第86話 回復の光

(え?え?どうしたの?ラピスが来てくれないと行けないよ?)

「きゅ!」

慌てて戻ってきたラピスがすぐさまオレを連れて行こうとする。

「あ・・執事さん!じゃあね!」

「はい、ありがとうございました!」

立ち去るわけじゃないけど、とりあえず執事さんにそう言っておかなければ彼が動けない。


ユータ、早く!もう死んじゃうの!

ラピスの言葉に血の気が引く・・まさか、あの朧気な気配は命が消えかかっているから・・?!

フェアリーサークルで駆けつけたそこは・・・・多分、ゴブリンの・・食料庫。

むせかえるような血の臭いと腐敗臭に、吐き気がこみ上げてくるのをなんとか耐えて、ラピスの示す一画に近付いた。



「!!!」

生き物の死骸の折り重なる中に、無造作に投げ込まれたであろうその人。まだ少年と言える歳ではないだろうか?その体の下にも突きだした腕が見える・・まさか、二人?!


むごい姿に、思わず目を背けたくなるのをこらえてしゃがみこむと、勇気を出して1人に手をかざし、もう一人の突きだした腕をひっつかんですぐさま回復を始める・・あまりに酷い状態にぼろぼろと涙がこぼれる。そもそも生きているのかどうか・・しかし確認している暇も引っ張り出している暇もない。ただ、つかんだ手は冷たいけれどまだ柔らかい・・・微かにでも反応があったんだ、きっと、間に合うはず!二人同時に回復したことはないけれど・・とにかく命を繋ぐことが出来ればそれでいい!心臓が止まっているならオレが動かしてあげる!!

応急的に血液代わりを魔力で担いつつ全力で回復魔法を注ぐ・・急激な変化に後で悪影響もあるかもしれないけど、このままじゃ・・『後で』はなくなってしまう!

二人分の生命の循環を小さなオレ一人で担うのは相当に無理がある・・途端に呼吸が苦しく圧倒的な気怠さがオレを襲った。

でも、これは回復魔法に反応があるということ・・!間に合ったんだ!!大丈夫、生きているならきっと助けられる!オレは冷や汗を浮かべつつ、魔法と言うこの世界の不思議な力に心から感謝した。


ラピスが管狐たちを呼んでオレを守り、周囲の魔力を高めつつ、淀んだ空気と新鮮な空気を入れ換えてくれたので、大分楽になった。心配げに見守ってくれるラピス達のためにも、頑張らなきゃ!ふうふうと息をつきながら、にっこりと笑った。




・・ぴくりと動いた腕にハッとする。回復しながら、少し朦朧としていたようだ。掴んだ当初は遺体かと思うほど冷たかったその腕は・・今しっかりと温かく、脈動する命を感じた。レーダーにも、きちんと2人分写っているのがわかる。

ああ、助けられた・・。

ホッとしてへたり込み、額の汗を拭うと、今度はオレ自身を回復してから一息ついた。容態は安定したから、もう大丈夫だろう・・ラピスたちにお願いして2人を死骸の山から離れた所へ運んで、全身を確認しておく。うん、傷も癒えている・・大丈夫だ。例えあの時点で心臓が止まっていても、レーダーで確認して駆けつけるまで1分も経っていないから、意識もやがて戻るだろう。

見られる姿になった2人を改めて観察すると、やっぱりどう見てもまだ10やそこらの少年だ・・凄惨な姿を思い出して涙が浮かぶ。なんで、こんなことに・・?以前来た時はこの子達もいなかったはず。

とりあえず助けられたのはいいけど、これからどうしようかな・・・この子達、冒険者風の勇ましい格好だけど、もしかして戦えるのかな?執事さんに知らせたらなんとかなるだろうか。

そう思ってレーダーを確認してギョッとする。少しずつ薄れていく人の気配が、たくさんある・・!!


