第31話 ロクサレンの力

石造りの冷たい地下室で、数人の男たちが向き合っていた。決して穏やかな雰囲気ではないが、正面に立つ代表同士はあくまで平静な表情を崩さない。


「・・で、てめえらはどう落とし前つけるんだ?のこのこ戻ってきやがってよ。」


「あら、もちろん算段があるからもどってきたのよォ。あの貴族の館は調査ずみよ、始末すればいいだけじゃない。あんな田舎貴族・・領主が使用人を皆殺しにして火を放ったことにすればいいわ。かわいそうに、息子が死んで正気を失ったのねェ。」


「あの辺境伯は強い、そう簡単にいくかよ。」


「あら、だから『紋付き』がいるんじゃないのォ。」


『森のうさぎ』は冷たく笑った。




その日、夜がようようと明け始めた頃、ヤクスの村に不穏な一団が到着した。


音もなく散開した一団は、薄暗い中をそれぞれ別のルートで館を目指す。館内にいる領主と元闇ギルドの男は確実に始末すること、その他は見つけ次第始末する。いつも通りの単純な指示を受けて男は疾走する。


館の垣根を跳び越え進入を果たしたところで、男はほうきを持ったメイドと遭遇した。声を出される前に始末する。そう判断し、立ち止まったメイドの横をすり抜けざまに喉を掻き切る。


バキィ!


「!!!!」


男は声なき声をあげた。

いつものように的確な狙いで切り裂くはずのナイフは、腕ごとあらぬ方へ向いていた。


一体、何が・・?!

痛みにうめく男の耳に、メイドの冷たく低い声が届く。


「・・・ようこそいらっしゃいました。」


メイドは、うっすらと笑った。






男たちは庭の一角での攻防を尻目に、2階の窓、裏口、使用人出入口、それぞれからの侵入を始めた。


「おや、お客様・・窓からとは感心しませんな。」


「おぅ、てめぇキッチンで料理長に楯突こうってのか?」


「「「あらあら、お掃除したばかりですのに・・。」」」






ーーーーーーー


・・各自侵入したら正面を開放する手筈だったはずだ・・闇ギルドの本隊メンバーは正面に館を見据えてしびれを切らしていた。なぜ早く行動を起こさないのか・・・あいつらには厳罰が必要だな。リーダー格の男がイライラしながらどんな厳罰が相応しいか考えを巡らせたところで、正面入り口に動きがあった。


キィ・・


軽い音をさせて扉が開く。

よし、やっとか。


男は部下達に顎をしゃくると、音もなく侵入する。

直後、バタンと扉が閉まった。


「!?」

「わはは!よく来たな!わざわざ来てもらって助かるぜ!」


この館の領主が堂々と姿を見せた。男はどうやらはめられたようだと冷静に判断しつつ、ニヤリと笑う。どうせこの領主が標的なのだ、逃げ隠れされるよりよほど仕事がやりやすい。

後ろ手でハンドサインを送る。


「ふん、罠にかけたつもりか?」


男が問いかけ、領主が返答しようと口を開いたタイミングで、素早く後退しつつ黒いダガーを投げる。後ろの手練れ達が僅かずつタイミングを外し、一斉に追随した。少しでもかすれば勝ちだ。


『シールド』


ギギギィン!


静かな声と共に、耳障りな音をたてて、ダガーはことごとく領主の足元に落ちた。


「なっ・・・」


黒いダガーは毒に加え魔法抵抗も高い、魔剣の一種だ。それを事も無げに防げるシールド・・それが即座に張られた。

かなり高位の魔法使い!男たちは嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、階段を見上げた。


「領主館への侵入、事もあろうか貴族への殺害未遂、これはあなた方を糾弾するに十分な理由になりますね。」


ゆっくりと下りてきたのは、執事風の優男。こいつが・・?


「おう、これで十分な証拠になるか?」


「ええ、可能でしょう。このダガーは闇ギルドの商売道具ですからね、例え一般人が持っていても、その時点で闇ギルドが関与していることが分かります。あとはこの者どもを捕らえれば、自白も得られるでしょう。」


「あー。まぁ、なんだ、自白は・・必要ならな。」


「我らが易々と捕らえられると思うのか!!」


激昂した男の部下が魔法使いに飛びかかる。対魔シールドを展開しつつ肉薄する男を、焦るでもなくチラリと見た魔法使いは、少し立ち位置を横にずらした。


ドゴォッ!!


その瞬間、館が揺れるような音と共にその部下が消えた。


彼がいたはずの場所には、右足を高々と蹴り抜いた姿勢で止まった・・・メイドがいた。


肝心の彼は右足が蹴り抜かれた先の壁で、崩れ落ちていた。

領主と魔法使いが少しメイドから距離をとったようだった。


「ええと・・・マリー・・さん、それ、生きてる?」


「・・加減はしました。」


それで?と言いたげな領主は懸命にも口をつぐんで下がり、真顔で男達に向かって言った。


「まぁ・・抵抗しても構わんが・・・お勧めはしない。」


「うふふ、か弱いメイドに怯えて無抵抗で従う闇ギルド員などいませんよ、ねぇ?」


マリーは嬉しそうに言った。


「・・・館を、壊すなよ。あと、殺すなよ?」


領主が念を押す。


「分かっております。ちゃんと手加減して差し上げますよ。・・さ、ユータ様をさらったのは?乱暴に扱ったのは?どなたです??」


メイドはにっこりと壮絶な笑顔を浮かべた。

漂う迫力は凄まじいが、どう見ても普通のメイドだ。視覚からの情報と、しきりと警鐘を鳴らす、本能からの情報のアンバランスさに、男達は大いに戸惑った。

しかし、領主と魔法使いがさりげなく逃亡経路を塞いでいる上、ここまで闇ギルドの関与を晒して逃げることは許されない。


ナイフやダガーを手に、ジリジリと間合いを詰める手練れ達、笑みを浮かべたまま棒立ちのメイド。


「はっ!」

裂帛の気合いと共に踏み込まれた足に、腰からの見事な回転を載せて放たれた刺突は、男が手練れと呼ばれるに相応しいもので、阿吽の呼吸で連携をとった左サイドの男からは、火球が放たれる。

