第82話 盗賊達2
「よくもやりやがったな・・そこで震えて待ってやがれ・・!」
「へへ・・こっから登れば水攻めなんて怖くねえ。ここ登れば・・登・・れば・・?」
「な・・なんだ・・はぁっ、こんな・・はぁっ、高いはずが・・はぁっ・・」
ホラがんばってー!
丘と牧場から駈けてくる賊の前をそっと盛る。盛る、盛る・・・。
ヒイハアしながらのろのろと急斜面に取りついていた賊たちが、ついにへばって呆然と眼前にそびえる山を見上げている。
・・・そこで一気に登ってきた部分をつるつる急角度に削り取る!かーなーり急角度の滑り台だ。
「はっ?!はああぁぁぁぁぁぁ・・・・?!」
絶叫を上げて村まで転がり落ちていく盗賊たち。一気に駆け下りてる健脚もいるなぁ・・あ、塀にぶつかった。
またのお越しをー!!
「・・・・ユータ、楽しそうだね?・・・いやいや魔法の規模、大きすぎるから・・。」
我に返ったセデス兄さんの呆れた視線を感じつつ振り返る。
「そ・・そんなに危なくはなかったでしょ?ぶつかっちゃった人もいるけど・・。」
「いや・・盗賊にとって危ないかどうかではなくて・・・そこはどうでもいいんだよ!ユータがここにいること自体が危ないから!さ、戻るよ!」
オレはせっかく下りたのに再びバルコニーに拉致されてしまった。
カロルス様はまだかな・・再びじりじりと迫る盗賊たちを眺める。山はそのままにしておいたので、怖々と一本道を通ってきている。どうやら下っ端が行くように命令されたみたいだね・・気の毒なぐらいへっぴり腰で進んでくる。
ちなみにオレは、ガッチリとセデス兄さんにホールドされてしまっているのでどこにも行けない。
「あ・・・セデス兄さん!」
「なんだい?・・ああ、マリーさん出て行っちゃったね。」
「大丈夫なの?」
「んーどうだろね・・?」
いつの間にやら門の外にマリーさんが佇んでいる。夜風にはたはたと長いスカートがはためいた。
どうやら盗賊もマリーさんに気がついたようだ。水攻めはなしと判断して一斉に道に突入してくる・・!
「マリーさん!!!」
自らそこに立っているのだから、何か策があるのだろうと思いはするけれど・・・それこそ100人単位で押し寄せる荒くれを前に、静かな立ち姿はあまりに場違いで・・助けに行かなくてはと、セデス兄さんの腕の中でもがく。
と、オレの声に気付いたのだろうか・・振り返ってバルコニーを見上げたマリーさんが、嬉しそうににこっとした。
刹那の瞬間、マリーさんの姿が消えて荒くれたちの先頭集団が地雷でも踏んだように吹っ飛ばされた!
「え・・・?」
「うーん・・やっぱり大丈夫じゃなさそうだね。情報が欲しいんだけどな・・。」
そっち?!盗賊にとって大丈夫かどうかなんてどうでもいいよ!マリーさんが大丈夫かって聞いたんだよ!!
「ま・・マリーさん・・・スゴイ・・・。」
「そうだよね~本当に強いからね・・。あ、ガントレット着けてる・・本気モードだ。」
見ると確かに両腕に簡素な防具を着けている・・でもメイド服は着替えないんだ・・・。
ドッ!ドゴッ!バゴッ!
くるくると回転するたびにスカートが円を描き、数人が吹っ飛ばされていく。
ゴッ!ガコッ!ドスッ!
