神の箱庭管理代行

VR脱毛

第1話 神の神託


少年は村の外へと続く荒れた道をを駆ける。


あと10メートルも先には倍以上の背丈があるトロールへ腰に差してある短剣に手をかける。



その少年の後ろには、ハーフエルフの少女が覚えたばかりの魔法を唱える。



そのトロールの身体には至る所に傷と火傷を負っていて、矢も10本以上刺さったままで、満身創痍といっていいだろう。


トロールは村の周りに張り巡らされた柵であったと思われる、細めの丸太を掲げ、少年に振り下ろさんとするが、少女は詠唱を終え、トロールの顔に火を放つ。



トロールは顔を焼かれ、その目を瞑りながらも、雄たけびを上げ少年が飛び込んでくる場所を予測して丸太を振り下ろす。


しかし、それも予測していた少年はその丸太の軌跡を迂回してトロールの脇腹に飛び込んだ。



トロールの脇腹から腹へ抜ける様に短剣を深く切り込む。



トロールは呻き、地面に倒れこみ、そのままもがきながら事切れる。


少年は頭から血をかぶり全身真っ赤だった。



トロールの腹からはその厚い腹筋と脂肪でも短剣から守り切ることはできずに、臓物が飛び出ている。




周囲には血と臓物の内容物で悪臭に溢れかえり、初めて生き物を殺した状況と相まって、盛大に吐いた。




そんな少年の物語。








◇◇◇◇◇◇




58、59、0


時計の長針はきっかり午前0時を指し示す。



”これで今日から高校生なんだ……”




油浅 航ゆあさ こうはベッドの中から非常灯の明かりをもとに、時計の秒針をカウントしながら感慨に満ちた思いを吐き出す。


4月の1日になって数秒経った今を航は嬉しくも思い、憂鬱にも想う。



ここは病院の2人部屋だが2週間前、同室の人は退院していった。


2週間前、暖かくなったと思った矢先、急に冷え込んだ明け方に急に病状が悪化して死亡退院といった形で。



同様に、航も自分自身であと一年は確実に持たないという確信がある。



実際に余命の告知を受けていると思われるのは両親だが、できることがどんどんと減っていき、植物状態といってもいいのではないかと少年は考えている。



今できることは表情を何とか作れること見ること、聞くこと、右手の二の腕と左手の人差し指を少し動かせるくらいと、涙を流すこと。


そんな状況に航は絶望とそれでも生きているという希望を交互に重ねる。



航の病気はALS(筋萎縮性側索硬化症)といい、筋力が時間の経過とともに落ちていき、対処療法しかできず、病気の進行を抑えることはできない。


本来、原因不明なれど少年のように若い人にはほとんど発症しない病気であり、病気の原因にも諸説あり、医師の勧めで新薬を試してみるも、目に見える成果は出ていない。


数年前に、アイスバケツチャレンジというALSの周知及びALS協会や関連団体に寄付をするという名目で流行が起こった。



この活動をテレビで最初に知ったとき、航は小学生でだった。


「うわ、さむそー!」と両親と話したことを覚えている。


それから、疲れやすく感じたり、手足が思うように動かせなくなり、病院でALSと診断されたのだが、他人事としてとらえていたことから罰が当たったように感じたり、指名することによる不幸の手紙のような性質に苛立ちさえ覚えていた。



そんなやりきれない思いを航は抱え込み、吐き出せずにいる。


なにせ身動ぎさえまともに行えないから、モノや人にあたったりすることもできないし、泣いたり叫んだりといった感情の発露も思い通りにはいかない。


ただただひたすらにテレビや動画やネットを観て現実を一瞬でも忘れるか、寝るか。



近頃はもうずっと忘れる、寝る以外は、「死にたくない」と「自由に動きたい」と「ごめんなさい」のフレーズを頭の中で、心の中で繰り返している。


航ができる行動で一番現実を忘れることができるのは左手人差し指だけでできるインターフェイスでWEB小説や漫画を読むこと。


無料で使えるコンテンツとして、担当医の先生から教えられた青空文庫から小説などを読みはじめたが、最近一番利用しているのはさまざまなジャンルがある小説投稿サイトだ。


ただし、消灯の時間をとっくに過ぎたこの時間では当然、文字に触れることはできない。


このまま思考を続けていると、またネガティブな感情が心を塗りつぶしてしまうので航は心を無にしようと努める。






「はじめまして」




不意にそんな声が聞こえた。


聞こえたというより幻聴のような感じがする。

なにせ何も考えないようにしながら、ゆっくりと意識は眠りの淵へと落ち込んでいたところなのだから。


せっかく上手く眠れるところだったのにと、航はまぶたを開く。


幻聴はたまにある。


なにせ、航の歳は15歳。


15歳にしては過分なストレスと身動きさえできない状況から、まあ、幻聴ぐらいは聴いてしまう。


そこで、航は自分が金縛り状態であることに気づく。


指先の一本でさえ、一番動かせるはずの、顔の表情筋も動かせないのだ。


「あせった……、完全に動けなく……、喋れてるし。これ明晰夢ってやつか」



普段の航は声を出すこともできない。

手術をして機械音声用の装置を自分のノドにつけることで会話はできるが、何より手術をすることは嫌だった。


同様に、食事も点滴のみで、胃に直接、食事を流し込む胃ろうの手術も拒否している。


両親も先生も何度となく生活が楽になるし、症状の緩和にも繋がるからと、二つの手術を進めてきていたが、これだけは譲れないと航は思っている。





「はじめまして」



また聞こえた。


視線を声の方に巡らすとおじさんがいた。




「私はフル。今は君の夢にお邪魔させてもらう形で話しかけているんだ」


……


「??ん?、え?」


そもそも航は金縛りを経験したことはないし、知識としては、身体は寝ていて頭が起きているため起きる誤作動のようなものだということは知っていても、若干の恐怖と混乱を引き起こす。


