第149話 嫌な気配
せっせと唐揚げ職人をやっていてふと気づく。
すんごくいい香りだけど、これはまずいよね…いや味じゃなくて状況がさ。
そよそよ~っと気づかれない程度に風を流し、いい香りを上空へもっていっておく。あー勿体無い。
「風が…せっかくのいいにおいが消えちゃった…。」
幸せそうな顔で鼻をひくひくさせていたダンが切ない顔をする。いい香りで誤魔化していた分、腹の虫が限界を訴えだしたようで…
「腹減ったな…俺もなんか食うもの探してくるよ!」
今にも走り出しそうなダンを引き留めた。いやいや…君が何かのおやつになってしまいそうだから!
とりあえず一旦軽く揚げ終えて、食べる前にもう一度揚げようかな?もう新たな食材がなくても充分だと思うんだけど、雑炊の方はもう少し時間をかけて煮込む必要があるので、ダンの気を紛らわせるためにも辺りの散策をしようかな!何よりオレも行ってみたいしね。
「ねえ、このあたり散策してきてもいい?お鍋任せられる?」
「いいよ!私休憩したいし。」
「私も解体頑張ったからちょっと休憩するよ。」
食料とメンバーの安全のためにモモとウリス、火の番にエリスを残してオレたちは意気揚々と森の中をうろつく。
「いい香りー!色んないい香りがするね!」
「いい香り?草と土の匂いしかしないけどな?どっちかと言うと湿っぽくて臭いぞ!」
うん?そうか、もしかしてこれは魔力の香りを感じてるのかもしれないね。フェリティアほどじゃないにしろ、魔力を香りとして放出する草花とか結構多いのに勿体無い…。
じゃあこのほわほわ漂う妖精のなり損ないみたいな光も見えないんだな。蛍というよりは光る綿毛のような、意思のないささやかな魔力の塊。ふわふわ漂ってフッと溶けるように消えてしまう…幻想的でとてもきれいだと思ったのに。
ルーのいる森とは違った、穏やかな雰囲気。太陽の光もよく届いて明るく、魔物よりも動物の気配が多くて嬉しくなる。
「あ、ダン、フォリフォリがいるよ!」
「どこ……あ!いた!」
ドングリみたいな木の実を両手で持って、こちらを警戒している。ダンが一歩足を踏み出すと、大きな目でじいっとこちらを見たかと思うと、身を翻して逃げていってしまった。一瞬、嫌な匂いが鼻を掠めた気がしたけど、ほどなく森の香りにかき消されていった。
「行っちゃった。あの実は食べられるやつかな?」
「ピピッ!」
「シイの実じゃん、ツイてる!そりゃ食えるよ、香ばしくて美味いぜ~!」
どうやら食べられるらしい。ダンと一緒に、ぷっくりしたドングリみたいなシイの実を拾い集めた。
ドングリ拾いなんて懐かしいな…木の実を集めたりするのってどうしてこんなに夢中になるんだろうね?しかもこれは食べられるときたら楽しくないわけがない!ついつい無言でドングリ拾いに熱中しだすオレ達。
―ユータ、あの子は助けた方がいいの?もうすぐ危ないの。
えっ?何のことかと意識をシイの実から離すと、気付けばレーダーにはたくさんの魔物の影。いつの間にやら結構森の奥の方まで来ちゃってたな…。なんだか先ほどの嫌な香り…嫌な気配が強くなっている気がする。
周囲の魔物はどれも弱いので、オレにとって危なくはないけど…でも、どうやら獲物はダンの方らしい。じりじりと近づいてくる魔物はどれもダンの方へ向かうようだ。
「ダン!戻るよ!!」
あんまりオレが魔物を倒しても心配されるし、また冒険者さんが焦げちゃうかもしれないので、魔物に出会う前に冒険者さんと合流する必要がある。
「えっ?まだいっぱいあるぞ?」
「早く帰らないと昼ご飯食べられなくなっちゃうよ!」
「ええっ!?そんな時間!?今すぐ帰ろう!!…って帰り道どこ!?」
君ってヤツは本当に生存本能(?)の薄い……商人さんだって旅をすることもあるだろうに大丈夫なのかな?まあ大店の息子なら店舗を構えて動かないのかもね。
そんなこと言いつつオレも地図魔法がなかったら迷子だろうけど、ちゃんと気付いて地図魔法開発したもんね!やっぱり便利!!
