開拓者
「気持ちいいなぁ」
心の中で思うよりも先に言葉が出ていた。ドラゴンの背に乗ってから、海を越え、山を三つほど跨いだが未だに街らしい街は見当たらなかった。途中に小さな村がいくつかあったが、ドラゴンは目もくれなかった。
「それにしてもどうなってんだ?」
ドラゴンの背に乗ってから、風の影響を全く受けていなかった。これだけの速さで飛んでいたら帽子くらいは飛ばされてもおかしくないものだが、まるで見えない何かに押さえつけられているみたいに動かなかった。
「まぁ、多分あのおじいさんが何かしたんだろうな」
おかしな人だったなぁ。でも、ドラゴンを使役できるって普通に考えてすごいことだよな……。もしかしたら、この世界では地球でいうところの大統領くらい有名だったりして。
「それはないな。だって威厳感じられなかったし」
また一人で笑う。さっきからずっとこの調子で一人で何かを思いついては一人で笑っている。向こうではこんなことなかったんだけど。
「まぁ、あの人が何者だろうと恩人には変わりない」
もう一度、周りを見渡す。すると、城のような建物がうっすらと前方に見えてきた。
「おお! 見えた! この距離からでも見えるってことは結構大きいぞ‼︎」
子供のようにはしゃいでいると、急激に高度が下がった。
「あれ? あの街じゃないの? え?」
ドラゴンは少し開けた平原にゆっくりと着陸した。降りるときはドラゴンの長い尻尾を滑り台代わりにして降りた。降りてから思うのも変だが、ドラゴンの背は結構な高さだったのに簡単に降りられてしまった。こちらの世界に来てから、自分の中で、何かが変わっている。
「目的地って向こうの街?」
今はもう見えなくなった城の方を指差す。すると、ドラゴンは巨体を揺らしながら頷いた。
「でも、あそこまで結構距離あるよね? 結構っていうか相当あるよね? 途中、山もいくつもあったし」
ドラゴンは呆れた顔をしながら、俺の体を指でグリグリしてきた。器用に鉤爪が当たらないように。
「あ、あの……。大きさが大きさなので普通に痛いと言うか、痛いどころじゃないというか」
「ブァッハァッ」
ドラゴンが吹き出す。なんか釣竿ジジイと笑いのツボが似てるな。
「仕方ない……。なんか街の近くまで行けないみたいなこと言ってたし」
それにしても遠い気がするが、ドラゴンという種族がそれだけ目立つということだろう。
「じゃあ、ありがとう‼︎」
ドラゴンは八枚の羽を羽ばたかせて、空の彼方へ飛んでいった。俺はドラゴンの後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。
「……さて」
さっき見えた城へ向かうには前方に広がる森に入らなくてはならないわけだけど……。
「今日は無理だな……」
空の一方が赤く燃えている。地球でいう夕暮れだ。しかし、それぞれ色の違う三つの月は沈むことなく空に居続けていた。
初めての野宿に不安を感じながらも、ワクワクしている自分がいる。焚き火とかするか?ああ、でもこの世界、魔物とかいそうだな。スライムとかもいるのかなぁ。
「あ……」
今日の夜のことを考えながらソワソワして周りを見渡すと、少し離れたところに人影を見つけた。よく見えるわけではないが、こちらを見ている。
「んん……‼︎」
自分以外の人を見つけて、知らない世界で一人野宿することに対する不安が消えた俺はいよいよはしゃいだ。
「おーーーーい‼︎」
両手を上げて思いっきり手を振る。しかし、相手からの反応はない。むむむ、聞こえないのか?
