第146話 6歳児
「ユータは明日実地訓練だと言っていたな…。」
「そーかよ。」
「ミンス平原らしいぞ。」
「あっそう。」
「熊とかビッグピックとか…たまにランク高いのも出るだろう。」
「ふーん。」
ガシィっ!
そわそわと歩き回っていたカロルス様が、ソファーで興味なさげに相槌をうつ男の胸ぐらを掴んだ。
「お・ま・え・は~!心配じゃねえのか!あんな…あんなちっこいガキが魔物のいる外に出るんだぞ!!」
「俺は行かねえからな!!ちーっとも!ちーーーっとも心配じゃねえよ!!ウミワジ瞬殺するガキのどこを心配するってんだよ!!平原が焼け野原になる方を心配するわ!!」
「エリーシャ様!今度こそ私が行きますっ!どんな危険があるかわかりません…!!」
「そう、そうね!私も行きたいけど…目立つといけないものね…。」
セデス兄さんと執事さんは疲れた顔で目を合わせると、ため息をついた。
よくもまあ飽きもせず…何度も繰り返されるやりとりにうんざりした視線をやりながら、部屋の両端で繰り広げられている光景に、重い腰を上げた。
「…カロルス様、ユータ様はスモークが行けば分かります。せっかくあんなに楽しみにしていた実地訓練に、お守りがいると気付けば…喜びが半減しますよ?子どもの楽しみに大人が水を差してはいけません。」
「う……だが……危ないだろう…。」
「危なければアリスが知らせてくれるでしょう。それからスモークが行けばいいのです。」
「俺は行か………はい!」
一瞬、絶対零度の視線をもらったスモークがピシリと姿勢を正した。
「カロルス様、ユータ様の楽しみを邪魔してはいけません。」
「おう……。」
しょんぼりしたカロルス様は、すごすごと部屋へ帰っていった。
「ねえ、母上にマリーさん、何の相談かなー?まさかまさか、ユータの所に偵察に行ったりなんて…しないよね??」
「えっ…。」
「いえその……。」
「ユータ、すっごく楽しみにしてたもんね~友達と実地訓練行くの。家族がついてきてるなんて知ったら…ガッカリするだろうなぁ~!ユータだったら誰が来てるか気付くだろうな~!お友達だけで行けるのを楽しみにしてたのに…ぽろぽろ泣いちゃったりして!もしかして…キライ!なんて言われちゃったり……?」
エリーシャ様とマリーさんが手を取り合って震えた。
「そんな…そんなつもりは……。」
「いいえ、いいえ。マリーは行きません。ユータ様の大切なお時間を潰すわけにはいきません…!!」
ここぞとばかりに、にっこりと輝く王子様スマイルを披露するセデス兄さん。
「そう、それなら良かった!僕もマリーさんや母上が嫌われちゃったら悲しいからね!」
こくこくと頷く二人に満足して、セデス兄さんと執事さんは二人頷き合う。
こうしてユータの平穏は日々守られている……。
でかした、と言いたげな瞳で部屋を見回すと、アリスはぽんっと消えた。これからカロルス様を慰めないといけない…全く、ユータよりよっぽど手のかかる人間だ。
* * * * *
「あれっ?シャルロットは?」
「うーんと…あそこにいるね!」
学校も街も遥か彼方に見えなくなり、周囲が明るくなる頃。気付けばメンバーが一人足りない…振り返ったらかなり離れた所に突っ立っているシャルロット。何してるの!?ここ外だよ!?慌てて駆け戻ったら、むっすりしたお顔。
「ロッテ疲れた。もう歩けない。」
ええーーーそんなに歩いてないよ!!先生!先生はどこ?!
気付けば歩くのが遅いオレたちが最後の班…先生は前の方ではしゃいでいる。魔物避けの香木を焚いてはいるけど…置いていかないで!?
「ガキども、さっさと歩け!!」
最後尾を歩く雇われ冒険者に追いつかれてしまった。いかにも面倒そうな顔で追い立てようとするが、シャルロットは頑として動かない。どうして急に6歳児になったの!お姉さんぶってた君はどこ行ったの-!
「はぐれたガキまで面倒みれるかよ。魔物なんていねーんだ、さっさと来い。」
チッと舌打ちすると、冒険者はなんと先に歩いて行ってしまった…!ちょっと!あなたはそれが仕事でしょ?
