第70話 海の人

海の人は水色の瞳を見開いてじっとオレを見つめている。

・・・オレ、こっちの世界に来てからやたらとこういうビックリ顔をよく見る気がするな・・・。


「うみのひと、こんにちは、オレ、ユータって言うの。もういたくない?」

にこっとして話しかけてみたものの・・・海の人ってつまり外国の人みたいなもんだよね。言葉が通じるんだろうか?


海の人は黙ったままそっと身を起こした。ちゃぷりちゃぷりとブイが揺れる。深緑の髪が乾いた血と混じって体に纏わりついているのが痛々しい・・。ふくらんだ胸元には貝殻・・なんてことはなくて、つるっとした質感の服を着ている。


「・・・ワレヲ タスケタノカ? カイフクマホウ・・ソナタ、ナニモノ?ヒトノコニ ミエルガ・・」


おお、聞き取りにくいけど会話はできそう。ちらちらとラピスを見ている・・海の人は天狐を知っているのかな?


「えっと、ケガのちりょうしただけだよ!だいじょうぶ?村までいっしょにいく?」

「フフ、ヤハリコドモナノダナ。・・ワレハ『ナギ』。オカゲデ タスカッタ・・・カンシャスル・・。モシ、オヌシガ ウミデコマッタトキハ、タスケニナロウ。」


ナギさん、だね。お礼を言ってくれているみたい。さっと手を取り握らされたのは貝殻と大きなウロコ?


「これくれるの?きれいだね!ありがとう。」

「ウロコハ、オヌシニハヒツヨウアルマイ、ウルトイイ。コッチハ、モッテオケ。ワレヲヨブトキニツカウノダ。」


「この貝殻?これでナギさんを呼べるの?」

「ソウダ。ニギッテ マリョクヲ トオストイイ。」


「ありがとう。じゃあまた遊びたいときによんだらいい?」

「フハッ!・・ソウダナ、ソレガヨイナ!」


ナギさんはとても嬉しそうにオレの頭を撫でた。日に焼けた腕の動きに伴って金のブレスレットがシャラシャラと音をたて、水滴が滴った。


「あの、ナギさんはどうしてケガしてたの?」

「ウム、サトヲ マモッテ マモノニ ヤラレタ。」

「そうなんだ・・・。お里はだいじょうぶなの?」


「ダイジョウブダ。シトメソコネテ、オイカケテイタトキニ フカクヲトッタノダ。マモノハ シトメタ。」

「すごい!ナギさんはたたかう人なんだね!海の人のお里はやっぱり海の中にあるの?」

「ソウダナ。タダ、リクモ ヒツヨウダ。ダカラ チイサナシマガ サトニナル。」


「へえ~!陸にもあがるんだね!海も陸もふくめてお里なんだ・・みてみたいな!」

「イツカ クルトイイ。オヌシガヨベバ、ワレガ ツレテイコウ。」


「ホント!?わあ~ありがとう!オレ、まだかってにあちこち行けないから、もうちょっと大きくなったら連れて行ってね!」

「オヤスイゴヨウダ。」


ナギさんは男前に微笑んでトン、と自分の胸を叩いた。綺麗な女の人だけど、やっぱり戦士なんだろう、仕草の端々にとても男らしさを感じる。どうも儚い人魚のイメージではないな。泡になって消えるならば差し違えてでも!ってなりそうな気迫がある。海ではどんな風に戦うんだろうか?くじらのような大きな魔物もいるのかもしれないな・・。


「海ってまものがおおいの?」

「ムゥ・・オオイトハ イイガタイ。タダ、マモノガ イナイトコロガ スクナイ。ヒトノヨウニ、モリヲ カイタクスルヨウナコトガ、ウミデハ デキヌカラナ。」


「そうなんだ・・ナギさんは武器がないけど、魔法で戦うの?」

「ワレラガツカウノハ、ソウジュツダ。ソウジュツヲトオシテ ミズノマホウガ ハツドウスル。ワレノヤリハ、オレテシマッタ・・・ソレデ フカクヲトッタノダ。」


ナギさんはとても残念そうな顔だ。大切な槍だったんだろう。


「そうか・・ざんねんだったね・・。でもナギさん、お里にもどるの、ここからとおいんでしょう?槍がなくてだいじょうぶ?」

「・・ナントカナル。ニゲルダケナラ、コノカラダガ アレバヨイ。」


グイッと体を捻って尾ひれをひらひらさせて見せてくれる。しなやかな魚の尾ひれはとても強そうだ・・きっとすごく速いんだろう。でも、戦士が武器を持たないと随分不安だろうな・・付け焼き刃でも土魔法の槍があれば、ないよりマシだろうか。


