第212話 囮になる方法
「うーん…具体的に、囮ってどうしたらいいと思う?」
―ラピスはやらない方がいいと思うの!他のヒトよりユータが危ないのがダメなの!
『ホントそうよねぇ…でもこういう時、この子は言うこと聞かないわよねぇ…』
『さすが俺様の主ぃ!ばーんと組織に侵入して、どーんとやっつける!!作戦は完璧だ!』
ラキの言葉で、オレがヤツらに攫われるように仕向けたらいいんじゃないかって気付いたんだ。そしたら色々と情報が得られるし、組織の壊滅を狙えるだろう。もちろん危険はあるけど、子どもを攫って食い物にしようとしている輩が、どうしても許せなくて。
心配されるだろうけど、今のオレには転移があるし、チュー助とラピスがいるから、他の人へ伝言を伝えることも出来る。シールドにフェンリルの護衛までついてるんだもの…オレが囮にならなきゃ誰が適任だって言うの…。
「心配されると思う。でもね、オレがやったらすぐに犯人たちが分かるかも知れないんだ。やらなかったら、その間にもどんどん攫われていくかもしれないんだよ?子どもを犯罪に巻き込むのは、どうしても許せないんだ。なるべく心配かけないように、チュー助、ラピス、伝言係お願いするよ。」
―…ユータがどうしてもやりたいならお手伝いするの…。
『お任せっ!』
とは言うものの、オレは一体何をしたらいいんだろう?どうすれば攫われやすいのかサッパリだ。
まずは準備から…オレは手近な雑貨店で必要なものを買い求めた。
『どうせ変装するならもっと素敵に…女の子の格好でも良かったのに…』
モモがしきりと残念そうにするけど、変装は普通でいいの!目立ちすぎてもよくないんだから!オレはあまりに特徴的な黒髪を隠すため、ごく一般的な茶色いカツラを被って颯爽と街を歩く。瞳の色は黒でも茶色でも紺でもそうそう分からないだろう。
囮になる方法に頭を悩ませつつ、足は引き寄せられるように屋台方面へ…美味しい香りにおなかがぐうっと鳴った。
「朝ご飯食べずに出ちゃったから…おなかがすいてちゃいいアイディアも浮かばないもんね!」
変装してると、なんだかいつもより大胆になれる気がするね!子ども一人、屋台で買い食いなんて変に思われるかなって、いつもは遠慮していたけど、今日なら平気!食べたかったのはじっくり煮込まれたお肉のスープ!いや、スープというべきかお肉の煮込みと言うべきか…お肉の塊がどーんと器に盛られて、申し訳程度にその他の具材が入ったお汁が注がれている。通りの段差にちょこんと腰掛けたら、さっそくいただこう!
「あつっ、あつつ、……んんー美味しい!」
お肉は幼児に優しい、ほろほろにとけ崩れる柔らかさ!テールスープに似た風味のスープに、お肉からどんどんと肉汁が溢れて、最初の一口と最後の一口は全然味が違う!ここは今度ラキたちにも教えてあげよう!
―ユータ、ウリスからラキたちが気付いたって!
わ、早いな~まだ起きたばっかりって所じゃないの?ひとまずラキたちに事情を説明しつつ見つからないようにしなきゃ。
「チュー助、ラピス、おねがい!」
二人に事情を説明してもらって…少しでも心配を和らげられたらいいんだけど。
まだ彼らは学校だから、しばらく時間の猶予はある。美味しいスープの最後の一滴まで飲み干して、ふう、と一息。さてどうしようかと頬杖をついた所で、何やら落ち着かない様子の人が目に入った。手元の紙を見ながらきょろきょろしては、首を傾げている。
「おじさん、どうしたの?」
「あ、ああ…ぼうや、なんでもないんだよ。おじさんちょっと道に迷っちゃったんだ。」
ちょこちょこと駆け寄って声をかけたら、おじさんはちょっと困った顔だ。道案内なら任せなさい!オレは配達人をやったおかげで大分この街の地理に詳しくなったんだから。
「どこに行きたいの?案内するよ!」
「本当か?じゃあ…グースの酒場って場所分かるかい?」
「うん!ちょっと狭い道をとおるよ!こっち!」
ついてきて!と先導して歩いて行くと、目的地近くの路地裏で、おじさんがまた手元の紙を見て、待ってくれと言う。
「グースの酒場の近くなんだが…ここなんだ、どう?わかるかい?」
どれどれ?駆け戻って、どうやら地図らしいおじさんの手元の紙を覗き込む。
「……えっ?おじさん、これ……なんにも書いてな……」
ばさり!!と視界が暗転したかと思うと、ぐいっと体が持ち上がった!
