#27





 ●





「……なんで、と訊いてもいいのかな?」


 幹をゆっくり抜くと、エリの横に仰向けに倒れ、天井を見つめてヤマギシは言った。


「聞いても、あまり、楽しくない理由だったら?」

「それでも、聞いておきたいね」

「どうして?」

「きみが、得難いパートナーだと思っていたからさ」

「寝る相手全員にそう言ってるのでしょ?」

 思わず返してしまった言葉に、エリは少しだけ後悔した。


 ヤマギシは何も言わず、黙って天井を見上げていた。

 その沈黙が、何より雄弁にヤマギシの不満をエリに伝えていた。


 ――――それはそうだ。


 今の今までしていたことは、言葉はどうあれ、恋人同士の深いつながりに限りなく近いセックスだったのだから。

 つながっている間、ふたりにはひとかけらの嘘もなかったから。

 それを、まだヤマギシがエリの中にいる間に、叩き壊してしまったのだ、とエリは思った。


『きみは、心をどこかに、置き忘れてしまうことがあるね』


 いつか、あの人に言われた言葉を思い出す。

 あの、に。


 でも。


 と、エリは心の中で思う。仕方がないことだ、と。だから、


「仕方がないの」


 と、静かに告げた。


「本気で好きになれそうな人ができたから、あなたとはもう、寝られないの」





 ●





「この街にはどのくらい?」

「極東駐在所はこの街に置かれているけど、俺は普段はフィールドに出ているからね。この街にはそんなに長く暮らしたことがないんだよ。いつもホテル暮らしさ」

「なら、私がディナーのお店にエスコートしてあげる。ご希望は?」

「キムチが入っていないものなら何でも。朝鮮料理は嫌いじゃないが、あの街のものは食べすぎた」

 柏木は笑って言った。


 ふたりのグラスは空になっていた。

 給仕長がそれに気づいて、ワインボトルを持ってくる。

 と、柏木はグラスに手で蓋をした。

「すまない、もう、ここまでで」

 給仕長は軽く一礼すると、エリに目配せをしてその場を立ち去った。

 エリはその視線を半ば無視して、柏木に言った。

「おいしいおでんを出してくれる店があるの。季節外れだけど、日本の味が恋しいでしょ?」

「悪くないね」

 エリは立ち上がった。

 そして柏木に左手を差し伸べた。

 柏木はまぶしそうにエリを見上げた。

「ここからそう遠くはないわ。行きましょう。おなかを充たした後は、あなたと、もう一度、寝たいの」

 柏木の苦笑いが、返事だった。




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