第42話 龍神様と祖父
※「龍神様と飴」をお読みになると、もっと楽しめるかもです。
これは、先週亡くなった祖父に纏わる話だ。
九十四歳という大往生で亡くなった祖父には、何かと不思議な事が身の回りで多々あった。
まず祖父は大きな病気や怪我を一切した事がない。
大きな事故に巻き込まれた時はあったが、なぜか祖父だけは無傷だった。
一度その事を祖母に尋ねると、
「おじいちゃんにはね、龍神様がついてるから大丈夫なのよ……」
と、優しく微笑んでいた。
「龍神様……?」
そう再び問い掛けると、祖母はこんな話を俺に聞かせてくれた。
祖母と祖父は、親戚の紹介で知り合い、お互い一目惚れだったらしく、あれよあれよという間に結婚が決まったのだとか。
だが、順風満帆な新婚生活、とはいかなかったらしい。
それというのも、祖父と一緒に住み始めてからというもの、祖母は毎晩おかしな夢を見るようになった。
それは、艶やかな着物を着た美しい女性の夢だったらしい。
女性は毎晩祖母の夢の中に現れては、祖母の日頃の家事全般にダメ出しをしてくるらしく、やれ掃除が雑だとか、祖父はこれが嫌いだから料理には二度と出すなとか、味噌汁がしょっぱい、塩分多めにして祖父を早死にさせる気か?などと、とにかく文句をつけてくるのだとか……。
ある日、祖母は耐えかねてその女性に、夢の中で言い返したそうだ。
「何で貴女にそんな事を一々言われなくちゃならないの!」
と……すると女性は突然、潤んだ瞳でキッと祖母を睨み返したかと思うと、大粒の涙を零しながら祖母に、
「何でお前なんだ!あいつはうちの……うちが先だったんだぞ!それをお前が……うう……うええん!」
そのまま女性は泣き続け、やがて涙は大きな池ほどになり、それに流されそうになって祖母は目を覚ましたという。
祖母はなんだかいたたまれない気持ちになり、翌日、凝りもせず夢の中に現れた女性に、昨夜の事を謝った。
すると女性はその日以来、祖母に対してあまりきつく当たることはしなくなったらしい。
そして祖母は、女性から自分は龍神様だと言うことを、聞かされたのだとか。
龍神様と祖父は幼い頃に出会い、ずっと一緒にいる事を誓った仲らしく、そんな矢先に、祖父と祖母が出会ってしまった。
自分はこの世の者ではなく、人は人の理に生きる者だから、それを邪魔したくない、けれどやはり諦めきることはできないと、祖母に訴えたそうだ。
そんな話を聞かされた祖母だったが、当時から変わり者だった祖母は、じゃあ二人で祖父を支えようと提案したのだとか。
我が祖母ながら呆れそうになる提案だが、ともかく、こうしておかしな同居生活の幕が上がった。
毎夜夢の中に現れる女性と、祖母はお互いに語り合うようになったのだ。
主に祖父との思い出話だが、時に不満など、互いに愚痴を零しあったりしたという。
とまあ、祖母から聞いた話はだいたいこんなところだ。
とても信じられない話だが、余りに楽しそうに話す祖母を見て、俺は終始相槌を返し話を聞いてやった。
だが、そんな話を裏付ける様な事が、ある日起こったのだ。
それは、祖父が亡くなった晩の事。
祖父の訃報を知らされた俺は、急いで実家に帰郷した。
外は生憎と記録的な大雨、他の親戚連中は到着が遅れるとの事で、俺と祖母だけが、祖父の家に取り残されてしまった。
山間にある祖父の家は、夜になるととても静かで、雨の音だけが大きく耳に響く。
外では遠雷が轟き、その音もだんだんとこちらへ近付いているようにも思えた。
雨足も酷くなり、風のせいで部屋中の窓という窓がガタガタと悲鳴をあげている。
そう言えばこの辺りは土砂崩れもたまに起きると聞く。
俺はどうしても気になって、裏山の様子を見に行く事に決めた。
祖母に話しても心配されるだけなので一人でコッソリ家を抜け出す事にした。
