第166話 お醤油の味

全く、昨日はチュー助が涙の海に沈んでしまったので相手するのが大変だったよ。

おかげで妖精さんたちと碌に遊べなかったから、また来てね、と数日は館にいることを伝えておいた。



今日はタクトと遊ぼうと思ったんだけど、エリちゃんと先約がありそうだったので遠慮することにした。オレは学校でいつでも遊べるからね。

それに…オレにもやりたくてたまらないことがあるんだから!


さあさあ!何を作りましょうか?!わくわくするね?!

もうオレのウキウキは止まらない!だって……和食が作り放題だ!!

残念なのは麦ご飯しかないことだけど、オレは元々玄米も麦も好きなのでそこまで気にしない!ちょっと…ほんのちょっと白米が混ざっていたら美味しいのに…とは思うけど。それでも昔のヒエや粟を食べていた日本人よりいいごはんだと思う!ヒエや粟のごはんは…正直に言うと、鳥のごはんだと思ったよ…いやいや、マズいとは言わないけど、『ごはん』じゃないなって思うんだ。


さて、本日もこちらに野外キッチンを設けまして…!

「おい、なんでここでやろうとする……家で作って持ってくればいいだろう。」

うむ…どうして持ってくるのが前提になってるのかな?……そりゃあ持ってきてあげるけども!


「だって時間かかるお料理もあるし、キッチン占領できないもん。それに…料理人さんが集まって来て大変なんだよ!?…ここで作ったらルーは美味しいつまみ食いもできるし、できたての熱々が食べられるんだよ?」

「……熱々はいらん。」

つまみ食いはいるんだね、はいはい。

いつものようにゴロゴロしているルーを尻目に、せっせと下ごしらえをしたり、それぞれの料理担当管狐部隊に役割を割り振ったり。

メニューはどうしようかな?肉じゃがはやっぱり外せない?でもこっちでも煮物はポピュラーだから、あんまり目新しくないんだよねぇ。これが和食だ!って出したらガッカリされるかもしれない。


「うーん受け入れられやすいのってやっぱり照り焼き系とか…カロルス様には角煮とか…外国の人にも人気な和食ってなんだっけ…?」

照り焼きは外国行った時にも見たことあるんだ。だからきっと人気があるだろう。鳥とお魚2種類の照り焼きを用意しよう!寿司は言わずと知れた…って感じだけど何の知識もないヒトに生魚はちょっとハードル高いよね…こっちの寄生虫とか知らないし。あとは丼物とかも人気あるって聞いたことあるな。

大食漢の面々に出す料理だから、全部主菜!ってなってもいいんだ!収納に入れておいたらいつでもできたてのお料理が食べられるしね。

「うん、まずは純粋な和食にこだわらずにお醤油の味に慣れて貰おう作戦!かな?、」



* * * * *


「ラピスっ!はいっ!」

「きゅっ!」

ズババッ!!

「モモっ!」

キィーーン

『シールドおっけー!』

「チュー助!」

シュパパパ!

『俺様大活躍!!』

おおーこれは便利。いやぁ持つべき物は召喚獣と従魔だね!ついでに下級精霊。

切断担当のラピスはいつも抜群の殺傷りょ…じゃなくて調理力(?)を誇って、ぶつ切りもみじん切りも一瞬だ。食材を投げるオレの手が巻き込まれやしないかと、いつも背中が冷たくなる。

ラピスが切った食材はモモがシールドで清潔に受け止めて、雑菌とは無縁の精霊がボウルに集める。若干ねずみが肉を抱えている姿には抵抗を感じないでも無いけど。いや、あれは精霊、あれは精霊…。


「よーしラピス、こっちはこのくらいのスライス!こっちは一口大!イリス達はこっちの調味料をお肉に揉み込んで!エリス、そっちのぼこぼこ煮立ったお鍋にこっちの材料を入れて煮込んで!オリスはこれを準備してくれる?」

えーとえーと…あとは…。


こ、これは忙しい。人手(?)は増えたけど指示するのはオレ一人。オレ自身は管狐たちができない作業をしつつあちこちの進行状況を見なければいけない。そういえばこの間もこんな風だったような…。

「こら!チュー助!生肉触った体でうろうろしちゃダメ!」

「あっ!オリスそれ多すぎ!」

「ラピス!無駄にみじん切りしちゃダメだよ!それ以上やったらもう液体だよ!」

「チューー助!!それ生!!食べちゃだめ!!って…精霊ってお腹壊すの?」


『主ぃ!これは?これは食べていい?』

「あぁー!モモ!!」

『大丈夫よっ!』

油の煮えたぎった鍋にダイブしそうになったチュー助を、モモのシールドがキャッチする。

精霊の唐揚げができる所だったよ………美味しいんだろうか?


