#41
●
「その日の晩、『会社』の突撃部隊が俺を救助した。そして俺はこうして生きて、あの地獄の泥沼から帰ってきた」
エリは何も言えなかった。
「その日から、誰かを抱けるようになるまで、4年かかったよ」そして、苦笑しながら、続けた。「でもいまでも、明るい部屋で、誰かの目を見ながらすると、気持ちが折れる。勃起も、途切れる。腹の底にまだ、戦争が残っているんだ」
ベッドの中の柏木の声は、あまりに淡々としていた。
「そして来週、また俺は戦場へ戻る」
「ソウルは、戦場なの?」
「日本はあの年と同じだ。『気楽な一年』と。すぐそこにあり、目を凝らせば見えるものをいつも、見ないようにしている。そうだよ、ソウルはもう、戦時下だ」
●
その出来事をきっかけに、彼は『会社』を退社した。
日本には帰らなかった。
誰も家族のいない日本に、帰る理由がなかった。
だから彼はまた、とある世界の辺境での紛争地帯で職を得た。
国連の難民保護を主任務とする組織の、現地コーディネーターだった。その肩書は、彼が慣れ親しんだ「鉛玉が飛び交う現場での何でも屋」を意味した。
しかし、今度の仕事は、彼の魂の奥底にかすかな
あのジンバブエの首都、ハラルの郊外で見た、黒い人の波。
無気力にただ、戦場となった故郷を離れるためだけに、赤土の大地を歩き続ける人たち。
そして、人間としての尊厳を踏みにじられるようなレイプ。
そんなあってはならない出来事を減らすために。自分の知識や経験が役に立つのなら。その思いが彼をまた、荒廃した街へ駆り立てた。
穏やかだった自分の幼年期は、2018年の東京で、家族とともに蒸発してしまった。そして2025年のジンバブエの大地に人としてのまともさも捨ててきた。
4年にわたる警備コンサル会社勤務で、世界の戦場を渡り歩いたが、自分の手ずから誰かを
自分の中にはずっと、リアルでシビアな戦場がありつづけた。
それが、彼の言う『出鱈目な暮らし』のあらましだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます