第十一部

 いつの間に近付いていた君島一曹は、「こちらで」と私をパジェロに案内した。

 ブリーフィングに参加出来るか分からないが、イリューシャンも連れる事にする。頭数は多い方が助かるし、異世界の政治、軍事に精通する有識者はいた方が良い。

 一分程で戦闘指揮所に到着した。只駐屯地内を走っただけだから当然だ。しかし、指揮所らしい建物は見当たらない。あるのは、奇麗に駐車している数多くのトラックくらいだ。

 という事は、演習の時の定番のあれか。


「CPはこちらです」


 早速、パジェロを降りた。案内された場所は、自衛隊車両の一時的な駐車場だ。

 君島一曹は、何台も並ぶトラックの間を縫っていった。


「指揮所をこんな場所に作っているのですか? もっとこう、テントをどーんと張って、大将が鎮座したりしないのですか?」


 私達もトラックとの間を縫い始めると、イリューシャンが疑問を口にした。


「まあ、天幕……テントを張ったりもするけど、流石にそんな戦国時代みたいな事はしないよ」

「戦国時代って確か、刀とやらで切り合ってた時代ですよね? 凄く昔の話だとお聞きしましたが」


 イリューシャンは、ふざけて言っている訳では無いようだ。しかめっ面をして、一人で考え込んでしまった。

 イリューシャンは、天幕を張って本陣を作る旧時代のやり方を自衛隊が行っていると勘違いしてしまっている。

 もしかしたら、この世界では本陣、本営を作るのが定石なのだろうか。そこら辺の研究が進むと、自衛隊の作戦立案に大きく影響するだろう。

 ……それは、私の仕事ではなく、統合幕僚監部や連隊本部班の仕事なのだが。


「ああ!ここです!通り過ぎてます!」


 君島一曹の焦りを含む声が、下から聞こえてきた。何事かと、勢い良く振り向いたが、一曹の姿は見えない。


「下です。下、下」


 言われるがまま、目線を下に向けると何と君島一曹は1 1/2tトラック、通称中型の車体の下から顔だけ出していた。この中型は、駐車しているトラックの集まりの端に停まっているものだ。


「え、何をしているのですか?」


 先程までの純粋な問いと違い、今回は顔にも声にも若干の侮蔑が入っているように思える。イリューシャンのこの問いには、私は何も言わなかった。

 私であっても、全く以て同じ質問をするからだ。


「すみません。分かりづらくて。申し訳ありませんが、ここに潜って頂けませんか?」


 まさか、この下にCPがあると?

 中型の下に潜り込むなんて事は、始めての体験だ。

 私は、疑いつつも腹を芝生につけた。

 すると、何故、君島一曹がが分かった。君島一曹の身体は、人が三人程横にならんでも余裕がある位の大きな穴に入っていたのだ。

 地下に埋設されたCPへと続く道は、中型によって隠されていたのだ。こんな厳重な隠し方、演習でも見たことも聞いたこともない。


「自衛隊は……車の下に、指揮所を作るのですね……地下に作る事自体……驚きですが、これには軽蔑の念すら……湧きそうです」


 身体をよじりながらイリューシャンが、文句を口にしている。


「車の下なんて、私も初めてだよ」


 すかさず訂正をする。自衛隊が毎度車の下に指揮所を造る訳ではない。変に情報を広められるのは癪だ。

 後でイリューシャン達には、が二千年掛けて積み上げた軍事の最適解を教える必要がありそうだ。将来の軍事パートナーを失うのはもっと御免だから。


「ということは、今回の設営担当者が悪いのですね。後で苦情を入れましょう。パジャシュ様は、自衛隊の指揮系統をご覧になりたいとおっしゃていました」

「え、パジャシュが?」


 見た目は子供と言え、根は軍人のようだ。一体、何歳の頃から軍隊の教育をすればあのようになれるのだろうか。

 比べて私は……。


「はい。ですのでこのような場所に指揮所があると――」


 あると?


「パジャシュ様の御身が汚れてしまいます!」


 前から少し思っていたけど、イリューシャンのパジャシュ依存度が高い気がする。

 穴に入ると、流石に立ち上がれる空間があった。なので、頭が痛くならないように、ゆっくりと立ち上がった。

 私はこれでも中隊長であるので、たまには指揮所掩体に入ることがある。この掩体は、今まで使ってきた演習時のものと比べると、必要以上に頑丈に作られており、土が、掩体の壁の隙間から漏れ出てきたりしていない。しかも、かなり横幅が広く、これならば普通5、6人で窮屈になってしまう指揮所でもこれならばブリーフィングも難なく行えるだろう。

 君島一曹は、拍子を刻んでドアをノックした。


「君島かぜ一等陸曹…………中隊長、フルネームでお名前と階級を仰って下さい」


 そして自分の名前を言った後、扉の前で何をすべきかを耳打ちで教えてくれた。

 それに歯向かう義理は無いので、私も名前を言う。


「新渡戸愛桜二等陸佐」

「実戦以上の訓練は命を救う」


 私が言い終えて、君島一曹は、巻口連隊長がかなりの頻度で口に出すモットーを言った。

 もしかして、合言葉? 合言葉なんて、立哨訓練の時以来かな。

 大きな地下壕の半円と比べると、小さく見える押戸が開かれた。しかし、戸を引いた者の後ろには、私達に小銃を向けている隊員がいた。二人共、防弾チョッキⅢ型を身に着けている。

 指揮所に戦闘要員が配置されている。いや、指揮所要員を戦闘員にしたのか? 

 ノックの拍、合言葉、その上に戦闘員を出す隙を生じぬ二段構え。

 さっき、敵が駐屯地に接近した為だろう。私も経験した事が無い程の徹底した入出管理だ。


「そちらは?」


 そう言って、隊員はイリューシャンに銃口を向けた。

 慌てて、私は補足する。


「ビルブァターニの騎士旅団副旅団長の――」

「イリューシャン・パブリコーフ・リチャフです」


 イリューシャンは、私の言葉に少し高圧的に被せた。

 指揮所掩体の中を覗くと、巻口連隊長と目が合った。


「新渡戸か。攻撃の破砕、見事だったぞ」

「あ、ありがとうございます」


 藪から棒に巻口連隊長は、私を褒めて下さった。

 "本番"を経験した事の無い私にとって、戦いの後に良い作戦評価を貰えるなど一切無く、どう対応すれば良いか一瞬戸惑ってしまった。訓練や演習では、終了すると絶対反省会が開かれるからだ。

 巻口連隊長もどこかぎこちない表情をしている。連隊長なりの気遣いだったのかもしれない。


「で、君島。中隊の様相はどうだった?」


 いつの間にか、銃口は下を向いていた。

 これは、入っても良いと言う合図なのだろうが、一応目配せをしつつ慎重に入室した。それと、心配性な私は、イリューシャンが怪しまれない様、手を繋いだ。イリューシャンは特に何も言わず、私のされるがままだ。

 察しの良い子で助かる。


「衛生によると、PTSD等の重大疾患は確認しなかったとの事です。あ、それと、士官からの要望が一つ――」


 君島一曹がメモを開いて、巻口連隊長に対し現場の声の伝言を始めた。

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