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自分との出逢い

第1話 溢れ出たもの

 こんなつもりはなかった。


 涙が溢れて止まらない。なぜ泣いてるのか、自分が泣くことなんか想定していなかった。自分の感情をコントロールできないまま、突然溢れ出した涙を、どう扱っていいのか分からなかった。


 もうすぐ三十歳になるが、記憶してる限りでは初めてじゃないだろうか。嗚咽が漏れるほどの泣き方をするなんて。


 なぜ、涙は出たのか。



 ただ、歌を聴いていただけだったのに。最近の習慣になっていた。一人暮らしで、誰にも遠慮なんかする必要はないのにイヤホンを付けて歌を聴きながら寝る。時々動画を見たりして、その存在感に圧倒され、よく分からない高揚感に浸りながらオレは、寝ていたのだ。


 彼の歌を初めて聞いたとき、自分の中に閉まってあったはずの夢が動き出したように感じた。閉まってあったというよりは日常の中に埋もれ、とっくに忘れていた、その程度の、ちっぽけな夢。

 それを動き出させ、オレもやれば出来るなんて気になってしまった。オレだって……!そんな気にさせられた。

 それがいけなかったのか?彼の歌は、オレを応援してくれているものだとばかり思っていたのに。


 なんてことしてくれたんだ。


 コントロール不能となった感情と溢れでる涙を、人のせいにすることしかできない。説明できないこの感情は、一体何だ。涙の理由が分からない。

 

 オレンジ色の弱々しい明かりに包まれた部屋の中、オレの手元で光を放つ彼は、余りにも眩しすぎて、それなのに目を離す事も出来ずに、ただ滲んで見えるスマホの画面を見つめる事しか出来ない。


 こんなオレは、オレじゃない。


 平凡な人生に文句なんてなかったし、平凡な生活が幸せだってことも分かっていた。このままの生活で十分だったはずなのに、何を思ったか欲をかいたのだ。夢を見た自分が恥ずかしくなった。


 それならこの涙は、恥ずかしさから出たのか?それとも結局何も出来ない無力感か?若しくは全てを持っているだろう彼への嫉妬心か?


 それらしい理由を考えてみたものの、どれも納得のいく答えではなく、やはりはっきりとした理由が見つけられなかった。


 その一方では、泣いている自分を冷静に見ているというのに、その冷静な頭で心の動きをコントロールする事も出来ない。


 しかし、そもそも意識下にあった夢を意識させたのは、彼じゃなかった。もっと他の、別の人。別の歌だった。


 たまたま付けていたテレビの歌番組から流れてきたその歌は、10歳の頃のオレを思い出させた。

 記憶がゆっくりと、そして少しずつ鮮明に描き出されていくようだった。


 

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