もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた

ひつじのはね

第1話 プロローグ




オレの夢は、広めの土地でもふもふ達と協力しながらのんびりした生活を送ること!

いわゆるスローライフ、かな。

完全自給自足なんて無茶は言わない。ある程度他人も頼らないと。特に肉は、ね。


元々田舎育ちだもの、都会っ子のスローライフ幻想ってわけじゃないんだ。

学生時代に都会に行って酷い目に遭った。あそこはオレの住む場所じゃないと、強く思ったんだ。

だから、単に…戻りたかったんだよ、穏やかな暮らしに。


朝起きて卵を収穫ついでに畑の水やりをする。庭の落ち葉を燃やしてイモを焼く。体力はいるけれど、こんな落ち着いた生活が好きだ。

確かに、台風で畑がやられて絶望することも、耕作で腰がやられることもあるけれど。


そんな生活ができていることに本当に満足していた。


死ぬまでこうやって細々と生活していくもんだと思っていた。

まぁ……実際間違ってはなかったけれど。

だけど、こんなに早く終わると思ってなかったんだ。




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 ……みんな、どこにいるの!?



ガクガクする足をなんとか立たせて見回した。

オレの目、おかしいな。視界が紫で随分見えにくい。

ああ、随分寒い。暖かいから外でごはんを食べようって言っていたはずなのに。


――べちゃり。足が上がらなくて泥の上に倒れ込む。

動けない……動かない。冷たい泥の上に横たわっているのに、腹だけが熱い。


まるで、お湯がオレの……腹の中から溢れるように。


それは、随分とダメなことではなかったかと、ぼんやりと思う。

みんなは……そう、みんな! まだ、みんなを助けなきゃいけないんだ。助けないと……!


ハッと焦る気持ちとは裏腹に、もがくオレの視界はますます紫色になって――ついに、シャットダウンした。


……頼む! お願いだ、だれか……助けて……!!


唯一できたことは、全身全霊をこめて、ただ願うことだけだった。




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どのくらい経ったのか、寒くてたまらなかった身体が随分楽になっている。


なんだかぼんやりするものの、今は痛くも寒くもない。

濃い霧の中にいる割に、随分明るい。


「……なんて、ぼんやりしてる場合じゃない!」


早くみんなを探さないと!! 急激に覚醒する頭と共に、焦燥感が襲ってくる。

闇雲に濃霧をかき分け、這いつくばり、みんなの痕跡を探そうとした。


「……おや」


ゆったりした小さな声に振り返れば、こんな山奥に不自然な……いや、むしろこんな山奥の霧の中から登場しそうな、白い衣装をまとったおじいさんが立っていた。


「きれいな魂の迷い子よ、いかがしたのかな?」


おかしな言い回しだとは思ったけれど、慈愛に満ちた優しい声音に喉が詰まった。なぜだか熱い涙がぼろぼろと溢れて止まらない。泣くなんて、いつぶりか。


「……っみんなが……!!」


「……かわいそうにな、心残りであったな」


張り詰めてた心を溶かされて、訳も分からずわあわあと泣いた。

何も説明していないのに、おじいさんは全て分かったような顔で優しく背中を撫でてくれた。


おじいさんが撫でてくれるたびに、波が引くように少しずつ荒れた心が落ち着いていく。


「迷い子よ、ここには誰もおらんよ。おぬしは現世を離れてしもうた。

最期まで、手放さなかった願いが随分清いものであったからな、ここに来られたようだの……。

魂となっても現世の姿を留めるほどに……心残りか」


おじいさんは、深い哀しみを湛えた瞳で言った。

ちょっと遠回しなおじいさんの言葉を反芻して、また涙のかたまりが上がってくるのを必死で堪える。


……なんとなく、気付いていたけれど、どうしても認めたくなかったんだ。やっぱり、そうなんだな。

オレは、ぐっと奥歯をかみしめた。


「……オレ、死んだの……?」

「………」


かみさまは、辛そうな瞳で、ゆっくりと――うなずいた。


そう、かみさま。オレは確信をもってそう思った。理由なんてないけれど、これはかみさまだ。

俯いた瞳から一筋、涙がこぼれて落ちた。だけどもう、それはいいんだ。

最期に願ったのは、そんなことじゃない。問いかけようと顔を上げると、かみさまは――今度はゆっくりと首を振った。


ことわりは、変えられるものではないよ。それにな、皆だけ残してもお主が居ねば意味がなかろう」


 オレは、がっくりと膝をついた。


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ぽろぽろ、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていく。

