第121話 帰り道3
「馬鹿野郎!!!」
焦ったリーダーさんの大声が聞こえる。
「まずい!あのちびっ子結構早いよ!」
「俺が行く!」
小柄さんと魔法使いさんが残って、リーダーさんと強面さん二人が追いすがってきてくれたようだ。ゴメンね、でも迷ってる暇はないと思ったんだ。
うわ…強面さん、めちゃくちゃ早い…!
みるみる追いつかれ、首根っこを掴もうとするのをするりと避ける。
今捕まったらダメなんだ!オレは強面さんの手から逃げる、逃げる!ふふん、避けるのはお手の物だ!
「無茶をするな!」
「乗客を守るのもお仕事なんでしょ?!」
あそこまで行けたら…彼らは戦ってくれるはず!だってオレを守らなきゃいけないんでしょ?
「はは、なんってヤツだ!この肝っ玉野郎が!!説教は後だ!それだけ避けられたらゴブリンに殺されはすまい!行くぞ。」
リーダーさんも追いついてきて、どこか嬉しそうな口調で言った。
横転した馬車はもう目の前だ。勝手なことをしたオレは、絶対に怪我をしてはいけない。隠密さんを登場させてもいけない。だから無茶はしない、と説得力のない誓いをたてる。
二人を引き連れて馬車まで来たら、あとはお任せだ。ゴブリンの悲鳴があがっても、今度は目を閉じたりしない。
あっという間に蹴散らされていくゴブリン……リーダーさんが相手している2体は、なんだかひとまわり大きくて黒っぽい。よく見るとちらほらとそんなゴブリンがいる。
二人の一方的な戦闘を横目に、オレは周囲に倒れた人を探して駆け寄った。御者さんらしき人物は見当たらず、あとは護衛らしい格好をした人が二人、無残な姿で転がっていた。酷い状態だが、息があるならきっと助かる。蝶々を使うわけにもいかないし、オレが直接回復するのも良くないから…オレがとれる選択肢はこれ!カバンを通して収納から茶色い小瓶を取り出すと、二人に振りかけた。これは生命魔法飽和水を多めに入れた回復薬…遮光瓶じゃないと光ってしまうやつ。
効果は抜群、みるみる血の気を取り戻した姿にホッと安堵して、オレは再び戦いに目をやった。
黒っぽいゴブリンは何となく他のより強そうだ。ただ、彼らレベルには大差ないように思えるけど。
ギャギャ!
数体のゴブリンに気付かれてしまった…せっかく確保したエサが取られると思ったのか、怒りの形相でこちらへやってくる…!
大丈夫、ゴブリンならオレだって負けない!無防備な人達を守ろうと低く構えると、俺の前に滑り込むように割り込んできた人影。
速い……!ごろりとゴブリンたちの首が落ちると同時に、彼は両手の刃を振って腰におさめた。
「終わった。」
一言呟いて、つかつかとオレの方へやってくる。
ゴツン!!
「いたーい!!」
目がちかちかするげんこつをもらって思わずうずくまった。じわっと涙が浮かぶ。
「ぶはは!容赦ないな!頭がへこむぞ!」
リーダーが大笑いしながら馬車に飛び乗って扉を叩いた。
「おい、大丈夫か?通りすがりの冒険者だ。生きてるか?」
オレたちの大人数用の幌馬車と違って、小型の馬車はちゃんと箱形になっていて扉がついている。今回は中から鍵を掛けて閉じこもったので助かったようだ。
おそるおそる開けられた扉から、涙に濡れた顔がのぞく。
「よっと……。」
「やだ!離して!!」
リーダーが横転した馬車の上に乗って乱暴に扉を外すと、中から小さな影を引っ張り出した。暴れるのはまだ小さな…オレと同じくらいの少年。
強面さんが暴れる子を受け取ると、少年は恐怖に顔を引きつらせて大人しくなった。ガタガタと震える少年も、強面さんもかわいそうなのでオレが面倒をみよう。
「もう大丈夫だよ!その人はいい人だよ!」
オレの姿を認めると、少年はオレの所へ飛んできて後ろへまわった。
「ほれもう一匹!」
まるで巣穴からうさぎを引っ張り出すように、リーダーがもう一人馬車から子どもを引き出してから、ぐっと体を中に入れた。
「エリ!」
気絶せんばかりに青い顔をして震える小さな少女が地面に下ろされると、オレの後ろにいた子が駆け寄った。
「よいせっと!」
最後に大物……もとい母親らしき人物を抱えて、リーダーさんが馬車から飛び降りた。
「ママ!ママを離して!!」
果敢にも泣きながら食ってかかる少女をなだめる。
「大丈夫、助けに来たんだよ。ゴブリンはもういないよ。」
にこっと笑うと、二人の子どもの頭を撫でた。
「がんばったね、さあ、一緒に帰ろう。」
「……!!」
途端に、二人は糸が切れたように座り込むと、わあわあと泣き出してしまった。
大泣きする二人に困ってひたすら背中を撫でていると、小さくうめく声が聞こえて、二人がハッとした。
「パパ?!パパぁ!!」
おや……護衛の人だと思っていたら父親だったのか。
「しっかりして!」
それぞれ少年と少女の父親だったらしい。一生懸命体を引き起こそうとしている。
「う……エリ……。なぜ?助かった……のか?」
「もう大丈夫、この人達が助けてくれたよ!」
全部押しつける気満々でリーダーさんを指すと、この野郎…と苦笑いされた。
リーダーさんが母親を抱え、強面さんが目を覚まさない少年の父親を抱え、オレが二人の手を引き馬車まで戻ってきた。エリちゃんのパパさんはなんとか自分で動けるようだ。自分の姿を見てしきりと不思議そうにしている。
「よ、お疲れさん!このちびっ子め!心配かけてもう!」
小柄さんにお尻をぺちんとされた。
「まあ、でっかい雷が落ちてたようだからよしとするか。」
魔法使いさんがオレのたんこぶをつついて笑った。
ホッとした様子の御者さんに促されて席に着くと、すぐに馬車は進み出した。
「これってガッターのギルドに報告しなきゃいけない?上位種いたよね~倒しちゃったけどさ。上位種いてあの数じゃ、このあたりの冒険者じゃかわいそうだったね。俺ら通りかかってすげーラッキーじゃん。」
「ロクサレンで報告しておけばいいだろう。急ぐこともない、一旦ヤクスで下りるか。」
みんなヤクス村でおりてくれるんだね!じゃあ誘ったら館に泊まってくれるかな?
