第46話 茜ちゃん

俺はある日、叔母からこんな相談を受けた。


『子供が一人で帰りたくないから迎えに来てって言うのよ。何でも帰り道の坂でお化けが出るんだって』


それを聞いて、昔そんな話俺の時もあったなと苦い笑いした。

夜になって墓の近くを通ると赤い服を着た女に追い回されるとか、あのトンネルを一人で歩くと異次元に飛ばされるとか。


今どきの子供たちの間でもそういうのあるんだなと、その時は妙に感心したのを覚えている。


ある日、俺は友人と遊びに出掛け、たまたま叔母から聞かされていた、例の茜ちゃんが出るという場所を通った。


丁度時間も夕方で、空が不気味に青がかり、真っ赤に燃える夕日が沈みかかっていた。


何となくあの話を思い出した俺は、


「茜ちゃんねえ……」


と、一言呟きながら肩を竦めて見せた。


すると、


「ねぇねぇお兄ちゃん?」


どこからともなく聞こえる少女の声。

思わずドキリとしながら辺りを見渡すと、七歳くらいの女の子が俺を見ながらニタニタと笑っていた。


「え、え?おお俺?」


自分で自分を指さして聞き返すと、少女は満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「うん!一緒にブランコで遊ぼう!」


「ブランコ?」


よく見ると、確かに近くに公園があり、誰もいないブランコが風に揺られている。


「あ、いや今からか帰らないといけないし……」


「ええ」


「ごめんね」


そう言い残し少女に背を向ける。


「やだ!」


「えっ?」


その場を去ろうとした俺の手を、少女がいきなり掴んできた。


思わず肩を震わせる。


もしかして……茜ちゃん?


急速に身体中が冷えていき、全身に悪寒を感じる。


「や、やめ、」


そう言いかけた瞬間、


「おおい明美~もう遅いから家に戻りなさい~い」


突如大人の男性の声が響いた。


「ちえっ……ブランコ乗りたかったのに……」


少女はつまらなそうにそう言うと、二階建ての住宅に走って行ってしまった。


「茜ちゃんじゃなくて明美ちゃんかよ……」


ため息をこぼし、その場から再び歩き出す。


そう言えばなぜ茜ちゃんなのだろうか?


不意にそんな事が頭を過り、俺はスマホを取り出し叔母に電話を掛けた。


「あ、俺だけど、この前話してくれた茜ちゃんの事なんだけどさ……そうそうそれ、何で茜ちゃんって呼ばれてるわけ?」


などと電話口で喋りながら坂を下った時だった。


『夕方頃に出てきて、全身が茜色に染まっているから茜ちゃん、らしいわよ』


叔母の声が耳元で聴こえた時、アスファルトに背後から長い影が伸びて来るのが分かった。


人?


誰か坂の上にいる。


ふと背後を振り向いた瞬間、坂の上から


「あ"あ"あ"あ"ああああぁぁっ!」


絶叫する少女の声。


俺はその姿を見て声を挙げる事もできずに走り出した。

何も考えられない、とにかく無我夢中でその場から逃げた。


気が付くと、俺は自分のアパートに戻っていた。

どこをどう走ったのかさえ覚えていない。

それだけ頭は混乱していた。


部屋に戻り冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、それを一気に喉に流し込んだ。


ズキズキと痛む脇腹を手で抑えつつベッドに倒れ込み、ポケットからスマホを取り出すと、息を整えながら再び叔母に電話した。


「あっもしもし……」


『どうしたのあんた?さっきは急に電話切れちゃうし』


聞いてくる叔母に、俺は先程遭遇したアレについて話した。


「あれ……夕方のせいじゃない……」


『え?何が?』


「茜ちゃんだよ……」


俺が坂の上で見たもの、それは……。


全身を血で染め上げた……女の子だった。

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