鍋の周りにシールドを張って、油はねと匂いに釣られて引き寄せられるおばかさんを防ぐ。

じゅわわわわ…じゅじゅうー!じゅわじゅわじゅわ…

揚げ物の音っていいよね。油はねを気にしなくていいなんて、魔法って最高。管狐部隊の温度管理もバッチリだ。

「……。」

漂ういい香りに、ぬっと鍋の横に顔を出したのは食いしん坊神獣。

「はいはい、つまみ食いね。揚げたてが美味しいんだけどな~、ほら、ふーふー!」

あーんと開けられた、オレが腰掛けられるくらい大きなお口。吹いて冷ました唐揚げをぽんと放り込むと、大きな唐揚げが随分小さく見える。お口を閉じたと思ったら間髪入れずに再び開けられた大きなお口。さっきよりもよだれがだらだらしている所を見ると、とてもお気に召したらしい。


「ルー、つまみ食いはちょっとだけ!これでおしまい!」

特大の唐揚げをぽいっと入れてあげると、バクンと閉じたお口の中でじっくり大切に味わっているらしい。まるでワインのテイスティングでもしているような表情に思わず吹き出しそうになる。

「これがお醤油味の唐揚げだよ!どう?」

「……悪くない。多めに入れておけ。」

随分お気に召したらしい。ルーの言うとおり入れたら全部大盛りになっちゃうよ!


「きゅきゅ!」

「…うん、いい感じだよ!お肉がほろほろに柔らかくなるくらい煮込むから、弱火でずうっとくつくつ煮込んでおくんだ。」

いつまで煮込むの?と心配げなエリスが作っているのは角煮!ごろごろ入ったお肉にいい艶が出て、とても美味しそう!

「……。」

巨大な前肢がちょいちょいとオレの脇腹をつつく。無言で催促する漆黒の気高い獣、その視線はお鍋に釘付けだ。おひげもお耳も全部目の前の鍋に向いている。

「これ、熱いよ?はふはふできる?」

「おう。」

お鍋に集中しすぎて上の空の気がするけど、ルーは猫じゃないから大丈夫なのかな。さすがに放り込むと危ない気がして、お玉にのせて差し出すと、ふんふんと匂いをかいで何か低く呟いた。

フヒュウウ…

すると小さく風が吹いて、お肉はくるくると回転しながらルーのお口に飛び込んだ。

無駄に高度な魔法の使い方を…風で包んでほどよく冷ましながら食べたかったらしい。しっぽの先がぴこんぴこんと動いて、とても満足げだ。

ルーの相手をしつつオレの手元では照り焼きがつやつやとした輝きを纏っている。じっくりと火を通した鳥肉は柔らかく、箸で刺すと透明な肉汁があふれ出す。皮目は網で焼いてきれいな焦げ目をつくり、一旦お肉を皿に移したら、たれをさらに煮詰めてとろりとさせる。


さて、本日作ったメニューは…

しょうゆ味ベースの唐揚げ、ポルクの角煮、鳥の照りやき、お魚の照り焼き、親子丼

どう?見事な主菜っぷり!まさにカロルス様が選ぶ食事って感じだ。

お野菜は…ちょっと和食にはどうかと思うけど、この国の食事情だとサラダはいるかな?そうだ、かぼちゃらしき野菜があったから、煮物を作ってみよう。あとはお味噌汁とごはんを用意すればいいかな!

でもまあ…既にテーブルの前にイイコで座って待っている、大きな神獣さんが気の毒なので……とりあえずできたものを食べようか!





「俺への捧げ物はこれでいいぞ。特にこの茶色いかたまりだ。」

ぺろぺろとお口をなめ回して余韻に浸るルーは、醤油ベースの唐揚げが特にお好みの様子。これって神獣への捧げ物だったんだ?さっきのつまみ食いもお供えのうち?ぺろぺろしながら厳かな顔で宣言する姿は、ただの大きな食いしん坊黒猫だ。


すっかり満足したルーに久々のブラッシングをすると、完全に爆睡モードに入ったので、普段触ったら怒られるお耳を心ゆくまで堪能して、早めに帰ることにした。ちなみにお耳はふかふかしている割に薄っぺらくて、少し冷たくて、触るとぴぴっと動いて手を払おうとするんだ。

帰ったら料理長のジフにも夕食に出していいか相談しないとね。

「カロルス様たちも気に入ってくれるといいな~!」

『主ぃ!俺様あのとろつや!とろつやがいい!』

『私はやっぱり魚の照り焼きね。』

「きゅう!」

「ピピッ!」

チュー助とモモは照り焼き、ラピスとティアは全部好きらしい。

みんな普通の食事を食べなくても良さそうなのに、お料理を食べるのは好きらしい。

これはスイーツ類も頑張らなくてはいけないかな?そうだ、お休み中にクッキーも大量に作っておやつ用にストックしておこう。


ベッドで横になって考えるのは食べ物のことばかり。

オレはこのままだとせっかく帰ってきたのに料理ばっかりで終わりそうだと苦笑した。



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