Épisode 08「なんだ、まだわかってなかったのか」
その夜、やはり彼は、ユーフェを抱いて眠ろうとした。
昼も夜も相変わらず人の料理を酷評してくれたので、もちろんユーフェの気分はどん底だ。怒り七割、落ち込み三割といったところか。
お決まりの「真心が足りない」発言をされて、ユーフェは拗ねるようにリュカの肩に乗る。
酷いことばかり言う男に抱きしめられて眠るなんて、冗談じゃない。リュカには迷惑をかけてしまうが、床の上でもいいから寝させてもらえないかとお願いした。
『みゃー』
リュカの頬にすり寄って、必死に頼み込む。
『ユーフェ? ああ、なるほど。いいよ』
すると、言葉がなくともユーフェの意図を理解してくれるリュカは、あっさりと許諾してくれる。
それに喜んだのも束の間。
『俺の前で堂々と他の男に甘えるとは、いけない子だな? ユーフェ』
『みゃあ⁉︎』
(はあ⁉︎)
意味がわからない、と反論できたらよかったのに、その隙も与えず彼はリュカの肩からユーフェをさらう。
『みゃ、みゃみゃ!』
(リュカ、助けて!)
じたばたと暴れて抵抗するが、彼は動物の扱いに慣れているのか、はたまた女の扱いに慣れているのか、小さな身体をすっぽりと包み込むように抱き上げてしまう。
その抱き方をされると、ユーフェは抵抗しようにも物理的にできなくなってしまうのだ。
『じゃ、おやすみリュカ。良い夢を』
『みゃーっ』
(そんなっ、リュカぁぁぁ)
懇願も虚しく、そうしてユーフェはヴィクトルに連れていかれてしまったのだった。
とまあ、そんな感じで。
現在ユーフェは、またもや自分のベッドの中で、ヴィクトルに抱きしめられるように寝転がっていた。
せめてもの抵抗として、彼には背中を向けている。
(なんで、こんなことに……)
始まりは、お腹を空かせていた男を拾ったことだった。
となると、悪いのは全て自分になる。
(もう、二度と、天地がひっくり返っても、拾いものなんて絶対にしない!)
そうは思っても、きっとユーフェは同じことを繰り返すのだろう。
たとえばもし仮に、時間が巻き戻せたとして。ヴィクトルを拾ったあの時に戻してもらったとしても、ユーフェはおそらく同じように彼を助けることだろう。
人が倒れている。
そう思って近づいた時、彼のお腹から爆音級の腹の虫が鳴った。どうしてそれを無視することができようか。
この町では、孤児でさえそこまで空腹を訴える虫はいない。というのも、ここの領主であるコルマンド伯爵は、特に慈善事業に力を入れているからだ。また医療にも力を入れており、おかげでこの町では、他より安く医者にかかることができる。
それは間違いなく、伯爵の長男が病弱であることが関係している。「自分の息子が病弱だから、病人を見ると他人事とは思えなくてね」とは、コルマンド伯爵本人が教えてくれたことだった。
(そういえば、明日は診察日ね。体調は安定しているかしら、ダニエル様)
実はリュカは、その伯爵家の専属医のようなものだった。
というのも、リュカの師匠がそうだったからだ。その師匠が亡くなり、リュカがその跡を継いだ。しかしもちろん、当初はリュカの年齢など、問題があった。だから伯爵は、町の別の医者に息子を診せたこともある。
が、どの医者よりもリュカの腕が確かだったようだ。結局、師から弟子へと、その役目は移ることとなった。
ちなみに、魔法でダニエルの病を治さないのは、治せないからだ。〝癒しの魔法〟という魔法は存在するが、それは使い手を選ぶ。
なんならユーフェがその使い手ではあるけれど、それもまた完璧ではない。
しかも魔力は有限だ。怪我も、病も、大きければ大きいほど、ユーフェの魔力を消耗する。
そして、魔力が枯渇すれば、魔女は灰となって死んでしまう。
だからリュカの「その力は悪用されるといけないから、誰にも言わないほうがいい。使うのも禁止」という忠告に従って、ユーフェは彼の助手という立場で頑張っていた。
ただ、彼女自身は、自分の特殊性を知らない。
だから事の重大さに気づくことなく、実はリュカにも隠れて何度か人の怪我や病を治したことがあると言ったら、滅多に怒らない彼から雷が落ちそうだ。
「ユーフェ、何を考えている?」
(え?)
すると、眠ったと思っていたヴィクトルから声をかけられて、びくりと耳を震わせた。
「おまえは呆れるほどにわかりやすいな。まあ、そこがいいんだが」
耳元で聞こえる掠れた声に、ユーフェはなんとなく居心地が悪くなる。だって、その声がどこか甘ったるくて、心がざわざわするから。
「だが、今は俺のことだけ考えていろ。また酷評されたくはないだろう?」
「?」
「なんだ、まだわかってなかったのか」
その言い方に少しだけムッとする。なんだか馬鹿にされている気がした。
「そう怒るな。いや、怒りたいのは俺のほうか? おまえはいっつもあの子供のことばかりだな」
「みゃ?」
(子供? ってリュカのこと?)
ユーフェの疑問に答えるように、ヴィクトルが「リュカのことだ」と付け足した。
「みゃー」
(それは当然よ。だってリュカは、私の命の恩人だもの)
「何を言っているのかさっぱりだな。それも腹立つ」
「みゃ⁉︎」
(なんで⁉︎)
「あの子供の前では普通に話すくせに。やはりもっと困らせないとだめか?」
「みっ、みゃー!」
(これ以上何をしてくるっていうのよ! もう十分困ってるわよ!)
ヴィクトルの腕の中で暴れるが、いとも簡単に抑えこまれて、せっかく背中を向けていた身体を向き合う形に直される。
神秘的な湖面の双眸が、じっと自分を見つめてくる。その瞳に見つめられると、ユーフェはいつも抗う気力を無くしてしまう。魅せられるのだ。
まるで透き通る水底のように、その瞳の奥を覗き込んでみたくなって、ぼーっと吸い寄せられる。
よくできた、陶器人形のように美しい顔。性格は最低も最低なのに、腹立たしいくらい、その見た目はユーフェも認めるところで。
「なんだ、ぼーっとして。この顔が気に入ったか?」
くく、と彼が喉奥で笑う。
カッと顔に熱がのぼった。
「みゃ! みゃみゃ、みゃあ!」
そんなわけないでしょ、というようにユーフェは前脚を暴れさせた。
それを難なく受け止めて、彼はユーフェの額にキスを落とす。
「みゃ⁉︎」
「でもおまえは、これだけでは足りないのだろう?」
意地悪そうに口角を上げると、今度はそのままユーフェの口にキスを落とした。
触れるだけの、わずかな接触。
「み、み、みっ」
「よし、これなら俺のことしか考えられなくなるな」
「みゃーーーーっ‼︎」
べりっ、と思いきりヴィクトルの頬を引っ掻いたのは、仕方のないことだった。
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