殴りつけるような雨、目を開けるのも厳しい中、俺は雨具と懐中電灯を持って外に出た。
けもの道をぬけ、祖父の家が見渡せる崖の上に立つと、周辺を懐中電灯で照らす。
地面はぬかるみ、木の根元が所々抉れている。
まずい……このままじゃ……。
もしがけ崩れでも起きたら家は人たまりもない。
避難した方がいいのかもしれない。
そう不安が過ぎった時だった。
突如大きな落雷が鳴り響き、辺り一面が真っ白になった。
鼓膜が麻痺し、キーンという音だけが鳴り続ける。
その直後、今度は身体中に激しい衝動と激痛が俺を襲った。
もう何が何だか分からない。
突然衝撃で投げ出された俺の体は、地面に叩きつけられ、やっとの事開いた視界の先には、俺の足に一本の大きな木がのしかかっていた。
周囲には雨に混じって焦げ臭い臭いが立ち込めている。
どうやら雷が落ちたらしい。
巨大な木には袈裟斬りにされた様な痛々しい跡が残り、黒い煙を上げている。
感電しないだけマシではあったが、動かせない足と激しい痛みに耐えかね、俺は思わず叫び声を挙げていた。
しかし、この雨のせいで俺の声は掻き消されてしまう。
助けを呼んでも聞こえないどころか、今は夜中だ。
最悪の状況に身も心も震わせていると、
「そこな童……」
突然、どこからともなく女の声が聴こえた。
激しい雨音をものともしない、凛とした響く声。
「だ、誰!?」
必死に聞き返す。
「無事のようだな。ここはもうすぐ崩れる、早く逃げろ」
女性の声が返ってきた。
崩れる?もしそんな事になったら家が……。
「逃げろって……あ、足が動かせないんだ……それに崖下にはうちの家が……!」
「全く、人間とは世話が……うち?お前……ひょっとして〇〇の血縁者か……?」
〇〇……?それは祖父の名前だ。
祖父の知り合いか?
いや、にしては声が若い。
「そうか……ふふふ、これも何かの縁か……おい童よ」
「は、はい?」
「祖母に……〇〇に宜しく伝えてくれ、あいつの事、後は任せろとな」
今度は祖母の名前だ……。
あいつ?祖父の事か?
「あ、あの貴女は……?」
そう声を投げかけた時だたった。
青白い稲光と共に地面が爆発するような音。
またもや辺り一面が真っ白になった。
そして何故か、俺の意識もそれに呼応するようにして薄れていく。
瞼が重い。
ゆっくりと閉じていく視界の先に、巨大な蛇のような鱗が蠢くのを、俺は見た気がした……。
目を覚ました時、俺は家の縁側に寝かされていた。
あれだけ散々な目にあったにも関わらず、傷どころか痛みも嘘のように消えてた。
空は昨日とうって変わって晴れ渡り、雲ひとつない青空だ。
遅れてきた親類も無事到着し、まるで昨日の嵐のような夜が嘘みたいだった。
が、そんな矢先に事件は起きた。
祖父の遺体が消えた。
跡形もなく。
家中は直ぐに大騒ぎとなった。
警察が家にやってきて色々と取り調べも受けた。
だが、そんな警察に、昨夜隣の部屋で寝ていた祖母は言った。
「探さなくても大丈夫……あの人はきっと、今頃あの人と一緒に幸せに過ごしてますよ……」
話を聞いていた警察には祖母の痴呆症を疑われ、親類一同は大混乱だった。
後に、祖父の遺体があった部屋を片付けていると、変なものを見つけた。
それはハッカの飴だった。
確か祖父はハッカの飴が嫌いだったはず。
飴のお菓子を買ってきた時も、ハッカだけ食べずに孫に配っていたのを覚えている。
「ふふふ……もうこれは必要ないのかしらね……」
不思議そうにハッカを見ていた俺を見ながら、祖母はどこか悲しそうに、だがどこまでも優しい顔で、何時までも小さく微笑んでいた。
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