ここは、戦場・・執事さんの言っていた言葉が身にしみる。犠牲なく殲滅することなんて、できないんだ・・ゴブリンだって生きているもの、必死に生きようとするよね・・。

でも、それでも犠牲は少なくしたい・・オレが行けば助けられる。でも、一人一人まわっていたら、きっと誰かが間に合わない。

なにか、なにか方法はないか?!生命魔法と水魔法を合わせて雨のように降らせたら・・・いや、それだとゴブリンも回復してしまう・・・選択的に人を選んで回復するなんて、どうやればいいんだろう?魔法そのものに意思がない限り無理な気がする・・。


うんうん頭を抱えるオレの所に、ぽんっと軽い音をたててアリスが現われた。アリスはオレが戻らない時に連絡がつけられるよう、カロルス様のところに残っていてもらったんだ。

「きゅきゅ?」

うん・・そうだろうね・・・アリス曰く、カロルス様がヤキモキして戻ってこいとうるさい、って。戻れないの?と首を傾げるその姿に、ふと思いついた。

「もうすぐ戻るから、アリスは先に戻ってて。アリスも戻ってこないとみんな心配するから。」

了解、と立ち去ったアリスを見送り、オレはイメージを魔法に落とし込む。・・・できるだろうか?でも、きっとこれがオレの思う最善だ。


目を閉じて軽く手を広げると、深く深く集中する。周りの喧噪が遠く遠く、聞こえなくなるまで・・・。

イメージするのは小さな小さな虫・・そうだな、蝶々がいいな・・管狐のようにふわふわと漂い自在に飛び回れる回復の光。オレのレーダーで補足した人のみをターゲットにして、弱った人を助ける蝶々。魔法そのものを従魔のように捉えてひたすらにイメージする。きっと、できる。

そっと目を開けたオレは、手元に回復の光を集めた。淡く優しい輝きが両手の上に集まると、じっとその光を見つめて魔法を発動させる・・!

ふわ・・ふわり・・

シジミチョウくらいの小さな光の蝶々が、オレの抱く回復の光から次々に分離していく・・それは徐々に勢いを増して、噴水のように飛び出していった。


・・・できた・・!よかった・・!!

幾千の光の蝶々は渦を巻くようにオレを取り囲んで舞っている・・とてもキレイだ。

「ねえ、ここの人達を守ってくれる・・?」

オレのささやきに応じるように輝きを増した蝶々は、あらゆる隙間から一斉に出て行った。

・・頼んだよ、頑張って・・!!


「きゅう?」

ラピスが首をかしげる。そうだね、オレも戻らないと・・でも、この人達を置いていくわけにもいかない。

オレは土魔法で作った粘土に、棒きれで簡単な手紙を書いた。

「これを執事さんに届けて、ここに案内してくれる?オレ、外に隠れてるよ。」

「きゅ!」

ラピスが飛んでいき、オレは管狐軍団に守られながら外に隠れる。




「きゅ!きゅきゅ!!」

かわいらしい声と共に、ガツンとかわいくない衝撃が肩に走って、思わず攻撃を受けたかと錯覚したが、そこにいるのは小首を傾げた白い小さな生き物。

「・・・ラピスさん、どうしました?」

肩をさすりながら声をかけると、何やら体より大きな板状のものをぶん!と飛ばして寄越してくる。顔面激突寸前で受け止めると、以外とずっしりした粘土板?

「これは・・・・!」

『こどもがいます、ラピスについてきて』そこには、拙い字でそう書いてあった。ユータ様?!帰ったのではなかったのですか!

矢のように飛ぶラピスさんを見失わないよう全速力で追いかけると、ゴブリンの居住区からやや離れた場所に納屋のような建物があった。

「ユータ様?!」

今は優雅な仕草などくそ食らえです。バン!!と大きな音をたてたドアが吹っ飛び、近くにいた人物が飛び上がった。

「ユータ様・・・ではないですね。なぜこのような所に?!いえ、まずはここを離れましょう。さあ、私と一緒に。」

ラピスさんがかかげた新たな粘土板『オレは帰りました』を横目で見つつ、怯える二人を外へ誘導する。血の染みついたズタボロの服・・これだけの傷、出血があれば、とうに命はないでしょうに・・ユータ様、回復しましたね・・。




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