エレベーター・バディ・モード!!
Nico
エレベーター・ガール
エレベーターとエレベーターガールはパートナーだと思う。今ではめったに見かけなくなったし、事実、必要かと言われれば疑問はあるけれど、それでもいる意味はあると信じていた。
今日も私は、この機械仕掛けの箱と一緒に三十メートルほどの距離を上下する。
8階 ************(0+5=5)
「下へ参ります」
レストラン街で扉が開くと、そう声を発した。客が五人乗り込んでくる。ベビーカーを押した家族連れと、若いカップル。
「何階をご利用ですか?」
「あ、一階で」「三階で」
食事が終わって、家族連れは退店。カップルは洋服でも見に行くのだろうか。
扉が閉まり、エレベーターは下降を始めるが、またすぐに停まる。
7階 ************(5+1=6)
「七階です。下へ参ります」
年配の男性が一人乗ってきた。階数パネルを見やるが、特に何も言わない。
5階 ************(6-1+4=9)
乗り込もうとする主婦四人組を押しのけるように、七階から乗った男性が降りていく。あんた、ボタン押してなかったじゃないか。
「何階ですか?」
「地下一階、お願いします!」「B1で」「地下二か……あ、一階か」
「……かしこまりました」
デパ地下スイーツだろう。
定員十五名のエレベーターは、ベビーカーがあることもあり、かなり混みあっていた。こんな時、客はエレベーターガールが邪魔だと思うのだろうか。
3階 ************(9-2=7)
カップルが降りるために、主婦たちが一度外に出る。
「ここ?」「ここじゃないわよ。お兄さんたち降りるから」「あら、お兄さん、イケメン。ジャニーズみたい」「ちょっと、やめなさいよ」
扉、閉まりますよ?
1階 ************(7-3=4)
「一階です」
家族連れが「ありがとうございます」と小さな声と会釈を残して去っていく。エレベーターの中には、主婦たちのおしゃべりだけが残った。
B1階 ************(4-4=0)
喧騒を引き連れて主婦たちが降りていく。扉が閉まり、エレベーターはなおも下降を続ける。
B2階 ************(0)
「地下二階です」
降りる人も、乗る人もいない。
「……降りないの?」
「降りないよ」
「何回往復すれば気がすむの?」
彼女は口元に薄く笑みを浮かべながら、呆れたように言った。
「君が降りるまで乗ってるって決めたんだ」
「……交代の時間だわ」
左手首の内側にした時計に目を落とすと、彼女はそう呟いた。
彼女が『開』のボタンから指を離すと、扉は音もなく閉まる。エレベーターは再び上昇を始める。
1階 ************(0-2=2)
彼女が降り、僕も降りる。入れ違いに扉の外で待っていたエレベーターガールが乗り込む。
「お疲れ様でした」
彼女にそう声を掛けるのが聞こえた。彼女の口元が、何かを堪えるように歪んだ。
1階 ************(0+2=2)
デパートのそれより遥かに小さいエレベーターに二人で乗り込む。もちろん、エレベーターガールは、ここにはいない。彼女は、たぶん癖なんだと思うが、階数ボタンの前にすっと納まった。
時代の流れに歯向かうように、彼女の勤め先のデパートはエレベーターガールを存続させてきた。だが、それも今日までだった。明日からは、客たちは自分でボタンを押すことになる。
彼女は自分の仕事に誇りを持っていた。絶対に必要とは言えないけど、いる意味はあると信じていた。
僕もそのとおりだと思った。
3階 ************(2-2=2)
伸びる彼女の手を制し、僕が『開』のボタンを押した。
「今日は、君が先に降りる番だ」
「……ありがとう」
二人で並んで、廊下を歩いた。後ろでエレベーターの扉がゆっくりと閉まり、光を地上へと持ち去る。
僕はそっとパートナーの肩を引き寄せた。
『エレベーター・ガール』 <了>
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