俺は足腰の疲れも忘れ、全速力で走った。すると、四人のうち三人は逃げるように俺に背を向けて走り出した。
「ハァ……ハァ……」
逃げなかった一人は全身を鎧で包んでいた。なぜか剣を抜いている。
「あの! 何してるんですっ……ゥ⁉︎」
俺の首スレスレに剣があった。少し力を入れるだけで、首を切れる距離だ。あ、あれ……⁉︎ どうしてこんなことに⁉︎
「動くな、斬るぞ」
鎧男から発せられた言葉はこれ以上ないくらい分かりやすい言葉だった。俺は警戒されている。
「あ、あははは……」
生きた心地がしない。全身から嫌な汗が噴き出る。これは、まずいな……。
「お、おい‼︎ 待て待て‼︎ 早まるな‼︎」
鎧男の後ろから男の声がした。視線を移すとそこには、変わった形のギターを背負ったバンダナの青年がいた。その背後にも水色の髪をした少女と筋骨隆々なスキンヘッドの男がいる。
「その人は悪い人じゃない! とにかく剣を下ろせ!」
「こいつが悪人ではないと、ミア様に危害を加えないと言える根拠は」
「そんなの勘だよ、勘。それにこの人の顔を見れば悪いことをしてきてないのがお前にだって分かるだろ」
バンダナの青年の言葉に、鎧男は俺を一度睨んだ後でゆっくりと剣を下ろした。
「プハァ……」
俺は緊張から解放されて地面にへたり込んだ。びっくりした……。まさかいきなり殺されかけるとは……流石、異世界。
「ごめん、大丈夫か?」
「あ、ああ大丈夫……平気平気」
強がって見せたが、ペンギンがいた森から始まって下半身が限界を迎えていた。世間では若いと言われる世代でも学生からすればおじさんだ。運動だってほとんどしていなかった。
「フィース、この人に術をかけてやってくれ」
「まかせろ」
術と聞いててっきり水色の髪の女の子が出てくると思ったが、出てきたのはパーティの中で最も回復から遠いと思っていたスキンヘッドのマッチョだった。マッチョは張り切った顔で俺に手を突き出すと呪文を唱えた。
「ククー」
すると、さっきまでの疲れが嘘のように消えて無くなった。
「お、おお‼︎」
俺が驚いていると、他のみんなが不思議そうにこちらを見ている。あれ? 何か変だったか。
「あの……」
一瞬、術に驚いたことで冒険者であることが分かったからだと思ったが、この世界で冒険者は珍しくないと釣竿爺さんが言っていたからそれはないだろう。いや、あの人が面白がって嘘をついている可能性も……。
「あ、もしかして……冒険者?」
「え……あぁ、うん一応」
なんとなく言いにくい雰囲気で変な答え方をしてしまう。もしかしたら、この世界で冒険者は良くないもので、冒険者と分かった瞬間に殺されるなんてことはないだろうな……。
「ええええええええええええ⁉︎」
四人は顔を見合わせると、大声を出して驚いた。まるでこの世界に来たときの俺みたいだ。
「ええっと……」
「冒険者なのに竜使いだなんてありえないよ‼︎」
「一体どうやって竜を手懐けた⁉︎」
「あなた、こっちにきてどれくらい経つの‼︎」
急な質問攻めに困っていると、鎧男が詰め寄ってきた三人を引き剥がした。
「おい、困っているだろう。質問をするなら落ち着いて、一人一つずつしろ」
「あ、ああ……悪い悪い。驚いちゃってさ」
三人は落ち着いたようでバンダナの青年はわざとらしく咳払いすると、ゆったりとした口調で聞いてきた。
「さっき竜と話しているように見えたんだけど、一体どうやったんだ?」
正直、答えに困った。彼らの質問に共通して言えることは、全て釣竿じいさんのことを話せば納得するだろうということだ。
「話すっていうか、ここまで運んでもらったからお礼を言ってただけで」
「それがすごいんだよ! 竜を見れただけでも幸運なのに、君は竜の背に乗って空を飛んだんだ!」
そう言われると確かにすごい。俺のいた世界では竜がいただけでも全世界が驚く大ニュースだが。
「あれだけの竜をどうやって手懐けたんだ」
今度はさっき体を癒してくれたスキンヘッドの人からの質問だった。
「全然、手懐けてないよ。あれは釣竿のじ……」
「ねぇねぇ‼︎ いつこっちにきたの⁉︎ 一年前? 五年前? まさか十年前⁉︎」
スキンヘッドの人を押しのけて、水色の髪の少女が聞いてきた。この少女だけは様子がさっきと変わらない。
「時間が分からないけど、今日」
「ええええええええええ‼︎」
