語る夜

「準備はいいか」

 青年の言葉に全員が頷く。

「言い忘れてたけど、この森は迷いの森と呼ばれていて中々抜けられないから頑張ろう。あと、魔女がいるっていう噂もあるから気をつけて。よし! 行くぞ!」

 意気揚々と森へ突進していこうとする少年の襟を鎧男が掴む。

「待て」

「うわ! びっくりした。どうした?」

「どうしたじゃない。なんだ今のは。ちゃんと説明しろ。姫さまにもしものことがあったらどうする」

 その姫が鎧男を不機嫌そうに蹴っているが、今はそれより森の方が重要らしく気にしていない。

「いや……この森、中にいる魔女の力で迷いやすくなってるらしいんだ。だから、簡単には抜けられないかもなって」

「どうしてそれをもっと早く言っておかないんだ!」

「ごめん、忘れてたんだ!」

 青年が素直に謝ると鎧男はため息を吐いた後、森へ入るのを一日遅らせる提案をした。

「えー。別にいいじゃん今日行ったって。ここで一日いても別に対策なんてできないでしょ?」

「できます。まず迷ったときの行動や目印、集合場所。魔女に出くわしたときの対策など……」

「うるさいな! あんた私の騎士だったらもう少し私の意見を聞きなさいよ!」

「私の役目は姫さまの身を守ること。姫の意見は二の次です」

「かー! なんなのコイツ! めちゃくちゃよ!」

 例によって二人の喧嘩が始まったところで結局森へ入るのは明日ということになった。

 その晩、喧嘩に疲れてしまったのか、姫さまは晩御飯を食べるとすぐに眠ってしまった。晩御飯は昨日と同様シチューのようなものだった。

「俺も寝る」

 見るもの全てにワクワクを感じるのはいいことだが、疲れる。別段何かをしたわけではないが俺は疲れを感じ、姫さまの次に寝床に着いた。スキンヘッドの僧侶も俺と同じタイミングで寝た。

「ぐっ……」

 夜中、俺は焚き火を囲む鎧男と青年の声で目を覚ました。

「起こしてしまったか」

「いや、いいんだ。多分、俺の眠りが浅いんだと思う。まだこっちの世界に着いて二日だからな」

 鎧男は頭の装備を外していた。意外なことに、向こうの世界で言うアイドル顔だった。イメージではもっと硬派な顔だった。

「今、ちょうど君の話をしてたんだ」

「俺の?」

「お前の、というより冒険者の話だな。一体向こうはどんな世界なのかというのを二人で話していたんだ」

 鎧男の柔らかい喋り方に俺は驚いた。青年は誰とでもすぐに仲良くなれそうな排他的な明るい雰囲気があるが、今の鎧男からは誰でも包み込んでしまいそうな優しさを感じる。さっきとは大違いだ。

「ああ、すまん。日が沈む前とはかなり違うだろう」

「あ、いや……まぁ、かなり雰囲気は違うけど」

 鎧男は照れ臭そうに頭を掻いた。

「昼間は姫さまを守るのに必死でな。あまり余裕がないんだ」

「夜くらいミアって呼んでやったらいいのに」

「姫は姫だ。この事実は変わらない」

「そういうこと言ってるんじゃないんだけどなぁ」

「鎧さんと姫さまは本当にただの騎士と王女なのか?」

 俺が尋ねると、鎧男は懐かしそうに焚き火を眺めながら言った。

「ああ。小さい頃はよく遊んだりもしたがな。今は普通の主従関係だ」

「もっとも、あっちはそう思ってないみたいだけど?」

「からかうのはよせ」

 柔らかい雰囲気の鎧男に昼間は聞けないようなことを聞きたくなった。

「二人はなんで旅してるんだ?」

 二人は顔を見合わせると、穏やかな笑みを浮かべた。

「俺は、気づいたら生まれた村を飛び出してた。もちろん、挨拶もお礼もきちんとしたみたいだけどな」

 俺は青年の話を聞いて完全にゲームの主人公だと思った。何かをするのに理由なんていらない派だ。

「なんで分かるんだよそんなこと」

「振り向いたら、両親や村のみんなが見送りしてた」

 あ、気づいたの結構早かったのね……。

「俺はこいつに唆されて旅を始めることになった姫さまに強引に……」

「人聞きが悪いなぁ。俺はただ冒険話をミアに聞かせただけで……」

「それだそれ。お前の冒険話は面白すぎる。冒険に興味のなかった俺でさえ、冒険がしたくてウズウズしてしまうのに、元々、好奇心旺盛で冒険に憧れていたミア様がお前の話を聞いて冒険に出ないはずがない」

 二人はまるで学校の友達同士みたいだった。話からして最初から一緒だったというわけではないみたいだけど、とても仲良く見える。

 そういえば、俺も今より若い頃はこんな感じだった。なんか、楽しいんだよなぁ……今となっては思い出せないことも多いけど、多分、どれもくだらないことだったんだろう。何が楽しかったんだろうなぁ、あんなに笑って。



「君の話をきかせてくれよ」



 青年の言葉で意識が一気に現実へ戻ってくる。いや、これは果たして現実なのだろうか。

「俺の?」

 尋ねると青年は穏やかに微笑んで「ああ」と頷いた。俺……俺の話か。

「俺は」

 その日、俺に見えない何かが繋がった気がした。それは、前へ手を引くものでもなく、後へ戻そうとするものでもなく、ただこの世界に俺を埋め込むもののような気がした。

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