【第三巻:事前公開中】魔法で人は殺せない12
蒲生 竜哉
リリィの安息
その日、リリィは気分が良かった。そこでリリィはちょっとした散歩に出かけることにする。だがその帰りに想定外の人物に遭遇し、事態はまたしてもリリィの思いもよらない方向へと転がっていくのだった……
第一話
その日リリィは気分が良かった。
朝の天気は薄曇り。だが、曇天が多い王国において薄曇りはほとんど晴天と変わらない。気温が少し温み、風も柔らかで気持ちが良い。
(もうすぐ春なんだわ)
窓を開け放ち、パタパタとリビングにハタキをかける。
(そういえば今日はお買い物もないし、午後にお散歩に行ってみようかな……)
今日の夕食のお肉は昨日の晩からレンジの上でトロトロ煮込んでいる。今日はじっくり煮込んだビーフシチューになる予定だ。
「ニャー♪」
ごはんをねだる、歌うようなキキの声。
「いらっしゃい、キキ」
リリィはキキを階下のキッチンに連れていくと、シチューを作った時に出た切れっ端の肉を小皿に入れてあげた。まだ子猫なので、隣の皿にはミルクも少し。
ついでにシチューの様子を確認しながら顎に指をやり、今日の予定を考える。
(午前中はお洗濯をして、お昼を食べたらちょっとお掃除。お掃除の後にお散歩に行くくらいなら……)
基本的に時間の使い方はリリィの裁量だ。メイド長がいるようなお屋敷ではそうも言っていられないのかも知れないが、ダベンポートはリリィに甘かった。
(うん、いい考え)
リリィの朝は忙しい。八時に朝食、それまでにはお弁当のサンドウィッチもできていないといけない。ダベンポートが登院したら急いでお洗濯。お昼はダベンポートのお弁当と同じサンドウィッチを食べ、ちょっとのんびりしてからお掃除の時間。
(今頃旦那様もお昼かしら?)
膝にキキを乗せたリリィはサンドウィッチ──ちなみに今日は
他に考えることがない訳ではないのだが、手隙になるとついダベンポートの様子を想像してしまう。
(今日は何もおっしゃっていなかったから、きっと早く帰ってくるんだろう……)
だとしたら、お散歩も早めに切り上げないと。
リリィは急いで残りのサンドウィッチを食べると、掃除の残りに取りかかった。
+ + +
三時過ぎに掃除を終えると、リリィは身支度を整えてお散歩に出かけた。
お散歩にはキキも一緒だ。どういう訳だかわからないが、キキは常にリリィから離れない。お買い物に行くときなどは留守番しているように言って聞かせるのだが、そういう時以外はいつでもリリィのそばにいる。いつでもそばにいるのも不思議だったが、お留守番というと大人しく引き返していくこともこれまた謎だった。
(わたしの言っていることが判るのかしら? これってひょっとしてカーラ女史のお薬の副作用?)
キキの前の飼い主、カーラ女史は動物の知能向上を研究のテーマにしていた。だとすれば、キキに与えていた薬にそのような作用があっても不思議ではない。
今日は家で留守番するように言われなかったキキはご機嫌だ。リリィの後ろから飛び跳ねるようにしてついてくる。
途中、雑草と遊ぶキキを連れて魔法院内の散策路をのんびりと歩く。
柔らかい日差しと南からの風が心地よい。
「あー、気持ちいいね、キキ」
歩きながら思わず伸びをする。
「あらリリィ、お散歩?」
「ご機嫌よう、リリィ」
「猫と一緒? いいわね」
時折駅前に買い物に出るメイド仲間や、何かの用事で自転車に乗っているメイド仲間とすれ違う。
内気なリリィは声をかけられたら挨拶を返すだけだったが、それでもなんだか気分が高揚する。
この魔法院の敷地の中にはダベンポートとリリィが住んでいるような住宅が百戸以上点在している。多くは小さな住宅だったが、そのほとんど全ての住宅にはリリィのようにメイドが住み込んでいた。小さな住宅なら一人、
要するに魔法院は王国でも有数のメイド密集エリアなのだった。
(ここに住めて良かった)
リリィは仲間に挨拶しながらなんだか暖かい気持ちになっていた。
リリィは魔法院のハウスメイドだが、魔法院に雇われている訳ではない。あくまでも雇用主はダベンポートだ。魔法院は窓口になってくれるだけ、誰にも雇われなかったらそれまでだ。
(旦那様がいてくれて本当に良かった。お布団を買ってくれる旦那様なんて他にはいないもの)
再び、何か暖かいものがリリィの胸を満たす。
散策路は森を抜けると二又に別れた。リリィは迷わず右の道へ。
こちらに歩くと大きな池がある。池にはカラフルな鯉や水鳥がいてリリィは池端を歩くのが好きだった。
キキと話しながらてくてく歩いているうちに目の前に魔法院の大きな建物が見えてきた。事件がない時にはダベンポートが詰めている、石造りの大きな建物だ。ダベンポートがあの大きな建物の中でどんなお仕事をしているのかはリリィもよく判っていなかったが、きっと大変な仕事なんだろうと思っている。
(頑張ってください、旦那様)
リリィの歩いている道は、池に突き当たると再び左右に別れた。
「どっち行こうか、キキ」
キキとちょっと相談して、今日は右から池を廻ることにする。
見ればキキは池のほとりでリスと遊んでいる。リリィは
「ダメよキキ、リスを追っかけちゃ」
と人差し指を立てて注意した。
「キキじゃ負けちゃうんだから」
黒猫は神妙にリリィの顔を見上げているが、本当のところはどうだかわからない。現に耳が倒れている。聞きたくないのポーズだ。
「さ、行こキキ」
リリィはリスの方に行きたそうにしているキキを促すと、池の中を覗いたり池に浮かぶ水鳥を観たりしながら池端の散策を続けた。
…………
頰に当たる風が気持ち良い。
「♪〜」
気がつくと、リリィは散策しながら歌をうたっていた。
「♫────」
リリィの歌声を追いかけるように、それまでゴロゴロ喉を鳴らしていたキキもすぐに歌い出す。音速を変える首輪をしていないため音階は単調だったがリズムが良い。
「「🎶────」」
いつの間にかに二つの歌声は不思議なハーモニーを奏でていた。
夕暮れの中を一人と一匹で合唱しながらゆっくりと歩く。
魔法院は広い。家に帰ってきた時には日がだいぶ傾いていた。
「楽しかったね、キキ」
「ウニャン」
ふと、リリィは玄関の前の石段に小さな人影が座っていることに気づいた。
(誰?)
緊張に身体が張り詰める。
(怖い人だったらどうしよう)
むろん、魔法院の中の治安は非常に良い。しかし、それにも増してリリィは怖がりだった。
辺りが暗くなっている。
「やあリリィさん、やっぱりいい歌声だ」
その小柄な人影は石段から立ち上がると帽子を脱いだ。
「驚かせてしまったかな。わしだよ。ブラウン・カンパニーのブラウンじゃ」
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