第五部
〈「横須賀! 応答せよ、横須賀! こちら、ありあけ! 応答せよ! 頼む!……横須賀総監ですか? はぁ、良かった。……はい。状況を報告します。現在、我の外的損傷は確認せず。ただし、対空、対水上、航海用レーダー等が恐らく電子妨害を受けて使用不能。GPSとの同期を試みるも、失敗。現在位置が把握できてません。…え?! 水上戦闘?!」
「合戦準備!!」
「横須賀、こちらありあけ! 現在、国籍不明の木造船と交戦状況に入った! 目標からの砲撃を受けた! 被害は無し! 被害は無し! どうぞ!」
「合戦準備良し!」
「自衛権の行使の可否を問う!……へ? 国籍が分かるまで許可できない? 相手は、テロ組織ともとれる! そしたら、反撃できるでしょう!?」
「面舵一杯!! 第五せんそーく!!」
「目標の砲弾、弾着する! 総員、衝撃に備え!」
「このままじゃ、ありあけは沈みます! どうか、反撃の許可を! ガレオン船の所有者ならすぐに判明するでしょ!」
「艦長! 陸地が見えます」
「何? ここは太平洋上のはず。日本からは数百キロも離れているはずだぞ」〉
小型録音再生機は、ここで音を出すのをやめた。
「これは、海上自衛隊の喪失艦であるありあけからの通信を聞かせて頂いたとき、私のポケットの中で偶然録音ボタンが押されていたものです」
巻口隊長がおっしゃっていた、"支離滅裂で理解不能"な報告。無線の中には、報告者以外の声も入っていて隊員は皆、興奮して声が大きくなっていた事が分かる。
確か、ありあけはF-35Aが消えた場所の周辺で、捜索中に消えたと聞いた。ならば、当然、陸地が見えるなどあり得ない話だ。
「防衛省は、磁場の特異点を発見した直後、様々な公立、私立大学の有識者を誘致して謎を解こうとしたらしい。結論として出たのが、ありあけは無線通信があった頃には既に、この世界にはいなかった。そして、その磁場の特異点は"この世界"では無い、接続された別の世界である可能性が高い、というのがあったらしい。ただ、仮に磁場の特異点が繋いだ別の世界がビックバンと共に同時に生まれた、いわゆる並行世界であった場合、並行世界のマイナスと"この世界"のプラスが強力な磁石のようにくっつき合い、どちらの世界も潰れてなくなるという学説もあるらしい。しかし、今回はそのようなことが起こらなかった。可能性を挙げていけばキリが無いらしいが……」
ここで、佐貝艦長がようやく語るのをやめてくれた。
「頭が痛くなってきた……」
つい独り言のように文句を言ってしまった。
「すまない。これでも私は、大学では哲学や論理学、物理学とかをとっていたんだ。詰まるところ……我々は、そんな実証も観測もされていない世界に送られてしまうというわけです」
「すまん。低学歴なのが露見してしまいますが、その実証とか観測とかされていないと何かあるのですか?」
斎藤隊長が手を挙げて、遠慮がちに質問した。
「観測されていない、という事は存在しない事と同義なのです。そこに行くということは、我々自身も観測出来ない存在になり、消えてなくなるかもしれないです。ですがこれは、状況証拠しかないですがありあけが「ありえない」と主張してくれています。何故なら、その磁場の特異点の向こう側から"ありあけ"が"ありあけ"の存在を証明したのですから」
「成程。訳が分からん」
「とりあえずは大丈夫でしょう」
「成程。分かった」
私は、隣の夜春がもぞもぞしだしたのを見て、どのくらい話していたのだろうと思い、手首を引き腕時計を見た。
入室したのが1345で、時計は2017か。大体、六時間……おかしくない? 確かに難しい話で、その位経ってる気がするけど、腕時計までそんな空気読まないよね。正しく時間を教えてくれるよね。
「お? どうした? 新渡戸」
巻口隊長が私の異変を感じ取ったようだ。
「時間が……」
「現在、磁場の特異点の影響で、日本近海の太平洋の磁場は荒れに荒れています。海上・航空双方での航行禁止命令が国交省から発令されています。今この艦は、海図と目視を頼りに航海しているのです」
「そんな……ここまで、影響が」
全員が、時計を確認する。そして、また斎藤隊長が喋った。
「ところでなんだが、そこのお嬢ちゃんは誰だい?」
「お、おじょ?!」
さっきと全く同じ反応しているよ。
逆に面白いな。
「私のひっつき虫です」
夜春が答えないようなので、私が簡易的に紹介を済ませておいた。
「もう…新渡戸隊長は何であんなこと言うんですか?」
士官室から中即連第一中隊が割り当てられた部屋への移動中。夜春は、いまだにひっつき虫の件でお怒りのようだ。
目標到着まで、こいつのせいで体力を消耗しきらないといいけど。
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