第127話 おだし

ひとつやるべきことが終わって一段落だ。呪いのグッズをずっと持ってるのもちょっと嫌だったしね。


あとどうしてもやっておきたかったのは、ナギさんからもらったものでだしをとること!

和風の食事が作れるかもしれないと思うとそわそわしてくる。


そうと決まればさっそくお部屋にキッチンセットを作っておく。

ちょこちょこ調合の練習したりするから、このあたりはもう慣れたものだ。まずは大きな鍋にいっぱい水を入れて、昆布を浸けておき、その間に鰹節もどきを削る。しゅっしゅと木の棒みたいなものをナイフで削ぐと、スーパーでよく見かける削り節になっていくのが面白かった。

せっせと薄く削っていると、ラピスがこれは任せろと言うので、ちょっと不安に思いつつもお願いしてみた。


「きゅー!」

ラピスの声に伴って、部屋の中に手乗りサイズの小規模竜巻みたいなものが発生して、鰹節もどきを近づけるとみるみる削られていく…何その怖い竜巻。

…そして削ったものも竜巻に煽られて舞い踊る。


「ま、待って待ってー!」

一欠片も逃すまいと大胆かつ繊細に風を使って必死で集めようとする。オレの宝物ー!

「器用じゃのう……。さすがヒトじゃ。」

チル爺が感心してうんうん頷いてるけど、ちょっと手伝って!

「だれかっ、そうだ、管狐部隊!出動ー!」

「「「「「きゅー!!」」」」」

アリス達を呼んで、みんなで舞い散る削り節を集めるんだ!でも、みんなこれが何か分かっていないから…てんやわんやの大騒ぎでオレは大忙し。


「あっ、ウリス!水魔法は使っちゃダメ!濡らしちゃだめなの!」

「ああ!オリスっこれゴミじゃないの!!必要なの!!」

「あっ!チル爺!ちょっと退いて!」

「おわわわわー?!」


エリスの風に巻き込まれて削り節の袋に放り込まれるチル爺。ちょっと!大事な削り節だから早く出てきてね!今はチル爺に構ってる暇はないから!

削り節を集めんとする入り乱れた風の渦と、凶悪な小型竜巻、そして飛び交う管狐と、部屋の中は天変地異のような大騒動だ。


ぎゅいーんと鰹節を削っていく恐ろしい竜巻が役目を終えて消えた時、後に残るはぐったりとしたオレと大量の削り節!

「あはは!あはは!」「ふわふわーたのしかった!」「ごうごうしてた!」

妖精たちは楽しそうだね……思わぬ所で大変だったけど、ふわふわのけずり節を見ると苦労も気にならないよ。


さて、いよいよお湯を沸かしてまずはかつおだしをとるぞ!

透き通ってきれいな一番だしを確保して、二番だしまで取ったら出し殻もちゃんととっておく。お醤油が見つかったらこれでふりかけを作るんだ。

続いて浸けておいた昆布の方のだしもとったら、その昆布もとっておいて再利用だ。貴重な和風食材だもの、無駄にしたら罰が当たるね。収納に入れて置いたらカビることもないし安心安全だね。


まずは淡く黄金色に輝く一番だし、その魅惑のひとすくい…お味はどうかな?

「…これだ。」

これはかつおぶしだ。魚は違うのかもしれないけど、これはあの懐かしい味。体の奥に刻まれた、故郷の味。昆布の方も、むしろスーパーで買った安い昆布よりよほどいいだしが出ているのだろう、オレが今までとっただしの中で一番美味しかった。少し、ほんの少し寂しい気持ちが頭をもたげるのを振り払って、オレは満足気に頷いた。


うふふ、和風だし…和風だしが手に入ったぞ……これであとは醤油があれば……!!

