体をほぐす。

「んんーっ…ああ手足が広げられるって気持ちいい!出してくれてありがとう!君も攫われたの?」

おそらく12歳くらいだろうか、痩せっぽっちの少年はオレを見て不思議そうにした。

「なあに?どうかした?」

少年は少し考えて、泣き真似をしてからオレを指さし、こてんと首を傾げた。

なんだろう…あ、もしかしてオレが泣いてないのはどうして?ってこと?

「オレは前も攫われたことがあるんだ。だから大丈夫!オレ、ユータって言うの。お兄さんのお名前は?攫われてきたの?」

少年は驚いた顔をしたあと、困った様子で首を振ると、ぐいっと襟元を下げて喉をさらした。

「?…あ…傷?古い傷があるね…」

少年の胸から首筋には、魔物に襲われたのであろう痛々しい古傷が残っていた。あ、もしかして…。

「その…もしかして声が…出ないの?」

彼はにこっとすると、こっくり頷くと、オレの頭を撫でて、傍らに置いてあった木箱を開けると、水さしを取りだしてオレに渡した。その手慣れた様子と、身振り手振りの会話で、彼が攫った子どもたちの世話係であることが知れた。孤児であろう彼に文字の読み書きができるはずもなく、筆談も望めない…色んな情報を知っているであろう彼と情報交換できないのは、非常に残念だ…。

『シロがお話する?』

なるほど!シロなら念話で…って!シロがいきなり出てきたら大騒ぎになっちゃうよ…でも念話なら声が出なくても話せるかも知れないよね!オレだっていつも念話使ってるんだから、シロができるならオレだってできるんじゃない?

じいっと少年を見つめると、『繋がり』を探す。そう…糸電話みたいに魔力が繋がればいいんじゃないかな。

『―あー、テステス、こんにちは、聞こえる?』

少年はこちらを見て、何言ってんだこいつみたいな顔をしている。声でなく念話で話しかけたことに気付いていないようだ。

『これなら話せると思うんだ。お兄さんのお名前、しっかり念じて言ってみて?』

少しムッとした表情の少年は、フイと視線を逸らした。

『…話せないって言ってんのに…これだからガキは…』

よしっ!!

『オレ、ガキじゃないよ、ユータだよ。ちゃんと聞こえてるよ。』

ぶんっ!と音がしそうな勢いで振り返った少年は、目をまん丸にして口をパクパクしている。

『そんな…なんで…俺…俺…声、出てない…のに。』

『オレ、念話ができるの。これでお話できるね!』

しばし呆然とオレを見つめた少年は、くしゃりと顔を歪ませると、あくまで静かに、しゃくりあげて泣いた。

ああ、辛かったんだな…助けを求めることも、何かを訴えることもできずに。

ぼたぼたと溢れる涙は彼の服を濡らし、床にも染みを作った。

『一人で、がんばってきたんだね…辛かったよね…』

彼の声なき慟哭を邪魔しないよう、そっと背中を撫でてハンカチで涙を拭ってあげる。オレがもう少し大きかったら…彼をぎゅうっと腕の中に抱きしめてあげられるのに。


『お…俺は……ミックだよ』

ややあって、少し照れくさそうに、不安そうにこちらを見て伝えたミックは、微かに笑った。



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