何事?!と思う間もなく激しく揺られてあちこちがぶつかる。
「Aだ!!逃がすなよ!」
「よしっ!ならこれで引き上げだ!!」
さっきのおじさんの声…?そう思ったと同時にふわりと体が浮いて、ドスン!と固い場所に着地した。
…
……
………あれ?
これってさ…もしかして……
あの…オレ、普通に攫われてない?
『当たり前じゃない?!ま…まさかあなた騙されたふりしてたんじゃなかったの?!』
『主!作戦は順調だな!!』
『ゆーた、囮上手だったよ!すごいね!』
―ユータ、それでこいつらやっつけたらいいの?
……うん、そう…作戦成功だ!!でもどうしてみんなあれが悪者だって分かったの…?
『主ぃ!朝っぱらから開いてもいない酒場に案内しろなんて…』
『それもこんな子どもに案内させようだなんて…あんな路地裏の酒場に…』
『だって悪者の臭いだったよ!』
―最初からユータの様子をうかがって標的にしてたの。あからさまに怪しいの。
…そ、そうですか…。ちょっぴり凹みながら体勢を整えて、周囲の様子を探る。どうやらオレは、さっきのおじさんに袋に入れられて、すぐ近くの建物に運び込まれたようだ。もしかしてグースの酒場?
―多分そうなの。お酒の瓶がいっぱいあるの。
『すっごいお酒臭いからそうだよ!』
そうか、ここが悪者のアジトのひとつでもあったんだな。でも、昨日の子たちは外へ運び出されていたんだから、あくまで一時的な収容施設なんだろう。
「チュー助、ラピス、ラキたちと一緒にギルドに行ってくれる?ひとまずこの状況を伝えようか。」
『了解!』
「きゅ!」
目の粗いズタ袋の中は、暗いしチクチクするしお世辞にも快適ではなかったけど、幸いオレサイズだと、手足を少し曲げれば横になれるくらいのゆとりはあった。
出るのは簡単だけど、袋の口が閉じられている以上、勝手に出て行ったら警戒されるだろう。この先の本拠地へつくまで大人しく攫われていなきゃいけない。言葉使いも少し幼く話すよう気をつけた方がいいかもしれない。
―
――……それで、いつ運び出されるの?ちょっとオレ退屈になってきたんだけど…。
そわそわと緊張していたのも最初の10分やそこらで終わってしまった。しーんとした、無人らしき店内に一人残されて、オレはそろそろ大人しくしている限界に達しそうだ。何か退屈しのぎにできることがあればいいのに…もう寝るぐらいしか…あ、そうか、これからまともに眠れないかもしれないんだ、今のうちに休んでおこう!
収納から枕と大きいタオルを取り出すと、チクチクする袋に敷いて目を閉じる。袋の中だけど、布団をかぶっていると思えば特段不愉快でもないな。
「誰か来たら起こしてね…」
『うん!おやすみ!』
『……寝るの?本気で?これ寝袋じゃないんですけど?!』
モモの呆れた声を聞きながら、オレは案外快適に眠れそうだと思った。
「はあ?!それで、もう攫われたってのか?!」
とにかくユータを止めようと、ギルドに向かいつつ街中を探していたラキとタクト。チュー助の「心配いらないって!主はもう攫われたからだいじょぶ!」という全然大丈夫じゃない報告を受けて、二人は思わず頭を抱えた。
「とにかく…ギルドに行こうか~」
「おう…あいつ……どんだけ簡単に攫われんだよ…」
『主の攫われっぷりは見事だった!!』なんて胸を張るチュー助を握りしめて、二人は重い足取りでギルドへ向かったのだった。
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