まるでマリーさんの周囲に爆弾が蒔いてあるみたい・・速すぎて動きの詳細が分からないけれど、重そうな男が一撃で吹っ飛ぶ様は、爽快なぐらいだ・・。
「あっ・・」
素手では叶わぬと武器を取り出した男達が飛びかかる・・!メイド服に防御力なんてないだろう・・掠っても大けがだ。思わずぎゅっとセデス兄さんにしがみつく。
「・・ん?マリーさんの心配をしているの?大丈夫だよ、ひと山いくらの賊じゃあマリーさんに勝てっこないから。」
ギギィン、と金属の音が響いた。マリーさんは何のためらいもなく両手の防具で武器を受け・・受ける瞬間には相手が吹っ飛んでいる。すいっと避けて、弾いて、華麗なステップを踏んだかと思ったら体を縦に、横に・・まるでダンスの合間に敵を倒しているみたいだ。みるみるうちに数が減っていくこの状況に、さすがに相手が悪いと踏んだらしい残りの盗賊たちが、マリーさんと距離を空けじりじりと下がっていく。
「は・・・ふうー・・。」
す・・凄かった・・・!!思わず詰めていた息を吐く。
昔に他国が攻めてきた時はここにカロルス様もエリーシャ様も執事さんもいたんだよね・・・運なんてなくてもなんとかなったんじゃない?マリーさんには体術を習ってたから、戦えるのは知ってたけど、ここまでとは・・一騎当千ってこのことだね。
こんな人達に守ってもらってると知ってるから、村人はみんな落ち着いてたんだね・・。
ちなみに館に残ってる兵士さんたちはアルプロイさんを中心に敷地内巡回している。ロクサレン家の兵士さんは戦闘よりも警備担当・・・?ロクサレン家私兵の名に恥じない練度の高い強い人達なんだけど・・アレを見ちゃうとねえ・・・仕方ないってなるよ。
後退した盗賊たちとのにらみ合い・・いやマリーさんはごくリラックスして立ってるだけだけども・・。気付けば最初の位置からほとんど動いていないことに改めて驚愕の視線を送りつつ、(一方だけが)緊張感をはらんだ時間が過ぎていく。
その時、盗賊軍団の後ろの方がざわめきだした。モーゼのように盗賊の海を割って進み出てくるのは4,5人の男。周囲の男達を小突いたり突き飛ばしたりしながら前へ進み出てくる。なんとなくだけど、チンピラよりは強そうな気がする。
「あ・・・あれ!セデス兄さん!あの人!」
「どうしたの?あ・・・『鎧切り』だね。そうか、ユータが誘拐されたときに関与したヤツ・・。」
高位の冒険者だけど闇ギルド専門に悪いことばっかりする『鎧切り』。あの時、タジルさんの腹から突き出された大きな刃・・・・忘れられない記憶。今はラピスがいるし、オレだって色々できるようになったんだ、あの時とは違う・・そう思うけれど、あの惨事を忘れることも出来ない。伸ばされた手、光を失っていく瞳・・・ぶんぶん、と首を振った。タジルさんは生きてるからね!大丈夫だったんだから!
「ユータ・・・大丈夫?中に入ろうか?」
「ううん!大丈夫!今中に入ったら気になってしょうがないよ!」
前へと進み出てきた『鎧切り』たち。そこへ視線を送ったマリーさんの雰囲気が、変わった。
・・・ぞくっ!
えっ・・・マリーさん?セデス兄さんをぎゅっとすると、彼は苦笑いしていた。
「・・あーあ・・。まぁ、自業自得だね。ユータ、いいって言うまで目をつむっておこうか。マリーさん怒ってるからね、見ない方がいいよ。」
そう言って毛布で視界を覆って抱き込んだ。
『ふふ、うふふふ・・今日はいい日です。今までどちらに?せっかくギルドをツブしてさしあげたのに、あなたいらっしゃらなかったでしょう?私はもっと探したかったんですが・・・被害が広がるからと止められたんですよ・・ここでお会いできるなんて!ああ嬉しい。』
ラピスが会話を拾ってくる。
なぜだろう・・にこやかに話しているのに、腹の底が冷えて背中がぞくぞくするような・・
「は、はぁ・・はぁ・・」
段々呼吸が乱れてくるのを抑えられない。体が震えて気分が悪くなってきそう・・。
「マリーさん!殺気をおさえて!!」
毛布の向こうからセデス兄さんの声が聞こえる。途端にぞくぞくするのがおさまった。はあ、と息をついて呼吸を整える。あれが、殺気・・・絶対に勝てない強者からの殺気とは、こんなに強烈なものなのか。
『て・・てめえ、何モンだ?!オレはあの鎧切りだぞ!』
『そうですか。詳細は残りの方にお聞きしますからもういいですよ。では。』
『まっ・・・』
ドガッガッドゴゴゴ!
・・・まるで工事現場のような音が響いてくる。マリーさん一体何をしてるの・・?
・・・ようやく音が収まった頃、セデス兄さんが毛布を外してくれた。
「見せなくて良かったよ・・・僕、今日一番いい仕事したよ。」
少し青ざめたセデス兄さんがやり遂げた顔で頷いている。鎧切りは・・いない。吹っ飛ばされたんだろうか。
ぎゃーぎゃーと常にやかましかった盗賊達がシンとしている。
『・・・・アイスアロー!』
「ぐわ!」
「ぎゃ!」
沈黙を切り裂くように降り注いだ氷の矢。
「あ・・・・執事さん!カロルス様ー!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます