第九部
いや、どう考えてもおかしい。
では、敵の戦力。約八個師団。少し多く見積もった単純計算で、十二万人の兵士が行軍している。一方、我が連隊、いや、我が派遣隊戦闘部隊は、施設中隊を入れたとしても、二百人に満たない。その比率、実に七五〇対一。幾ら精強なる陸上自衛隊だとしても、負け戦に参戦する義理等無い。自衛官はその名の通り、国民を護る存在。先ずは、自分を護らなければ、国民すら護れない。
なのに何で、戦おうとしているんだ。
「その為、連隊長は、帝書記長?とやらに会いに行きました」
「と、言うと?」
「ビルブァターニに出兵を求める為です」
となると、我々は主戦力ではなくあくまで補助という事になるのだろうか。しかし、ビルブァターニは恐らく渋るだろう。帝書記長は、ぱっと見、人が
ビルブァターニの事情は知らないが、普通だったら渋ってくると思う。
巻口連隊長は、防御作戦、それも主力の到着まで時間を稼ぐものを行わせるつもりか。今回に関しては、主力はビルブァターニ軍という事になる。
「中央即応連隊は、自衛隊は、もう一度、戦う事になります」
そう言った後、君島一曹は駆け足で隊員達の元へと向かった。
隊員らは直接地べたに座っている者もいて、正直かなりだらけていると言わざるを得ない。がしかし、私はそれを咎める責任も理由もない。
「班長、集合!」
息を切らした鈴宮が後ろから叫んだ。その後ろには、イリューシャンもいる。鈴宮は、汚い走り方をしている。あれじゃあ、余計に疲れるだけだ。
恐らく今、小隊は小休止を行っているのだろう。皆、思い思いの格好で寝たり、瞑想したりしている。本来、例えどれ程偉い人間が来ても、小休止中は休みを徹底される。それが命令だからだ。しかし、班長や小隊長は、指揮官等の偉い人間が来たら、報告等の義務がある。
だが、今は休憩すべきだ。
「いや、そのままでいい」
休憩をしていた班長や班員と目が合った。しかし、私なんかに対応する
予想以上の被害だ。前回の戦闘は、敵と対等、否こちらが優位だった。勿論、技術等の要因があるが、一番は用意の周到さだろう。捕虜奪還作戦は、連隊の幹部、幕僚が集まり余裕のある環境で立案されたものだ。
対して今回は、不意急襲、一般的に言う奇襲。まともに作戦など立案できる訳がない。しかし、私の責任だ。私がもっと良い決断力と頭脳を持っていれば、少しは良い結果になったかもしれない。
「す、すみません。イリューシャンさんが、愛桜隊長と一緒にいると言うもので」
私に追い付き、膝に手をついた鈴宮が、釈明した。
「凄いわね」
現場を見たイリューシャンは、私よりも第一小隊の隊員達に興味を持った。
「死者は出たのですか?」
イリューシャンは、真剣なあの眼差しを私に向ける。
「今のところは
「本当ですか?!……あのイツミカ王国軍と戦って死者が0?」
ビルブァターニは、イツミカ王国軍に対してそれなりの評価をしているのか。そういえば、さっき襲撃してきたイツミカ王国は、我々がどんな攻撃をしようとも怯みはしなかった。敵ながら天晴れと思ったものだ。
「あっ!中隊長!こちらに!」
右腕に白地に赤十字を携えた、女性自衛官、WACが私を呼びつけた。彼女の元には、担架の上に寝そべった自衛官がいる。彼は、防弾チョッキの代わりに、包帯を腹に巻いている。
何事かと、駆け寄った。
「すみません中隊長……こんな情けない姿を見せてしまって」
「黙って寝てて下さい」
私がしゃがんだ瞬間に、寝そべっていた自衛官が上体を起こして申し訳なさそうにしたが、衛生がきつい物言いで制した。
「後送は?一杯だったの?」
「WAPCが一杯で後送出来なかったんです。そんな事より」
すると、WACは、おもむろに傷病者の腹に巻かれた包帯をほどき始めた。
「ちょっと」
何をしているのかと問おうと思ったが、それは
遂に包帯は、彼の腹から離れた。
「……何で包帯を巻いていたの?」
彼の腹は何ともなっていない。戦闘服すら穴が開いたり、焼けたりしていない。
「彼は、『ここが痛い、撃たれた』と言っているので、一応処置したんです。試しに指圧しましたが、凄い悶絶するだけで……」
「いきなり、ぎゅーって、ゴリラ並みの力で――」
「うるさい!」
彼の方は、命には別条無い様だが奇妙だ。本人は撃たれたと訴えているのに、銃創が無いなんて。
「新渡戸さん。一体どうしました?」
「あっイリューシャン」
私は、声を聞いてイリューシャンの存在を思い出した。振り返ったが、イリューシャンは後ろにいない。
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