ちょっと得意になりながらダンを引っ張って森を走る。追いかけてくるのは、多分小物数匹と少し離れてゴブリン2匹。誰もいなければ、ラピス部隊に「薙ぎ払え!!」の一言ですむけどここではそうはいかない。大事な森だし被害は最小限にしたいよね。
「ちょっ…お前、早い…はぁっ…はっ…。」
うーんこれ以上はダンが限界だ。近くの冒険者さんまであと10メートル弱ってところか…。
「冒険者さーーん!こっち来てーー!」
とりあえず大声で知らせて、息も絶え絶えのダンに回復魔法を流しつつ引っ張っていると、駆けつけてくれた冒険者さんはあのおじ…お兄さんだ。
「どうしたっ?!…ってお前あのちっこいボウズ!」
「あのね、後ろから何か来てる気がするよ。えーとね、虫っぽいの2匹とトカゲっぽいの1匹とうさぎっぽいの2匹。あとゴブリンも2匹いるような気がするの!」
「………随分具体的な『気』だな…。」
「気のせいかもしれないけど、お願いしまーす!」
「えっ…それ全部いっぺんに来られるとオレ結構困るっていうか…。」
この冒険者さんは剣士さんだ。確かに同時に多数相手は打ち漏らしが出るのだろう。
とりあえず冒険者さんがしんがりをつとめて、一緒に設営地まで走る!
「ユータくんっ!さっき君の声がしたみたいだったけど…?」
「先生!この冒険者さんがね、魔物が来てるから逃げろって教えてくれたの!」
「はっ?!おまっ…!!」
「本当に?!何が来てるの!?」
「えっ?えっ?!いや、その…俺じゃなくて…!」
「嘘なの?!」
先生の気配がピリっとした気がする。
「い、いえっ!た、多分虫とかうさぎとかトカゲっぽいのが!あとゴブリンも!多分!」
「偵察ありがと!どうしてそんなに…急いでみんなを集合させるわよ!あなたは冒険者を集めっ…!」
ガサガサ!
「サンダー!」
草をかき分け、巨大なアリが飛び出した瞬間、先生の電撃が走った。柴犬ほどもあるそのアリは、全身を硬直させると、丸まって動かなくなった。
「せやっ!」
次いで飛び出したもう一匹を、冒険者さんが剣で受け止め、蹴り飛ばした。続く袈裟切りでごろりとアリのクビが落ちる。
「おおー!先生もおじさんもカッコイイー!行け行けー!」
大喜びするダンに思わず気が抜ける……その余裕っぷり、きっと大物になるよ…。
「ダンくん!!行くのはあなた!早く設営地に戻りなさい!!」
真剣な先生に怒られてちょっとしょげたダン。無理矢理引っ張って戻ったはいいものの、レーダーでは方々から魔物が集まってきている気がする。
「みんな!!集合して!緊急時行動をとりなさい!集合はここの真ん中!急いで!!」
「ユータ、なに?どうしたの?!」
「何があったんだ?!」
1年の緊急時行動は『迅速に、外側を向いた小さな円陣を組んで集合』だ。散々練習はしたけれど、使うはずではなかったのに…不安に顔を歪めたクラスメイトが一斉に設営地の中央に集合する。ええと、お鍋の火は消しておかなきゃね。
嫌な気配はもはや決して気のせいではないレベルで、粘るように纏わり付いて設営地に漂っている…この気配が魔物を呼んでいる…?
これの根源は…
「ねえダン、何かいつもと違う物持ってない?」
「?違う物って??」
爆発的に強くなっていく嫌な気配は、もはや疑いようもなく、ダンから吹き出すように溢れていた。
「うーん…そこ、胸元!!それ何?!」
「えっ…これは魔除けのお守り…そういえば全然効いてな……ユータ?!」
一刻も早くそれを止めないと!むしり取るようにダンのネックレスを奪うと、むわっと嫌な感じが伝わってぞぞっと総毛立った。この感じ、呪いっぽい…?それなら、浄化だ!
「浄化浄化!!」
シュッシュッシュー!!うん、スプレー式で十分対応できそうだ。
1プッシュごとに、ネックレスから感じる嫌な気配は収まっていった。
「ついでにシュッシュ!」
「わ?!なんだこれ?」
ダンにも消臭……じゃなくて抗呪スプレーを噴霧して、これで大丈夫だろう。ネックレスも返しておく。
「魔物が来るっ!!みんな……!魔法を使える子は円陣の外側に!冒険者は1匹も魔物を通さないように!!」
「魔物っ…?!」
「やだ…怖いよ!!」
6歳児たちに落ち着けと言っても無理な話だろう。先生が得意な魔法は雷撃、威力は高いがかなり範囲の狭い攻撃魔法だ。冒険者は魔法使い一人、あとは剣士っぽいな。先生や彼らがこの程度の魔物に負けはしないだろうが、この人数で打ち漏らしなく倒しきれるかどうか…ホーンマウス1匹でも6歳児の中に飛び込んでしまえば、下手すれば命も取られかねないし、何より怯えたみんながバラバラに逃げ出すだろう。そうなればもう守れない。そんなことになるならオレもラピス部隊も出るけれど、出来ればそれも避けたいところだ。うまく補助だけして大きく目立たずにやり過ごせないものか。
「先生!オレ土魔法得意なの!手伝ってもいい?」
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