こんなに泣くなんて思わなかった。多分、最期にそれだけを思って力を振り絞ったと思うんだ。だから……そう、「未練」ってヤツなんだろうな。


流れる涙とともに、オレ自身も流れて消えてしまうような気がする。それも、望む所だ。


「……! 早まるでない!!」


優しいかみさまの大声に、ハッと肩をふるわせた。いつしか、朦朧としていたようだ。


「色々と、無理をしたな。魂が崩れかけておる。魂ごと消えてしまえば、二度と皆とは会えぬよ。しっかりせぬか!」

 

まるで会えるような口ぶりに、開いているのか閉じているのか分からない瞳を向けた。


「絶対とは言わん。それに、現世ではもう会えぬ」


「生まれ変わればまた出会う。しかし、お主のその魂では……」


オレの魂は『ここ』に来るために頑張り、たどり着いた。それなのにみんなを救えなかった衝撃で――生まれ変われないほど崩れかけている、らしい。

でも、かみさまに申し訳ないけれど、生まれ変わってまた会いましょうだなんて、そんなの。


「かみさま。もういいですよ、もう死んじゃったならどうにもならないし」


だってさ、今だって前世の記憶なんてないんだから。生まれ変わったって意味がない。今消えてなくなるのと、何も変わらないと思うんだ。


「皆の魂が、一部お主に入り込んでいても、か?」


難しい顔をしたかみさまに、首を傾げた。オレに? みんなが?


「最期のときにな、お主が皆を助けたいと思ったように、皆もお主を助けようと命を捨てた。その魂はな、今でもお主を助けようと寄りそって入り込んでおる。お主がここにおるのは、そのおかげでもある」


オレは目を見開いた。ああ、オレが一番ドンクサイから。助けようとして……?


みんなは先に崩落に気付いたろうし、逃げられたはずだったのに。

みんな、オレが連れて来ちゃったのか。悔しくて情けなくて……哀しくて。もうなくなったハズの胸がぎりぎり痛い。


コツン!


かみさまがオレの頭を優しく小突いた。


「やめよ! 全く、皆の頑張りがなければ既に消滅しているところだの……」


見つめる悲しげな視線を辿れば、なるほど、オレの身体が透けている。すごくマズイってことは分かる。でもやめろと言われても何をどうやめればいいんだか。

オレ、魂になったのなんて初めてなんですけど。……多分。


「その魂が消えてなくなるのはあまりに惜しいの。ただ、今の状態でどうにかするのは難しいでな。お主、よそへ行ってみるか?」


よそ?思案気に問いかけるかみさまの突然のお誘いに、全然意味がわからなくてきょとんとする。


「お主のいた現世には戻れぬが、他の世で魂を修復しよう。お主のつながりがあれば皆もその世へ呼べよう。ただし、儂ができるのはお主の魂を修復して届けるところまで。皆を呼べるかはお主の頑張りしだい、だの」


えっ? それって頑張ってなんとかなるものなの? ……そういうもの??


「うむ。これが、儂の思う最善だの」


戸惑うオレに構わず、かみさまは一つうなずいて真っ直ぐと、オレを見た。

急に足下がふわふわして霧がさらに濃くなってきた気がする。


「綺麗な魂の迷い子よ、次は、悔いの残らぬようにな。」


目を閉じるまで見つめていたかみさまの瞳は、やっぱり深い深い、慈愛の瞳だった。







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