第5話 天使と箱庭

目が覚めるとそこはかまくら型の白い部屋だった。


中央には固いベットがあり、その上に航は寝ていた。



壁にはLEDライトの発光チップようなものがびっしりと付いていて、白い部屋と相まって圧迫感を感じる。


上半身を起こし、周りを確認すると、何も身に着けていない自分と、先ほど夢で見ていたような、小学生の頃のような手足だとわかる。


夢じゃなかった!夢だけど夢じゃなかったんだ!

そんな、何度も放送されているアニメの映画のような喜びから、自然と両腕でガッツポーズをとっていた。



身体が動く喜びに打ち震えていると、突然、呼びかける声が聞こえる。


「目が覚めましたか?具合はよさそうでしょうか?」


ただ、部屋の中には誰もいないみたいだ。



「動けるようなら部屋の外に着替えを用意しています。着替えて外に来てください。扉は触ると開きますから」


そんな声と同時に、ベッドの足元側、正面が四角くへこみ、上にスライドして部屋の外が見えた。


裸足でぺたぺたと着替えが置いてある台に向かい、着替えを取るとガウンのようなものとスリッパが置いてあるが、どちらもこの身体には大きい。


しかたないなー、と思いながら踵近くまでの長さがあるガウンのようなものに袖を通して、背中側についていた紐で縛る。


おそらく大人用なので襟元がかなり開いていて裾も長いが、ひとまずこれでいいかな。とスリッパを履いてから扉に触れると、先ほどと同じように上に扉はスライドした。




扉の外には天使がいた。


「はじめまして、航。主上から話は伺っています。クォートといいます。……服が少し大きいようなので、まずは着替えを行いましょう。後をついてきてください」

そういい、クォートさんは歩き出す。



その背中には羽が生えていて、それは肩甲骨の内側辺りから生えている1対の明るいクリーム色の羽だった。


髪も服も同じようなクリーム色で、それは絵の具の白と黄色を混ぜたような、天使のイメージとは少し離れていながらも神々しさを表す、そんな印象を受ける。


「航。体調は大丈夫ですか?」


クォートさんは振り返り、こちらを少し不安げな視線を向けてきた。



「あ、はい。これまで動くことができなかったので普通に歩けるのが少し信じられないくらいです。」


「それはよかった。あなたの身体はあなたの意識を基に新造したものなので、これからどんどん馴染んでいくと思いますよ」


聞くと、身体がベストの時の記憶を基に新しくこの身体を作ったそうで、だから発病前の小さい身体になったらしい。



「そういえば、神様からこちらの方によろしく伝えて欲しいって言われました」


「それは……有難い、至上のお言葉です。航、伝えてくれてありがとう。それとこちらに服があるので好きなものを選んでください」


会話をしながら、着替えがある部屋に着いたようだ。


ちなみに、ここまでの廊下も白一色で、床も壁も天井も光っていて少し眩しい。


「私は外で待っていますから、着替えが終わったらさっきと同じように、扉を触ってください。今着ているのは適当に置いておいて構いません」


そういいながら、クォートさんは部屋から出ていこうとするが、その部屋は教室くらいある広い部屋で、たくさんの衣服が置いてある。


この中から身体にあったものを探すのはちょっと大変そうだったので、クォートさんに声をかけた。



「クォートさん、良さそうなの選んででもらっていいですか?」


「いいですよ。好きな色とかありますか?」


そう言いながらクォートさんはどこに何があるのかわかっているかのように、僕に合いそうな服を何着か選んでくれた。


そもそも、この大量の服は、すべて貰い物らしく、クォートさんも着ないからということで、遠慮なく良さそうな一着を決める。


クォートさんが一度部屋を出て、見立ての一着に着替えると、褒めてくれた。


「似合いますね。いいと思いますよ」


「ありがとうございます。でも貰ってもいいんですか?」


「ええ、人が着るのが一番ですから。これは何かの時のために取っておいてあるものなので遠慮なく」


それから、部屋を移動して、簡単な食事を出して貰う。


なにせクォートさん、日ごろ食事はしないそうで、基本は水だけ。

嗜好品として花の蜜を集めたものや蜂蜜を少し舐める程度らしい。


出てきた料理はパンとハムのような加工肉と、チーズのスープとデザートに木の実をハチミツで固めたものを出してくれた。


これの材料も数日前に貰ったそうだ。


特にチーズのスープは初めて食べる感じで美味しかった。

食べ終わって、一息ついたら貰うっていうのが気になったので聞いてみる。



「服とか食べ物とか貰うって物々交換ってことなんですか?」


貰った服はしっかりと仕立ててあって、とても気軽にもらえるようなものじゃなさそう。



「それに近いですが、まずこの浮遊島、呼び名はいろいろありますが一番メジャーなものがエルグランデという風に呼ばれています」


「浮遊島?浮いてるんですか?」


「ええ、地表から10キロほど上に浮かんでいます。この浮遊島はこの世界の7大陸を1年かけて巡るように動きます。そこで増えすぎたり、減りすぎたりする生き物を調節することがこの島の主目的です。増えすぎた生き物は減らし、減りすぎた生き物はこの島で保護するわけですね。主上から授かった大事な使命です」


噛み締める様にそう告げ、クォートさんは言葉を続ける。



「それで、人を助ける機会も少なくないので、何かしら貰い物をするんですよ。いらないと伝えてもどうしてもという人も多くて、そこはちょっと困っているんです」



「クォートさん、外、見てみたいです」



「いいですよ。では、外に出てみましょう」


そう言いながら、クォートさんは案内をしてくれる。







「うわぁー、すっっっっごい!」

建物の外に出て思わず大きな声を出してしまった。


そこは確かに箱庭だった。


空には雲があり、太陽があり、その向こうにまた雲があって、次は地面だった。

空の果てには緑の木々や大きな海も見える。

この世界は丸く、上下左右は、土と水と、生き物で覆われている。

水平線や地平線らしき線もあるけれど、その奥に空ではない色が存在する。



この世界はボールの内側にあるような世界。



ただし、地球よりはるかに大きな世界が広がっている。

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