バディ!!

 三連休の初日だけあって、昼下がりのショッピングモールは多くの人で賑わっていた。昼食を食べた後は「一時間の自由行動」としていたが、そろそろその一時間が終わりを告げようとしている。

 美琴は、弘樹に電話をかけた。


「いま、どこ?」

「二階のナノ・ユニバースの前」

「じゃあ、いまからそっちに……ドン!痛っ!」

「どうした?」

……………………ちょっと、何するのよ!

「美琴? どうした?」


 *


 電話で話し始めた直後、美琴は背中に衝撃を感じた。思わず、手にしていたスマホを落とす。黒いキャップを被った小柄な男が、美琴のハンドバックを奪って逃げようとしていた。

「ちょっと、何するのよ!」

 美琴は慌ててスマホを拾い上げると、男の後を追った。


「弘樹、ひったくりに遭ったわ!」

「え? ひ、ひったくり? 美琴が?」

「そう! 犯人は三階なんだ!?のロフト前を抜けて、中ひったくりだって!央通路を西に向かえ、まじ!?って逃走中!」


 美琴の声の後ろで、周囲のざわめきが聞こえてくる。弘樹は、手にしていたフロアマップを確認する。犯人は自分の頭の上の通路をこちらに向かって走ってきているはずだった。

「いま、その先の一つ下の階にいる。エスカレーターで上る」

 そう言いながら、すでに弘樹は走り出していた。


「犯人の特徴は?」

「黒のキャップに、黒のパーカー、それにジーンズ。いま、エスカレーターを降りてるわ!」

「え、エスカレーターって俺が上ってるや「令和」ってなんか未来感あるよねつかな?」

 ほどなく、美琴の前方に弘樹がひょっこり姿を現す。

「そうみたいね、すれ違ってるわよ!」

 弘樹が急いで踵を返し、下りエスカレーターに乗る。

「あ、あいつか! 俺は左側の通路を行くから、美琴は右側に回って!」

「わかった」


 そう答えながら、美琴は弘樹の後を追う。エレベーターに差し掛かったところで、上ってきた女子高生たちが「令和三十年とか、普通に車が空飛んでそう」と笑いあっているのが聞こえた。


 長い中央通路の、吹き抜けを挟んで左側を弘樹が、右側を美琴が走る。


「くそっ、あいつ、走るの早いなお客様にご案内を……

「てか、あなた遅くない? 私、抜お車ナンバー「横浜 た」の……かすわよ?」

「これでも、学生時代は陸上部だった「72」……「横浜」…… んだけど」

「それでも?」

「長距離が専門だったから。一万メートルお車のヘッドライトが付いておりますとか」

「……長期戦に持ち込んでる暇はないお急ぎ、お車にお戻りくださいわよ。まだ買いたいものがたくさ繰り返し、お客様に……んあるんだから」

「あ! あいつ、エレベーターに!」


 美琴は男の姿を探した。弘樹の言うとおり、ドアが閉まりかけていたエレベーターに男が滑り込むところだった。完全に閉まったところで、弘樹がエレベーター前に到着するのが見えた。


「そのエレベーター、上? 下?」

「下だ」


 美琴は吹き抜けに身を乗り出して、下の階に目をやる。

「あなたは下に降りて!」

「わかった」

 弘樹が来た道を戻っていく。少しして、下の階で開いたドアから男が出てきた。

「男が出てきた。下の階をあなたと同じ方向に向かってる」

 だが、男は通路を横切ると美琴と同じ側にやってきた。真下に入られ、美琴から男の姿は見えなくなる。

「死角に入った。見失ったわ」

 電話の向こうにそう報告し、美琴も下の階に向かうべく、来た道を戻る。「そっちは?」

 「さっきのエスカレーターで下に降りてきた……くそ、人が多すぎて、見つけられない」

 弘樹のその言葉に、美琴の脳裏にある考えが浮かんだ。


 *


 弘樹は、エスカレーターまで戻って一階に降りたものの、男の姿を見つけられずにいた。行きかう人の波に、小柄な男は完全に飲み込まれていた。


 ――ひったくりに逃げられるなんて、美琴のプライドが許さないだろうな


 弘樹がそう思ったとき、大音量の館内放送が鳴り響いた。


『こちら神奈川県警です。つい先ほど、館内でひったくり事件が発生しました。犯人の特徴は黒のキャップに、黒のパーカー、下は青のジーンズ。身長……』


「え、まじ……」

 弘樹は思わず言葉を失った。


『……館内のお客様に犯人確保へのご協力をお願いします。近くにいま言った特徴に当てはまる人物がいたら、確保願います』


「やりすぎだろ……」


『こんなに人がいるんだから、みんなで取り押さえろ!!』



 *  *  *



 驚くべきことに、本当に一般人の協力により、犯人は取り押さえられた。


 美琴と弘樹は所属する警察署に着くなり、二人そろって署長に呼び出された。もちろん、犯人を逮捕したことを褒められたわけではなく、一般人を危険に晒したことをこっぴどく叱られたことは言うまでもない。


 ついでに、非番の日に二人で買い物をしていたことが明るみに出たことで、日ごろバディを組んで犯人逮捕に努めている二人が、プライベートでもパートナーだということは署員みなが知るところとなったのであった。






『バディ!!』 <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る