Épisode 25「これはまた、いかにもな」
案内されたのは、食堂のようなスペースだ。大きなテーブルが置いてあって、その周囲にいくつもの椅子がある。ついてきた子供たちが、ヴィクトルやレオナール、フランツの手を引くと、それぞれ椅子に案内してくれた。
「なあ、今日はなにして遊ぶ? 昨日みたいに鬼ごっこでもするか?」
椅子に座った途端、赤髪の少年がそんなことを言う。
「これこれ、ジェラール。お客人を困らせてはいけないよ」
「いーじゃん別に。だって先生は無理だろ」
ウジェーヌの体型のことを言っているのだろう。確かに、彼のふくよかな体型では、すぐに鬼に捕まってしまいそうだ。または誰も捕まえられずに終わるだろう。
「それにほら、金髪のにーちゃんは、やりたいよな?」
意味深に赤い瞳を光らせる。その視線を受けて、レオナールは曖昧に微笑んだ。
なるほど、とヴィクトルは思う。
「その鬼ごっこ、私も参加させてくれ」
「おっ、なんだよ。こっちのイケメンにーちゃんはやる気だな。いいぜ、交ぜてやるよ」
誰かを彷彿とさせる尊大さだ。
しかし、ウジェーヌがそれを止める。
「待ちなさい、ジェラール。昨日もそう言って、院内を走り回っただろう。あまりここは丈夫じゃないんだよ。もっと労って……」
「そんじゃ決まり! 鬼はアシルな。行くぞおまえら!」
ウジェーヌの言葉を無視して、ジェラールは走り出す。子供たちの中でリーダー的存在なのか、他の子供もみんな彼の言葉に従った。ため息を吐いたアシルが、本当に数を数え始める。
ヴィクトルは迷わずジェラールの後を追った。
「俺の目は、やはり間違いなかったな」
「あん? なにが?」
走りながらジェラールが問い返す。
「とぼけるな。君はやはり賢い。さて、神父の目を欺いて、どこに案内してくれるのかな?」
少しの沈黙のあと。
「ははっ。そういうにーちゃんは、やっぱり金髪のにーちゃんのお仲間か。……約束、守ってくれたんだな」
最後のひと言は、ひとり言のように。
彼らがどんな約束を交わしたのか知らないが、ヴィクトルは黙って少年に続いた。
やっとして、レオナールとフランツが二人に追いつく。
「ジェラール、待ってくれ。彼はちが」
ヴィクトルがレオナールの口を塞ぐ。ちらりとフランツに視線をやると、主人の意図を理解したフランツが、申し訳なさそうにその役を代わった。
「それで、イケメンのにーちゃんはどこまで知ってんだ?」
「ここが人身売買の商品棚になっていることか。売られているのは、君たち孤児だ。売っているのはウジェーヌ。そして、その全容を解明するために、そこの金髪のにーちゃんがやってきた」
フランツに口を塞がれていたレオナールが、力ずくでそれを剥がす。
「ヴィクトル、声が大きい!」
「そういう君のほうが大きいと思うが」
ジェラールもうんうんと頷いた。
「まあ、そこまで知ってんなら話が早いよ。俺は……俺たちは待ってたんだ。にーちゃんたちみたいな大人を。命がけで手紙を出したかいがあった」
「ほう。君がSOSを出したのか。なかなかやるな」
「だろ?」
二人して口角を上げる。似た者同士に見えたのは、きっとレオナールだけではない。
「でも正直、全然来てくれないからさ、もう間に合わないと思ってたんだ」
一行は、建物の入口から一番遠い部屋に入る。物置のように埃の被った家具が置かれていて、窓には外から中の様子が見えないよう木板が打ち付けられていた。
光の入らないそこは、昼間であっても薄暗い。それだけでなく、少し歩いただけで舞う埃のせいで、どこか鼻がむず痒い。
その中にあって、ある箇所だけ、床の埃が不自然な跡を残していた。本棚の隣だ。まるで、この本棚を引きずった跡のような。
「この燭台を、こうすると……」
部屋の扉付近にあった燭台を、ジェラールがためらいなく下に引っ張る。
ガコ、と何かが外れたような音が鳴った。それも、本棚の向こう側で。見たところ、本棚の後ろは壁になっているはずなのに。
すると、どうしたことだろう。誰も手を触れていないのに、本棚がゆっくりと横に動き出した。どうやら、そうして埃の薄い箇所が出来上がるようだ。
奥から現れたのは、予想していた壁ではなく、地下へと続く階段だった。
「これはまた、いかにもな」
「急いで入って。ウジェーヌが感づいたら最悪だ」
言われたとおり、四人は暗いその中に入る。本棚はどうするのかと思っていたら、なんと、また勝手に元の位置に戻っていくではないか。