「オレ、土のまほうがとくいなの。オレがつくった槍でも、ないよりましかなぁ?」

「アレバ、ボウキレデモ タスカル。」

「じゃあ、よういするから待ってて!・・でもね、これナイショなの。だれにも言わないでくれる?」

「ウム、ワカッタ。」


よし、じゃあ足場が安定する岩場まで戻って、絶対に見られないようこっそり周囲に壁を作っておく。このへんの岩で槍っぽいものを作ったらいいかな・・?水魔法が発動するって言ってたな・・魔法を通しやすそうなもので・・・・あ!




「ナギさん!できたよ~!!」

「ハヤイナ、ドレ・・・・・?!」


ナギさんがぱかっと口を開けて手に取った槍を眺める。

・・・そのまま固まってしまったナギさん。戻ってきてー!


「・・ナギさん?どうしたの?」

「・・・オヌシ・・・ナニモノ?コレハ・・・コレハナンダ?!」


「え・・・槍だよ・・?ちょうど大きいませきがあったの思い出したから、ラピスに取ってきてもらったの。かたちはブサイクかもしれないけど・・・。」


ぶんぶん、と首を振るナギさん。長い髪がぱしゃぱしゃと水音をたてる。


「カタチナド、ドウデモヨイノダ!ワレラハ ヤリニ マリョクヲ マトッテツカウ。コノヨウナ・・コノヨウナヤリガアレバ・・・!!ミコヨ・・コレヲ・・コレヲ・・ワレニサズケルト・・?」


ミコ・・?御子?巫女?なんでミコなんだろ?授けるって大げさな・・・


「うん、いらないませきだったの。どーぞ!」

「アア・・・カンシャ、スル・・。コレガアレバ マモノナドニ オクレヲトラヌ。サトヲ マモルコトガデキル・・!」


「そんなすごいものじゃないけど・・役に立ってくれたらうれしいよ!」

「ワレニハ コレニ ミアウモノガ ミツカラヌ。ナニヲモッテ レイヲスレバヨイ?」


「えっ・・いいよ、そんな大げさな。」

「シカシ・・!!」


「うーんと・・あっそうだ、お里の香辛料とかちょうみりょうについておしえてほしいな!またこんどそれおしえてくれたらうれしい!」

「ソンナモノデ・・・。ワカッタ、ワレハ クワシクナイ・・サトデ ソウダンスル。・・ヨイナ、オヌシニハ カエシキレヌ オン ガアル。ドンナコトデモヨイ、ワレヲ ツカッテクレ。」


「ほんと?嬉しいな!じゃあ、また呼んでもいい?色々教えてね!」

「タヤスイコト。」


ナギさんは誇らしげに槍を胸に抱くと、空に掲げた。

「サラバ、シンジュウノミコ。マタアオウ。」


シンジュウノミコ?・・ああ、神獣の巫女、かな?ラピスのこと?海の人にとってはラピスも神獣なんだろうか?


「気をつけてね~!」

大きく手を振ると、振り返ってふわっと微笑んでくれた。

ざぶん、と大きく潜ると、鱗がキラリと光を反射し、巨大な尾ひれが水面に垣間見えた。



「おーーい!ユータ!あぶないよ-!」

浜の方でセデス兄さんが手を振っている。ひょいひょいとまた飛び石を渡って戻ると、海底を元に戻しておいた。


「おはなしはおわったの?」

「・・・あの辺りに渡れる所なんてあったっけ・・?あ、うん、もう終ったよ!見てなかった僕たちが悪いんだけど、危ないからあんまり離れたらダメだよ?このあたりは海の魔物がいないけど、万が一もあるからね。」

「はーい。」


手を繋いで戻ると、まだ話をしていたカロルス様とエリーシャ様が顔を上げた。

「おう、戻ったか。」

ふう、と息をついたカロルス様が手元の水をあおった。

「またこっち来て話さねえといけなくはなったが・・ま、どれも領にとって・・・んうっ?なんだこの水??」

「え?お水でしょう?・・・・まあ!」

「えっ?なになに・・・・んんっ??」



「「「・・・・ユータ(ちゃん)?!」」」


ビクゥッ!

な、なんでしょう・・・?



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