「シャルロット、ここにいたら怖い魔物が来るよ?」
「だって、足が痛いの。歩けないの。」
うう…困った。でも、ふと気付く。オレにとって大した距離じゃないけど、普段馬車で移動する貴族の子にとったら相当な距離だ。本当に疲れて痛くて歩けないのかも。
「見せてくれる?」
きゅっと唇を結んだシャルロットは、頷いて靴を脱いだ。
「ああ…これは痛かったね。頑張ったんだね。」
小さなお人形のような足には、痛々しい靴擦れがあちこちにできていた。そっと回復薬をかけると、数滴できれいな足に戻ってホッとする。
「痛くなくなった…。」
「これ、痛くなったらちょびっとかけるといいよ。すぐに治るからね。」
回復薬の小瓶を渡すと、手を取った。
「じゃあ、ちょっと頑張って走れる?みんなに追いつこうね。」
「うん…もう痛くないから大丈夫よ!」
少しはにかんだシャルロットは、オレを引っ張って走り出した。ああ、そんなに走るとまた靴擦れが…オレは少しだけ回復魔法を流しつつ走るはめになった。
「あらっ?アイダは?」
戻ってみると今度はアイダがいない!ええいもう!レーダーを駆使すると、近くの草むらにしゃがみ込んだアイダを発見した。
「アイダ!危ないから離れちゃだめだよ!」
「ちょっと待って!これこの辺りでは珍しい種類の苔だぞ。今採取するから…。」
慎重に採取しようとするアイダ。そんな時間ないから!
「岩ごと持っていけばいいよ!収納袋に入れてあげる!」
返事を待たずに岩の一部を土魔法でえぐり取ると、収納に放り込んだ。
「かわいこちゃん…君便利だな!」
感心するアイダを引っ張ってなんとか最後尾へ戻る。ふう、と一息ついたら、今度はダンが突然くるりと進行方向を変えた。
「ちょ、ちょっと!どこ行くの?」
「うるさい!俺の勝手だろ!こんなのやってられるか!来たくないって言ったのに…。」
ブツブツ言いながらどんどんクラスから離れていく。
うおお……6歳児ぃーー!!!
頭を抱えたくなりながら追いかけつつ、女子二人に声をかける。
「そのままクラスから離れずに歩いてね!アイダが離れないようにシャルロット、手を繋いでて!アイダ、シャルロットは足が痛くなっちゃうから気をつけて見ていてね!」
「分かったわ!」
「任されよう!」
よし、互いに監視作戦だ。頼むよ!オレの方は俯いてずんずん歩いて行くダンに追いすがる。
「ねえ、どうしたの?危ないよ?」
「ついてくるな!俺は帰る!」
6歳児が外を歩く危険を分かってないのだろうか…とにかくこれ以上離れてはダメだ。ぐいと腕を引いて歩みを止める。
「離せ!俺は魔除けを持ってるんだぞ!危ないのはお前だけだ!」
魔除け?魔物避けってことかな?そんな便利アイテムもあるんだと感心しつつ、そうは言っても一人で返すわけにはいかない。
「どうして帰りたいの?前を見て。遠いでしょう?今から一人で帰るのは大変だよ?」
「……おなかすいた。疲れたんだよ…俺は冒険者になんてならないんだから、行かないって言ったのに…おじさんが…。」
顔を上げたダンは、一面に広がる平原にピタリと抵抗をやめた。ああ…本当に「僕もう帰る!」のノリで歩き始めたんだな…。ぐずり出しそうな雰囲気に慌てて収納袋を漁ると、ダンの目の前に差し出した。
「おなかすいたら元気なくなるよね!これ、美味しいよ~食べてみて。」
おやつのクッキー、前にたくさん入れておいて良かった…。
じっとクッキーを見つめたダンが、匂いをかいで、ほんのちょっぴり囓った。見慣れないから食べにくいかな?
「これ、カロルス様の館でよく出てくるお菓子なんだよ!クッキーっていうの。」
サクッと口に入れたオレをじいっと見て、ためらいながら小さな口へ運ぶ。
「!!」
渡した3枚をあっという間に食べ終えて、瞳をきらきらさせた6歳児。
「美味しい!もうないのか?!」
「まだあるよ!でも残りはみんなで分けっこしよう?」
「よし!戻るぞ!」
みんな、かわいいな。すっかりご機嫌になったダンを見て、オレは密かに笑った。
「!!」
うん、これくらいなら大丈夫、みんな出てこないでね。
さっとダンの前に回ったオレは、草むらから飛び出したサッカーボール大のものを蹴り飛ばした!このくらいの大きさならオレの体術でも対応できる。ラピス達が出てきたら大事になるから可能な限り避けたい。
「えっ…?」
きょとんとしたダンに、さらに飛びかかる別の影。
『主ぃ!抜かないの?』
鞘に入れたままのナイフと短剣を構え、次々やってくる小さな影をたたき落とす。
「なに…なんだよ…?!」
怯えるダンが勝手な方向へ行くと困る…!
「モモっ!」
『OK!おチビちゃんは任せて。』
ぽよんと飛び出したモモが、ダンの腕の中に飛び込んだ。ふよふよふわふわした桃色スライムにきょとんとするダン。
『シールド!』
淡い光の膜が、ダンを覆った。
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