「金髪のにーちゃん、これに灯りつけて」
「あ、ああ」
すでにこの絡繰を知っているジェラールは、本棚の仕掛けに驚かない。しかし、話に聞いていても、仕掛けが作動するところは初めて見たらしいレオナールは、わずかに動揺していた。
本棚が完全に元の位置に戻ると、中は洞窟のように暗くなった。頼りになるのはレオナールが点けたランプの光だけだ。
「これはどういう仕掛けだ?」
ヴィクトルの問いに、
「ああ、俺もよく知らないんだけど、魔法らしいよ。さっきの燭台がスイッチみたいなものなんだって」
ジェラールがそう答える。
「俺、偶然見ちゃってさ。そんときにウジェーヌが『相変わらず素晴らしい魔法だ』って言ってたんだ。相手はなんか、黒いフードを被った、たぶん大人の男だと思う。そいつがウジェーヌと話してたんだ。顔は見えなかったけど」
足元に気をつけながら、ゆっくりと先を進む。先頭にジェラールを置いて、レオナール、ヴィクトル、フランツと続いた。
道は、人一人なら余裕で通れるけれど、二人は無理という狭さで、迷うこともなさそうな一本道だ。
「となると、ウジェーヌが黒幕ではないということか」
ヴィクトルが確信めいた口調で尋ねた。彼が知っているのは、あくまで表面的なことだけだ。
癒しの女神について噂を聞き、縋る思いで国を出た
というのも、癒しの女神の噂は、このコルマンド伯爵領を含むエヴリヨン地方に偏っていた。そのため、この一帯について危険だと思われる事情を、兄は徹底的に調べさせたらしい。とんだ弟馬鹿である。
そういうわけもあって、ヴィクトルはこの辺りの事情に詳しかった。しかし、もちろん他国のことを調べるのには限界があり、ヴィクトルが知っているのは、コルマンド伯爵が人身売買に関与しているかも、というところまでだ。
「私は、伯爵が怪しいと思っていてね」
兄と同じ見解のようだ。ヴィクトルもそう思う。なにせ、この教会のパトロンが伯爵なのだから。
「ジェラールたちには悪いけど、正直、今回のことは父上の命令なんだ。王太子に任命される前に、外の世界を見て来いってね。言わば試験のようなものだよ」
「別にいいよ。それで助けてくれるなら」
怒りもしない少年に、レオナールは苦笑する。
「君は大人だな」
間髪入れず、ヴィクトルが深く頷いた。
「間違いない。それも、どこかの泣き虫坊やよりもずっと大人だ」
「それ私のことだよね⁉︎」
思わず大声を上げてしまい、慌てて口を覆った。ここは声が響くのだ。
「たぶん、次の取引は明日の夜だよ。いつも決まって新月の夜なんだ」
「君の他に、これを知っている子供は?」
「アシルだけ」
「この孤児院に、訪問者はいるか?」
「教会にならよく来るけど……こっちにはあんまり。なんで?」
「そうか。ならば、今夜にでも俺とレオナールは消されるな」
「「え⁉︎」」
レオナールとジェラールが同時に振り返る。
当然だろう? と言わんばかりに、ヴィクトルは楽しそうに笑った。
「突然の王子の訪問。しかも偶然とはいえ、隣国の王子もやってきた。二人は旧知だと言う。ちょっと頭のいい奴なら、それを偶然とは思わない。まさか勘付かれたのでは、と勘繰るのが普通だ」
「いやしかし、君の訪問は本当に偶然で」
「だから、ちょっと頭のいい奴は、そうは思わないものだ。ましてや悪事を働いている自覚があるのならな」
「それでどうして、私と君が消される話に?」
少し狼狽えるレオナールに、ヴィクトルは馬鹿か? と呆れた目を向ける。
「口封じに決まっているだろう」
「王族二人を⁉︎」
「レオナール、王族の命など、ときにとても軽いものだよ」
諭すような口調だった。その瞳には、いつもふざけている彼にしては珍しく、何かを悟るような気配がある。
「なあ、あのさ、話の腰を折って悪いんだけど、あんたも王子だったの?」
意外そうだ。レオナールのことは知っていても、ヴィクトルもそうだとは思っていなかったらしい。無理もない。この国の王子は、レオナール一人しかいないのだから。
ヴィクトルがにんまりと微笑んだ。
「ああ。そこの馬鹿より、よっぽど使える王子だぞ」
「マジか」
「そこまで言うのかい⁉︎」
「代わりと言ってはなんだが、これに協力したら、教えてほしい情報がある」
「情報? そんな大したもん、持ってないと思うけど?」
「癒しの女神についてだ」
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