冒険者さんたちの会話を聞くともなしに聞きながら、エリちゃんたちに向き直る。
「これ、お母さんにどうぞ。回復薬だよ。」
「いいの?……ありがとう。」
見たところ外傷は馬車内であちこちぶつけたものだけだったけど、万が一脳に損傷でもあったら大変なので一応回復薬を渡しておく。こっちは普通の…回復薬に飽和水数滴入れただけの…回復薬だ。
エリちゃんは意識のないママさんの頭を抱えて一生懸命呑ませようとしている。それ回復薬だから大丈夫だけど…普通のお水とかでやっちゃダメだよ?
パパさんが言うには、エリちゃんの母親が病気療養のため、王都を離れて静かな田舎で暮らすことになったそうで、安全と言われるヤクス村を選んで向かっている途中だったらしい。少年と父親はこの一家と仲が良かったので護衛がてらついてきたそうだ。ヤクス村は安全な田舎って言われてるんだね、なんだか嬉しいな。
「ゴブリンに食われて終わりだと思った…なんとお礼を言えばいいのか…。わたしにできることはなんでもしよう!娘も妻も助かった、こんな奇跡……。ありがとう、本当に…。」
パパさんはエリちゃんを抱きしめてむせび泣いた。
「ぅ…うう。」
ほどなくして少年のパパさんも目を覚まして、状況を知ると同じように少年を抱きしめて泣いた。エリちゃんのママさんは微かに目を開けたけど、パパさんが何か囁いて頭を撫でると、つうっと涙を流して再び目を閉じた。寄り添って手を握る二人は、とても仲が良さげで、どこか切なかった。
「オレ、ユータって言うの!もうすぐ4歳だよ!君は?なんさい?」
同い年くらいの少年に話しかけたくてうずうずしていたオレは、落ち着いた頃合いを見計らって声をかけた。エリちゃんはまだ不安なのか、パパさんにくっついて離れない。
「4歳…?俺はもうすぐ6歳。タクトだよ。その…あの時はちょっと、ビックリしてただけだから!」
どこか気まずそうに話すタクトに首を傾げる。あの時って?
「その、ちょっと泣いたの、たまたまだから!いつもは泣いたりしない!」
ああ!特有の強がりに、思わず顔がほころんだ。
「うん!あんな怖いことがあったんだもん、ふつう泣いちゃうよ?きぜつしちゃうかも!」
オレの言葉に、タクトは少し安堵した顔で笑った。
「ユータはヤクス村に住んでるんだろ?俺はハイカリクに行くんだ。そこならエリとも近いし働き口もあるんだって。」
「エリちゃんと仲良しなんだね!ヤクス村には住まないの?」
「父ちゃんは冒険者と、ちょっとだけ鍛冶ができるから街の方がいいんだ。」
エリちゃんのパパさんが、冒険者たちに事の顛末を話す横で、オレ達は子ども同士でおしゃべりに興じるのだった。
「―そうか、あんた貴族様なのか。田舎は不便だろうに。」
「いや、貴族と言っても準男爵だからね…。護衛も自分の身を使ってるんだ、分かるだろう?ところで、どなたが最上級の回復薬を……?一生かかっても払うことを約束する…彼の分も私が請け負おう。王都の屋敷には多少の財産がある、足しにはなるだろう。」
「最上級?なんのことだ?」
「あなたではないのか?私と彼はゴブリンに食われて死ぬ寸前だったはずだ。それにほら……。」
パパさんが左手をグーパーさせてみせる。
「パパ!指があるわ!」
エリちゃんが目を見開いた。
「そう、わたしは昔魔物にやられて左手の指3本持って行かれてね、他にもあちこちに傷跡があって、左足も不自由だった。それが、この通り。」
パパさんは左足で高くジャンプしてみせた。
「この体ならまだ戦える。ありがとう……必ず、恩を返そう。どなたが回復薬を?」
あらー……。
無言で集まる冒険者さんの視線の中で、オレは小さくなった。
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