手紙

@mozukusa

2019年 手紙

それは今も突風のようにやってくる。

湿気と熱気を含んだ風が夏を突き上げる。


今でも忘れない。清潔感と看護師の足跡だけが染みついた白い廊下。

君の悪態と、ばつの悪そうな僕の顔、それから飛んでくる目覚まし時計。

仕事で疲れた僕と不機嫌さを隠そうとしないふてぶてしい君。


手が届かないけど声は届く距離。君には触れないけど布団には手が届くくらい。

君が腕を振り上げればその手を払えるし、必要なら手を伸ばして頭をなでてやることもできる。

それがあなたとわたしの距離だった。


君がいれば今でもそうだったろう。

いや、君の手癖ももっと落ち着いてるかもしれない。そもそも僕も多少は気を使えるようになったし、そういうことなら根本的に解決だ。


今でも忘れない。

携帯電話での通話、あなたの父からの、覚悟はしていた。

真っ黒な商業ビル、灰色のアスファルト、薄墨の街路樹。

尾を引く線香の煙と、きれいな君の口紅。

綺麗な肌、細い腕、白い服、木の板。

空、建物、天井、部屋、もの、わたし、なにか。


だから今なら肩が触れるくらいの距離が普通になってたかもしれないね。

ふてぶてしくしてるよりも笑ってる顔のほうが好きだ。

次のステップアップはそれを言葉にすることくらいになってたんじゃないかな。


土砂降りの雨と照明の光。作りかけの、木目がむきだしの大道具。

淡く照らされるカラフルな衣装。大学の講義をほっぽりだして喧々諤々、芝居の話。

もちろん、勉強もした。講義にはいかないけど本は読んだし、ディベートにはよくいった。


必死だった。これから先があることに膝をつくなんてだれがしてやるものか。


10色のポスカに販売ノルマの数字。白い紙に商品説明をにらみつける僕。

からそうに見える赤い文字に説得力のありそうな黒くて太い文字。

今でもあのコンビニの看板をみるとへし折って店の中に投げてやりたい気持ちになる。


緑はやっぱり木の葉っぱとかがいいんだよ。

川の水とか地面の茶色とか、最近はそういうのが好きになった。

茶色の線を引く木々に、割ってはいって色を落とす水色の小川。

黄色いテントでも張ってコーヒー飲むんだ。ブラックよりカフェラテのほうが好きだね。


今は、そうだな。月給をあげるのに資格を取ってやろうかと思ってる。

応用技術者試験とセキュリティスペシャリストっていう上級資格。

どっかの大型じゃない連休に有給をくっつけて、ほら、混雑すきじゃないからさ。

白神山地で写真を撮るか、カヤックのって川下りにでもチャレンジするんだ。


なんか先週から体調が悪くってさ、頭が重くて何が原因なのかわからなくてストレスたまって、ああ、なんだ君のことだったかってふいに思い出した。

大泣きをして、それだけじゃ悔しいから少しでも文章にでもして形にしてやるんだ。


まだ覚えているよ。話がしたいと思うよ。思い出す頻度は減ったんだ、年に1回くらいかな。

だからまた来年だな、いや再来年くらいになってるかもしれない。

まあいいか、そういうわけだから、×××××な。

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