マリーはすっと腰を落とすと、左手で容易く火球を払いつつ右肘でナイフを跳ねあげ、男の手を掴むと勢いのままに捻った。嫌な音が鳴ると同時に、左膝が男の鳩尾に埋まっている。掴んだ手をそのままに、ぐっと屈むと背負投げの要領で左サイドの男に叩きつけた。巻き込んだその男が立ち上がる前に容赦なく膝が叩き込まれる。

さらにマリーの背後を取った別の男に、振り返りざまの回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばしたら、慣性を殺さぬよう体を捻り軸足を変えてもう一度別の男に蹴りを放つ。

一瞬の攻防で倒れ伏したのは4人の男。残った者は慌てて距離をとろうとしたが、待ちの姿勢から攻めに転向したマリーがそれを許さない。


「相変わらず鬼だな・・。」

「左様ですね・・。」


暴れるマリーからかなりの距離をとった二人は、やはり怒らせてはダメだと頷き合った。


その時、正面扉を叩く音が聞こえた。

「カロルス様~?村長が・・」

そっと中を覗こうとした年若い少女は、村の娘だ。扉にほど近い位置にいた闇ギルドの男が、素早く手を伸ばした。捕らえた、と思った瞬間、少女と男の間に立っていたのは、あの領主。一瞬で目の前に現われた領主に、驚愕の視線を向ける男。

(速い・・!!)

その思考を最後に男の視界はブラックアウトした。


「ナージャ、どうした?」

「か・・カロルス様ぁ!」


怯えたナージャが領主に抱きついた。


キィン

バチィッ!


軽い音をたてて少女が隠し持っていたナイフが落ち、領主の目配せで執事が魔法を放った。ナージャは一瞬硬直し、崩れ落ちる。いつの間にか側にいたメイドの一人が、ぐったりしたナージャを受け取り、そっと告げた。


「・・村民が来ております。」

「やはり、紋使いが来たか・・。」


殲滅を終えていたマリーが領主たちに近づいた。

「では、私は部屋の後片付けをして参りますので、そちらはお願い致します。」


「そ、そうだな。お前はこっち向きじゃないしな。」

領主と執事がそそくさと扉を開けて出ていくと、館は村民に囲まれ異様な雰囲気となっていた。


「うーん、どうするか?まさかこんなに一度に紋付きにできるとはな。」

「これほど傀儡のように扱うには、高位の紋使いと言えども近くで紋に魔力を流す必要があります。それを見つければ良いかと。」


「ふむ、じゃああいつらに任せるか。とりあえずは・・・向かって来たやつの意識を落とすぐらいは許されるか?」

「十分な配慮だと思います。」


怒濤のように押し寄せる村人たち、中には子どもたちもいる。この者達は紋使いに操られているだけだ、むやみに傷つけるわけにもいかない。数が多く、手加減が困難な状況であるものの、幸い領主と村人の力量差は歴然としている。さほど苦も無く攻撃をいなしていく領主であったが、村人の拙い攻撃の中に突然鋭い剣戟が混じる。領主は焦るでもなく受け流す。


「混じってるな。」

「そうですね。」


村人の中にギルドの工作員が混じっているようで、数多の攻撃の内に幾筋か、手練れの攻撃が入る。村人に紛れつつ繰り出される鋭い一撃は、対応できるものではない、はずであった。


「そら!よっ!」

領主はかけ声と共に、村人へ対応する一撃とは明らかに違う、力ある一撃を放った。村人の塊の中から、次々とギルド員のみが弾き飛ばされる。昏倒する彼らをどこからともなく現われたメイドたちがひとまとめにしている。



子どもを避けつつ大人をいなし、混じるギルド工作員を撃退する。かすり傷ひとつ負わずにこなす領主に、樹上の男は歯噛みした。

(何なのよ・・あいつ!ここまでなんて聞いてないわよ!)


「・・見つけましたわ。」

背後からの可憐な声と同時に、木から叩き落とされた『森のうさぎ』は狼狽した。なぜ?気配は断っていたし隠蔽もしていたはず。こんな・・こんなに見つかるはずがない。


「よし、ご苦労。落としていいぞ。」

領主が村人を相手しつつメイドに声をかけると、身構えた『森のうさぎ』の目に、メイドの足が一瞬ブレた、と写った瞬間、意識は刈り取られていた。

『森のうさぎ』が地に伏すと同時に、領主へ群がる村人がピタリと攻撃をやめた。


「領主さまー!」

「申し訳ありません!!」

「ごめんなさいー!」


「怖かったよー!」

口々に騒ぎだす村人たち。これから、紋付きになってしまった彼らを戻さなくてはならない。紋使いが魔道具を持っているはずだ。とりあえずは一段落かと領主はため息をついた。

この日、『森のうさぎ』を首魁とする闇ギルドの一派は壊滅した。


「衰えないものですねぇ。」

「お前もな・・。」


領主カロルスがA級冒険者であったことは一部によく知られた話であった。だが、当時のA級パーティーはどこへ?



・・ロクサレン家には表向きの戦力と、裏の戦力がある。

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