「?だれ?ですか?……」


声が出ないはずの口から言葉を紡げることも余計に混乱に拍車をかけるが、ひとまず航こうから疑問を投げかけることにした。


「私は簡単に言うと神だね。この姿は借り物の姿だけど、ひとまず私は普通の状態だと視認できないから、この姿を私と認識して貰っていいかな」


「しにん……?」



そのおじさんは、おおよそ5~60歳くらいに見えるが、スポーツブランドのパーカーとジーンズを着てベッドの脇に立っている。


普段は首を巡らすこともできないので、改めて夢、金縛りであることを確認できるが、若干若作り感のある服装と相まって、とても神様には見えない。


「こちらのほうがいいかな」


おじさんはそう言い、パーカーとジーンズから、サラリーマンのようなスーツ姿へ変化する。


若干着古した感じのスーツだが、体型にあっているようで似合ってはいる。


一瞬で服装が変化したことから、確実に夢であることの再確認ができたが、航はこれまで夢の世界でここまで夢を夢と自覚したことはなかったため、あまり混乱が収まってくれることはなかった。



「神とは名乗ってみたものの、私がしたことは、この世界を作っただけ。たまに君のように世界を壊してしまう可能性を取り除くことぐらいで、きみたちが思うような神らしいことはしていないから、かしこまるような必要はまったくない」


「壊す可能……性ですか?」


「順を追って説明しようか。まず、今は君の夢の中に私がお邪魔している状況で、この姿は別の世界を壊す可能性を持っていた人の姿。もうそれは解決したから私がこの姿を取らせてもらっているんだけどね」


航は先を促すため、今いち理解が追い付いていないが、軽くうなずく。


「それで、お願いというのは、君が願い続けている『生きたい』という願いを人並み程度に落としてもらいたい、ただ」


口を開こうとしたところを手のひらを向け押しとどめられてから神は続ける。


「生きたいという願いを取り下げて欲しいわけじゃない、そこは勘違いしてほしくないんだ」


呼吸を置いておじさんはこの世界の成り立ちを説明し始める。



「この世界は私が創った世界ではあるけど、私が触れることはできない。この世界は、この宇宙はと言い換えてもいいけど、私にとってあまりに繊細なんだ。だから創ることしかできない。きみたちに例えるならシャボン玉が一番わかりやすいと思う。シャボン玉を膨らませることはできるが、維持をさせることは大変な困難なんだ」


シャボン玉はこちらのホログラフィック原理に近いものだね。

と最後に付け加えたが、航は何のことかさっぱりだ。



「あの、そのシャボン玉と僕は何の繋がりが?」


航は思わず口を開いてしまったがおじさんは頷いて続きを話す。



「じゃあ結論を言おうか、君の願いはそのシャボン玉の上にできた、また別の小さなシャボン玉だと思ってくれたらいい。シャボン玉の上にできた小さなシャボン玉がどんどん膨れていくことによって、その膜はどんどんと薄くなり、小さなシャボン玉だけでなく、世界にあたる大きなシャボン玉さえ壊しかねない。本来願いはシャボン玉の表面に揺らぎを生み出すことが精々なんだが、長期間、同じことを願っていると小さなシャボン玉が出来ることが稀にある。それが君だね」


一拍おいておじさんは続ける。


「私はこの小さなシャボン玉をなんとかしたい。だから今日は君の前にお邪魔させてもらったんだ。小さなシャボン玉を取り除く方法はいくつかあるが、お互いに一番いい方法を取りたいと思ってね」



ゆっくりと笑ったおじさんはさっきのおじさん然としたおじさんではなく、少し神々しく見えた。



「私が作った世界の一つに小さな閉じたスフィアという世界がある。そこで君は自由に過ごしていい。一点だけお願いしたいことはあるが、断ってくれてもいいよ。その間、1か月ほどかけて、こちらの世界では、ゆっくりと小さなシャボン玉を小さくする。君が願わなければ次第に小さくなっていくからね。

ただ、その間君の意識は向こう、スフィアに行くから、こっちの世界では意識がない状態になってしまう。そこにだけ目を瞑ってくれれば、君の身体も元の動ける身体に戻すことができる。きっとリハビリは必要だけれども……、どうだい?」



夢であることを置いても、病室の狭い空間で、あまりに大きい話でしっくりこないが、この状況から抜け出せるのなら願ってもない話だ。航は承諾の意を告げる。



≪夢じゃなかったらいいのに……≫



なんとなく口に出さず深く思っていると神はこう告げる。



「令和だよ。君は1か月ほど意識を失うことになる。だから明日の夜にもう一度お邪魔するから、それまでに周りの人に挨拶をしておいたほうがいいね。それと一緒に令和と私が言っていたと告げておくといい。なんにせよ周りに心配はかけてしまうだろうから」



神様はそれじゃあもう遅いから、ゆっくりおやすみと告げ、航は眠りに落ちた。

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