第48話 赤い糸

俺は今、ストーカーに付き纏われている。

特に理由はなく、通っていた大学近くのバイト先で、突然変な女にこう言われたのだ。


「ねえ、赤い糸って聞いた事あるでしょ?私と貴方、赤い糸で結ばれているみたい……」


そう言ってニタニタと笑う女。


俺と同い年ぐらいで、長い派手目の金髪に丸眼鏡。

アジア系の民族衣装っぽい服装。

どこか奇抜で、正直一見見ただけで関わりたくない人物だった。


バイト中でもあり、一応はお客様ということもあって、俺は引きつった顔でありがとうございますと、ただそれだけを言い残して逃げるように厨房へ戻った。


バイトも終わり、その日は結構激務だったせいか、俺はすっかり昼間の事など忘れて帰路に着いた。


欠伸をしながら玄関に鍵を差し込む、その時だ。


「赤い糸辿ったら家が分かっちゃった……」


「えっ?」


状況がよく飲み込めなかった。


あの女だ。

丸眼鏡の女が俺の側に立って、こちらを見ながら薄気味悪い笑みを浮かべている。


着けられた!?


反射的に仰け反ると女は、


「何で嫌がるの?ありがとうって言ってくれたじゃない」


口を尖らせて言いながら、俺に近付いてくる。


「く、来るな!」


思わず威嚇して叫ぶが、丸眼鏡の女は動じるどころか歩みを止めようとしない。


「貴方には赤い糸が見えないの~?」


「み、見えるかそんなもん!あんた頭おかしいんじ「ないかっ!?」


その瞬間だった。


「だったら見せてあげるううぅ!」


ニヤけた顔を更に歪めながら女が身を乗り出してきた。


思わず両手で前を覆うようにして構える。


「やめろ!!」


と、俺が叫んだ時だ。


左手に激痛が走った。


僅かに開けた視界に見えたのは、宙を舞う俺の指と、左手の小指から飛び出した血飛沫。


「うあああぁっ!!」


エントランスに転がり左手小指部分を必死に押さえつけながら、俺はその場でじたばたしながら叫んだ。


「ほら~こうして~」


丸眼鏡の女は言いながらしゃがみこみ、エントランスに流れ落ち、血溜まりになった箇所に、自分の右手の小指を着けてニヤリと俺に笑って見せた。


「繋がったああぁ!」


女の歓喜の声が夜空に響き渡る。


狂ってる。

この女は完全に狂ってる!


だが、俺は激しい痛みと急激に襲い来る寒さと眠りに包まれ、ガクリと身体を倒し意識を失ってしまった。


その後、俺は近隣住民に玄関前で倒れているのを発見され、病院へ緊急搬送された。


発見が早かったせいか、小指の接続手術も上手く行き、俺は事なきを得た。


回復した俺は何度か警察に事情聴取を受けたが、ある日、再度訪れた警察にこう言われた。


「犯人見つかったんですが……」


警察の話によると、女はアパートの近くで飛び降り自殺を図り亡くなったらしい。

所持していたナイフに血痕が付着していて、その血と俺の血が一致したのだとか。


気休めだが警察には、


「一応もうこれで被害に合われることはないと思いますので……」


と、事件解決の知らせを受けた。



すっかり回復し退院した俺は家に戻り、引越しの荷造りをしていた。

事件が解決したとはいえ、こんな所にこれからも住むのは気持ちが落ち着かない。


ある程度の荷造りを終え、ふうっと一息ついた時だった。


「ねえ……」


背筋を寒気が襲った。

真夏だと言うのに冷たい汗が次々と滲んでくる。


聞き覚えのある声。


だがそんなはずは無い。

あの女は自殺したと言っていたじゃないか!


思わず衝動的に背後に振り向くと、


「赤いマフラーって知ってるううぅ!?」


あの丸眼鏡の女が、右手に持った何かを俺の首筋に勢い良く放った。


銀色に鈍く光るそれが、俺の首を横凪にした瞬間。


俺の首元から凄まじい血がほどばしり、女の首に飛び散った。


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