うきうきするオレに不思議そうな妖精たち。

「ユータ、それなに?」「おくすりー?」「ちょうごうするの?」

「ちがうよ!これはお料理に使うんだよ!オレの故郷の味なんだ。」

「ほほう!それは興味深いの!ぜひお相伴にあずかりたいものじゃ!」

チル爺がぐっと身を乗り出してくる。もう、こういう時だけノリノリなんだから。

「うん!お口に合うか分からないけどね。でも、あとお醤油が欲しいんだ…お醤油があればお味噌もあるかなって思うんだけどね。」

「ふむ?どんな調味料じゃ?お主の作るものは美味いからの、この数百年の知識にあれば幸いじゃ。」

そうか!長く生きている人に聞けば良かったんだ!長く生きていても調味料のことなんて知らないかもしれないけど、可能性は上がるよね。

「あのね、豆から作った調味料で黒くてしょっぱい液体なの。多分お魚で作った似たものが海人のところで使われてると思う。あと、同じ豆で同じように作られる、ペースト状の茶色い調味料。これもしょっぱくて独特の風味があるんだよ。」

「ふーーーむ。……あったようななかったような。調味料なぞ大して気に留めておらんかったからのう。ばーさんに聞いてみよう。」

チル爺、やっぱりと言うべきか調味料のことは知らないみたいだね。でもおばあさんならもしかして…期待を込めてお願いしておく。せっかくなのでおばあさんに和風だしの味見をしてもらおうと、帰り際に小瓶に分けて渡しておいた。



せっかくだから今日とった和風のおだしを使った料理を作りたいな!だしをそのまま味わうならやっぱりお吸い物?オレは収納内の食材を漁る…香草だけ入れたお吸い物もいいけれど、せっかくの初和風料理なので気合いが入ったものを作りたい……あと必要なのは山芋。似たようなものならきっとあると信じて、オレは調理場へ突撃した。


「ふうん……くれてやってもいいが、分かってるな?」

「情報、でしょ?分かってるよ。」

どこのマフィアかと思うようなやりとりを経て、ジフ達が見守る中、また一からだしをとる所から始めるはめになった。でも昆布は時間かかるから後でね!やり方は教えるから。あとこれはオレの貴重な食材だから!



「は……なんて繊細な味だ…!」

「この澄んだ味わい。心が洗われるようだ…。」

初めての和風だしは料理人さんに驚きを持って受け入れられたようだ。こちらのお料理とは全然違うから、随分と感動してくれたみたい。これからは優しい和風のお料理レシピも伝えて行きたいな。



「お?なんだこれ?これはユータだな?」

「うわーきれい!なんだろ?お湯に入ってるの?」

「なんだかオシャレねえ!」

お椀に注がれた澄んだおだし、白いしんじょがひとつ、香草が少し。見たことのない料理にみんながこちらを向く。見慣れない料理はもれなくオレが関わっているとご存知のようで。

「これはね、オレの故郷の味なの。お吸い物って言うんだけど、とても繊細な味だから、他のお料理の前に召し上がれ。ちょっと独特の味だから、合わないかもしれないけど。」

そう言ってお椀を両手で包むと、目を閉じてそっとひとくち。

うん……しみじみと広がる香り、体にほどけて消えるような優しい味わい。懐かしくて、温かくて、少し涙が浮かんだ。


「……これは…。」

ほう…と息をついたカロルス様が目を細める。

「…おいしい…。」

「なにこれ…。」

良かった、地方によっては合わない所もあるから心配していたんだけど、大丈夫だったみたい。皆じっと静かにお椀を見つめている。

「すごくおいしくて…なんだか切ないわ。涙が出そうよ。」

「本当に、おいしいよ。どうしてこんなに優しい味なんだろう。」

「……ユータ、寂しいか?」

料理にオレの郷愁が伝わったりするのだろうか。オレは驚いたけれど、答えはひとつだ。

「ううん!懐かしいとは思うけど、寂しくないよ。オレはここが好きだから!ただ、オレの故郷の味をみんなに伝えたかったんだよ!」

「そうか…。」

安堵した顔のカロルス様が、再びお椀に口を付けた。



ロクサレン家ではこの後しばらく、食前に嗜むお吸い物ブームが訪れてしまった…。

貴重な食材が…またナギさんにお願いしなくては…。




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