第14話 メイド戦争
ロクサレン家に勤続すること6年、旦那様は大変素晴らしい方で、待遇に不満などあるはずもございません。
・・けれど、こちらには旦那様と使用人ばかりで奥方様もご子息も王都にいらっしゃるのです。わたくしも女のはしくれ、美しくかわいいものに触れたいと思うのは贅沢なのでしょうか?
いえ、旦那様も身綺麗になさればお美しいのですが、注意する奥方様がいらっしゃらないのをいいことに髭も髪もボサボサ、美しい金のお髪が哀れです。何度執事に進言されても「めんどくさい」の一点張り。めんどくさいもなにも、整容は私どもが致しますのに・・
そんなどこぞの傭兵のようなお姿にため息をつく色褪せた日々が、ある日一変したのです。
「湯を張れ!先生が来たら応接室へ案内しろ!」
珍しく慌てた様子で大声をあげる旦那様に、何事かと使用人が駆けつけます。旦那様はそのまま浴場へ駆け込まれましたので慌てて後を追いますと、大事そうに抱えていた汚れたものをゆっくりと湯船に浸からせる所でした。ああ!そんな汚れたものを!
「すぐにあったかくなるからな!頑張れよ!」
・・どうやらまた生き物を拾われたようで。ため息をつくと、旦那様の傍らへ。
「旦那様、私どもが致しますのでどうぞ先にお着替え下さい。」
「・・そうだな。俺がひっぺがすわけにもいかんな。」
旦那様が湯船に浸けたものを支えながら、私に場所を譲る。
「充分に温まったら南の客室に寝かしてやれ。間もなく先生が来る。服は・・セデスの小さい時のがあったろう?」
旦那様と場所を交代して私は驚いた。
なんと旦那様が拾ってきたのは動物のたぐいではなく、小さな子どもだったのだ。湯船に浸かった体はまだ随分冷たい。
他のメイドと共に退室される旦那様を見送り、改めて手元に目をやって・・息を飲んだ。
なんて、美しい・・・。
艶のある黒い髪に白い肌。このような濃い色のお髪は初めて見たが、なんと神秘的な。それなのに、ああ・・なんて勿体ない・・どうしてこんなに短く切られているのか。
こんな幼い子どもを美しいと思ったのは初めてです。瞳はどんな色だろうか・・将来は絶世の美女に違いない。
わずかに身じろぎした腕の中の気配にハッとした。いけない、見惚れていたようだ。湯船の中で汚れた衣服を剥ぎ取り、最後の一枚も取り去って目を剥いた。
「様子はどうだ?」
「はい、体は温まっておりますしお体に傷もありません。」
「・・紋は・・あったか?」
躊躇うように尋ねた旦那様に、微笑んだ。
「ございません。お体は健康的な肉づきをしておりますし、爪も髪もお美しいので、少なくとも貧しい生まれの者ではないでしょう。」
「そうか・・。」
旦那様はホッと表情をゆるめた。こういう所が、お優しいところだ・・顔に似合わず。
「ふむ、身内が見つかれば良いが。まぁさしあたって嬢ちゃんの着る服をいくつか見繕ってやってくれ。」
「旦那様、その事なのですが・・・。」
私は旦那様に衝撃の事実を伝えた。
「・・・・はぁ?!お、男ぉ?!」
旦那様は豪快に目も口もぱかりと開けた。
・・・ですよね。あんなに華奢でお美しいのに、そのお体は紛れもなく男性のものでした。
あの美しいこどもは、ユータと言うそうです。随分と高貴な身の上のようで、こどもとは思えない言動が目立ちます。あのたどたどしい口調で、精一杯オトナのように話そうとされる様はもう・・・。
ああ、この愛らしいお姿を1日愛でていたい。
・・・しかし、そう思うのは私だけではありません。そう、これは・・負けられない戦いです。
水面下での駆け引き、
各々が手を尽くし、今日・・旦那様に直訴するのです。
執務室にメイドが押し寄せ、旦那様に詰め寄ります。執事さんが引きつった顔で扉の方まで退避していました。この方は危機察知能力が高いのです。
「「「「さあ!旦那様、誰を選ぶのですか?!さあ!!」」」
「い・・いや、そう言われてもな・・ユータを構いたければ好きに構えば良いだろう。」
旦那様に選んでもらうのは、もちろんユータ様担当です。もちろん普段の仕事もありますから、専属というわけにもまいりませんが。
「旦那様!そうすればユータ様のところにメイドが群がりますから、旦那様の業務に支障が出て参ります。」
「そこは俺を優先するもんじゃ・・・」
「とにかく、エントリーシートは既にお渡ししたはずです。男らしく決めて下さいませ!!」
「え・・えぇ・・。」
「わたくしはマナーに詳しいですわ!ユータ様は旦那様について出歩くこともあるでしょう?必要なことですわ!」
「私はマッサージが得意です!きっとユータ様も満足していただけます!」
「私ならユータ様に毎日おやつをあげられますわ!」
「わたくしは裁縫が得意ですわ!男の子に服の繕いは必須技術ですわ!」
口々に騒ぎ立てるメイドの群れに負けじと、私も声を張り上げる。
「私なら聖魔法が使えます!万が一ユータ様にお怪我があっても対応できます!!」
「う・・・うむ・・お前たち・・オレの世話もこのぐらい熱意を持ってだな・・」
「旦那様!!!」
「分かった、分かった!そ・・そうだな・・・」
・・ごくっ・・・・
「えーと、じゃあ聖魔法のマリー」
若干投げやりな声音で言い放たれた名前。その瞬間、メイドたちの悲喜こもごもの悲鳴が響き渡ったのでした。
・・・こうして私はメイド間の熾烈な争いを勝ち抜いて、ユータ様担当となったのでした。
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