少女は目を見開いて驚いた。騒がしい子だな……。
「姫、どうかもう少しおしとやかに……」
「だから姫はやめてよ! 今は関係ないんだから」
「いえ、ですが……もう少し乙女としての立ち振る舞いを……」
「うっさい‼︎」
この会話だけで二人がどういう関係なのかなんとなく分かった。
「今日……それで竜の背に乗るなんて……異世界の匂いもしないし。でも奇術に対するあの驚きようは間違いなく本物だった」
頭を抱えて悩み始める一同に対して、俺は答えであろう情報を提示する。
「こっちきてすぐ親切な老人にあったんだ。その人が竜を呼んでくれて、この服もその人が一瞬で出してくれたんだ」
それを聞いて、四人は今日一番驚いた。
「えええええええええええええええええええ⁉︎」
なんか賑やかな人たちだな……。こっちの人はみんなこうなのか? だとすると、かなり愉快な世界だ。
「なるほど。だとすると異世界の匂いがしないのも頷ける……この服、ただの服じゃないぞ……。おそらく噂に聞いた異世界慣らしの竜人服だ」
「まさか、こいつがあった老人というのは……」
「間違いない。伝説の竜使いにして、“開拓者”の一人。賢者、ドラグニフ・マグドエル様だ」
「ドラグニフ……マグドエル⁉︎」
な、な、なんてカッコいいんだ‼︎ 伝説の竜使い⁉︎ 開拓者の一人⁉︎ 賢者⁉︎ ドラグニフ・マグドエル⁉︎ なんだそのカッコいいの交通渋滞は‼︎ この人たちを実物に会わせてやりたい。呑気に煮干し食いながら釣りしてたぞり
「そ、その人はそんなにすごいの?」
半分、いやもう答えは分かっていたが、念のため、人違いだと困るので聞いてみたが、そこからは嫌という程、あのおじいさんの凄さを聞かされた。
なんでも浮島で釣りをしていたおじいさんは、この世界で唯一、竜と心を通わせられる人間で、別にそういう一族の末裔とか生き残りとかではなく、本人曰く『頑張った』らしい。他にも様々なアイテムを作ることができ、どれもこれも他の人間では作れない特殊なものばかりだそうだ。
これだけでも十分すごいのだが、この後に聞いた話が俺にとっては一番印象に残った。
「あの人は誰も到達していなかった七割の未開拓地を五割にまで減らした"開拓者"の一人なんだ」
「その、七割の未開拓地っていうのはなんなんだ?」
こちらの世界について無知な俺の質問に、四人は快く答えてくれた。
「この世界には人類が到達していないとされる場所が七割あると言われているんだ」
「ま、誰が言い出したのかは知らないけどね。でも、行き止まりというのものを知らないのも事実。私たちが広いと思ってた世界は星で見ればたったの三割でしかなかったの」
「なんで先に行かなかったんだ?」
俺の質問に四人は顔を見合わせた。
「行かなかったんじゃない、行けなかったのよ」
「え?」
「人類の行く手を阻む五つの試練。全てを飲み込む巨大な悪夢。
「深い霧に包まれた奈落。
「無限に続く闇。無暗洞窟」
「魔王族が住まう絶対危険区域。
「そして、人類が唯一攻略したと言われているルート。竜族が暮らす
四人の話はどれも信じられないようなものばかりだった。でも、聞いているだけで体の奥が熱くなりワクワクした。人の話をこんなに真剣に聞いたのはいつ振りだろうか。まだまだ話を聞きたかったので、その夜は四人と共にすることにした。
夢中になって話しているうちに、懐かしいような初めてのようないい匂いが鼻を
「よければ一緒に食べないか? みんなで食べた方が美味しいしさ」
「え? いいのか?」
願ってもない提案だった。お言葉に甘えて一宿一飯の恩義に預かる。これは美味そうだ。
「いただきます‼︎」
シチューの匂いを嗅いだ瞬間から自分が腹を空かせていたということを思い出していたので、思わず元気よく手を合わせると、他の四人が俺の方を不思議そうに見ていた。
「あ、な、なんかおかしいことした?」
「いや、改めて本当に冒険者なんだなと思ってな。その服の効果か、こっちの住人にしか見えなくて」
バンダナの青年の言葉に他の三人も頷く。
「そ、そうか。喜んでいい……のか?」
よく分からない気持ちのまま、しかし満足感に包まれて俺は寝床についたのだった。明日は森だ。
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