第110話 兵士さんと訓練
「今日から訓練に加わるユータ様だ!既にある程度の訓練は積まれているため、新兵と同じ扱いとする!いいな!」
「…………。」
居並ぶいかつい顔の兵士さん達が反応に困っているようだ。リーダーを見て、オレを見て、リーダーを見て……オレとリーダーさんの間を忙しく交互に見る様は、まるで卓球の試合を見ているようだ。
リーダーさん……せめて下ろしてほしいな。恥ずかしいよ……。
なぜか抱っこのまま紹介されるオレ。リーダーさんの口調は厳しいものだったけれど……抱っこじゃあねぇ…。ほら、真っ赤な顔で笑いを堪えてる人達がいるよ。違うの、遊びに来たんじゃないんだよ!ここはオレが気合いを見せないといけないね!
じたばたしてなんとか下ろしてもらったら、背筋を伸ばしてぴしりと敬礼する。
「今日からおせわになる、ユータです!くんれんしたくて、むりを言いました!ごめいわくとは思いますが、がんばります!いたくてもつらくても泣きません!よろしくおねがいします!」
押忍ッ!!と、このくらいなら子どもでも言えるだろう、という内容に絞って気合い十分に挨拶する。兵士さんって敬礼しないんだっけ?まあいいか。
兵士さんが何人か
プルプルするリーダーさんが咳払いをすると前へ進み出た。
「……ンンッ!このように、これはユータ様本人のご希望だ!今後お一人で生活される時や学校内で、何が起こるかわからん!必ずご自身を守れるよう……これは我らが間接的にユータ様をお守りするための訓練だ!分かったか!!」
「おおう!!!!」
うおお、とすごい音量の気合いが伝わってくる。すごいな、さすが兵士さんだ。物理的な圧力まであるのではないかと思うほどの熱気。
「……いつもこのぐらい熱心だといいんですけどねぇ。」
「あ!アルプロイさん、こんにちは!」
「ユータ様お久しぶりです、セデス様からお話を伺いました。まさか我らと訓練をご一緒するとは……思い切ったことをなさる。」
「オレ、がんばります!いっぱい教えてください!」
「ははっ!その心意気は皆に見習ってほしいものですな。ふむ、ユータ様がおいでになると兵たちにも気合いが入るようですし、お互い良い効果があるやもしれませんな。」
気合いが入ってるのはアルプロイさんがいるからじゃない?さっきより雰囲気がピリッとしてるよ?こんなに優しい人だけど、訓練では怖いのかな?ラピスみたいに。
「今日のリーダー担当はお前か、頼むぞ?」
「ははいっ!!」
リーダーさんはピシッと背筋を伸ばして、出て行くアルプロイさんを見送った。
「えーその、3歳のお子がどのくらいできるか我らには分かりませんので……辛くなったら言ってください」
「大丈夫!もし気を失ったら横によけておいてください!」
「……ユータ様は普段どのような訓練を……??」
オレを入れてくれたグループは、まだ若い兵士さん達と指導係の年配兵士さんだ。
まずは基本の動作を通して体を温めたら、ペアになって組み手?みたいなことをするらしい。
「よ、よろしくおねがいします!」
「よろしくおねがいします。」
オレとペアになってしまった若い兵士さんは、大分緊張しているようだ。ごめんね、怪我しても怒られないと思うから大丈夫だよ。
「いきますよ?」
かなりゆっくりとした、基本に忠実な構えからの斜め袈裟切り……でも。
「ユータ様?速いですか?払うか避けるかしなくてはいけませんよ?」
「うん…でも、それ当たらないもの……。当たるものだけ避けるよ。」
「!!なんと……ユータ様、本当にどのような訓練を……わしは心配ですぞ。」
指導者さんが驚いた顔をする。だって、当たらないものを避けていたら体力も動きもムダになっちゃうでしょう?避ける訓練担当はラピスだから、それはもう心配していただかないといけないような訓練をしましたよ?おかげでセデス兄さんの剣も避けられるし、カロルス様の剣も多少見えるようになったよ!避けられないけどね!
「し、しかし当てる軌道では……。」
「じゃあ、これならどう?当たっても大丈夫でしょう?」
幼児に打ち込むなんて怖いよね、そう思って持ってきていた、カロルス様のよく使う枝を取り出した。
「ああ、これなら……あれっこれどこから?こんなもの、訓練場に落ちていたか……?」
「じゃあ、おねがいします!」
若い兵士さんが不思議そうにつぶやいて首を傾げるのを誤魔化して、宣言する。
やっぱりとてもゆっくり振るわれる枝を、丁寧に受け流す。
「大丈夫!はやくしていってね?」
「なんと……見事です。」
横で見ている指導者さんは褒めて伸ばしてくれるタイプのようだ。兵士さんは困惑しつつ、少しずつ速度をあげていく。
「よし、交代!」
ぜーはーする若い兵士さんがホッと顔をあげた。
「ありがとうございました!」
「あっ!…ありがとうございました!」
「まだまだ精進がいると、ようわかったな。」
指導者さんに言われて、兵士さんはがっくりと肩を落とした。
「ユータ様、正直、信じられぬ。ここまで当たらぬとは……見事、と言うより他はありませんな。受け流しはカロルス様から?一般兵よりよほど高度な技術をお持ちです。」
「ホント?やったー!」
日々の訓練の成果はちゃんと出ているようだ。あんな高度な技術を教わることができるのは、本当に貴重なことだよね。
さて、次は攻守交代だ。
とりあえず、兵士さんの真似をして袈裟切りから横払い等一通り行ってみる。
「くっ……。」
兵士さんはちょっと遅いけど、当たる前に受けきっている。でもそのタイミングで受けていると、流そうと思っても流せないだろうに……彼は流すのが苦手なタイプのようだ。
「ユータ様、加減なさってますな?一度こちらの棒で見せてくださるか?カロルス様にはどのような教えを受けてらっしゃるのか…。この新米たちにも勉強になりますから。」
どこかイタズラっぽく笑った指導者さん。木剣は痛そうだから当てたくないな、という気持ちも見抜かれていたらしい。そうか、これはオレのための訓練じゃないんだから、彼らのためにオレも頑張る必要があるんだね。こんな背丈の小さな敵を相手にしたらどうなるか、だね。枝なら痛くないから大丈夫。
「はい!じゃあ、当てるよ?」
「なっ……!」
ピシリ!
兵士さんが驚いた顔をする。ごめんね、ちょっとイレギュラーな動きになるから、訓練の時はよくないかと思ったんだけど。
ピシッピシリ!
オレが狙うのは、ただひたすらに足。カロルス様から、足以外狙わなくていいと教えられている。とりあえず剣士なら足をつぶせばどうとでもなるって。足をつぶしてその間に逃げろとも。
オレは人殺しをしたいわけじゃないからね、身を守れたら十分。
「くそっ?!」
足しか狙わないと気付いてガードを固める兵士さん。でも、足を守るのって結構難しいんだよ。横払いを避けようと上がった足なんて狙い放題だ。オレの姿勢はひたすらに低く、地面に伏せるかのように!
「あっ!?」
どすん、と尻餅をついた兵士さん。
「……いやぁ、すごい!すごいもんです。カロルス様なら必ずそう教えておられると思いました。……分かったか?ミルマの兵は、小さいと侮った他国の軍を追い返した。このように圧倒的な強さを誇ってな。」
しょんぼりする兵士さんは、真剣に指導を聞いている。
「ミルマ兵……。」
それって小人族……。
横で指導を聞いていたオレもしょんぼりするのだった。
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