どちらが32話

 焦った。


 股下を走り抜けて、攻撃してから、煙玉を使って逃げるだけだったが、あの斧はやばかった。


 完全に当たったら死ぬ。


 そんな安直な感想を抱かせるくらい、あの巨大な斧の迫力は、絶大だった。


「諏訪、大丈夫だったか?」


 俺が走って戻ってきたのを、何かあったのかと勘違いしたのか、ジカさんが駆け寄ってくる。


「………っふぅ……」


「諏訪、どうだった?」


 俺は肩で息をする。


 単にスタミナ切れでのものだと気づいたのか、ジカさんはゆっくりと質問する。


 俺はスタミナが全回復するのを待ち、


「効きました」


 そう一言告げる。


 べナさんとガイルさんの顔に嬉色が浮かんだのが、横目でもわかった。


 ジカさんも喜んではいるようだが、まだ何か思うところがある、というような顔だ。


 俺はそこで、しかしと付け加え、


「いまの弾数じゃあ、全部削りきることが出来ないです」


 俺は銃を撃った後、確かに確認した。

 ミノタウロスのHPの減り具合からして、三十発じゃ削りきれない。


「そ、それじゃあ、討伐は難しい、のですか?」


 べナさんの言葉に、俺は否定し、


「やりようはあります」


「…………どういうことだ?」


 ガイルさんの疑問の声。


 諏訪さんは気づいているのか、苦笑いしている。


「あいつの弱点を判明させ、そこに惜しみなく、外すことなく全弾を叩き込みます」


 俺の言葉に、ジカさんは既にした苦笑いをさらに引き攣らせる。


 べナさんとガイルさんは、二人して顔を合わせ、俺を病気の人みたいに見る。


「あの、諏訪さん……。

 それはそうだったらおそらく倒せますが…………」


「無理だ」


「どうしてですか?

 ガイルさん」


「彼奴に弱点は確かにある。

 二つの角の間にある紅い宝玉だ」


 そこで俺は、ホッとした。


「……何を落ち着いておるのだ」


「いえ、その程度の場所なら、どうということは無かったので」


 その言葉に、ガイルさんが少しムッとしたのを感じた。


 俺はそこで、自然体になる。


 同調する。


 意識して使うのは久しぶりなせいで、なんか変な感じがする。


 が、


「これで分かりましたか?」


 俺は気づいたら銃を構えて、ガイルさんの頬を掠めるように撃った。

 諏訪さんも、べナさんも驚く。


 当然だ。


 この技の完成は、こういうものだ。


 しかし、まだ完成されていない。


「お主……何を…………」


「少なくとも、今この場にいる人間に気付かれずに、傷つけずに攻撃が出来ました」


 ジカさんも驚いているのは……そう言えばそうだった。


 なんだかんだいいながら、この技に巻き込まれるのは初めてか。


「とりあえず、銃の腕に関しては、心配しないでください。

 しかも、ちゃんとこれ以上も存在します」


「これ以上……?」


「ガイルさんの重量制限解除みたいなものですよ」


「ちなみに、今撃ったのはちゃんと支給品の弾ですよ」


 マガジンを取り出し、支給品の弾を込めた。


 ガイルさんは想像以上に驚いたのか、俺をじっと見る。


 べナさんは、何か期待したような目線を向ける。


 ジカさんは、どうやら思い当たら事があるのか、考えていた。


「ま、とりあえず」


 俺は立ち上がり、


「やるだけやりましょう」











『恐るな、笑え。

 笑うな、恐れろ』











 正直、勝てる自信はない。


 効いたには効いた。


 弱点に叩き込めば勝てそうだ。


 だけど、そんなプレッシャーに俺は勝てるのだろうか。


『なんだ、恐れとるのか?』


 ジカさんとガイルさんが、武器について話している。

 後ろでべナさんがその話を聞いている。


 俺はさらにその後ろを歩く。


(恐れてるねぇ…………)


 俺はそのじいちゃん(妄想)に、脳内で返す。


 正直、めっっっっちゃビビってる。


 失敗できない。


 そんな単純なプレッシャーが伸し掛る。


 溜息を飲み込み、手を握る。


『震えとるのぉ』


 うるさい。


 別に反抗しなくてもいいのに、反抗してしまう。


 分かっている。


 俺の中に一人の人格が現れた訳じゃないから、このじいちゃんは俺の妄想だ。


 分かってるけど、飲み込めない。


『そうじゃろうな』


 分かったような口振りだな……。


『そうじゃろ』


 あーあー、じいさんの小言はうるさいなぁ……。


 俺はボーッとしながら歩いていると、


「誰と話していたのですか?」


 べナさんに唐突に話しかけられた。


 俺はボーッとしていたということもあり、驚いて後ずさる。


 前のふたりが気づいていないから良かった。


「誰と、って誰もいないよ」


「いえ、貴方は誰かと話していました」


 べナさんの横を通りすぎ、俺は歩く。


 べナさんは俺についてくるようにトコトコ歩く。


「貴方は、最初からおかしかったのですよ」


「可笑しかった?」


 馬鹿にされているのだろうか。

 眉間にシワを寄せながらべナさんを見ると、馬鹿にしているあの独特の雰囲気は感じられない。


「人には、一つの星があります。

 いえ、人だけじゃなく、全ての存在に、です」


「で、その星は全て輝くはずはない」


 俺は、ついついその先を言った。

 自分でも無意識だったため、口を塞いでしまう。


「……どうしてそれを?」


「……昔聞いた」


 べナさんの目線に耐えると、べナさんは露骨にため息をつき、


「とりあえず、貴方にはその星が重なっている。

 いえ、呑まれている、というのが正しいでしょうか」


「呑まれている?」


「あなたの星は、一つの強烈な光を持つ星と、その影の星です。

 輝きは違う。

 大きさも、質も、材質も。

 なのに、貴方の星は、それを一つとしているようなのです。

 手を取り合うわけでもなく、寄り添うでもない。

 かと言って突き放すようなものでもない。

 なのに、一つ」


 俺はべナさんの話を聞き流しながら、自分の記憶を掘り返す。

 確かに、その星の話は聞いたことがある。

 ただ、今は緊張していることもあるのか、誰が話したのかを思い出せない。


「まるで、決まりのようです。

 そういうもの、そういう決まり、逆らえない、逆らわない。

 私は、貴方の星を見ていて飽きません」


 なんの話なんだ、と思いながら聞いている。


 とりあえず、多分言いたいこととしては俺の前世の記憶についてなのだろう。


 でも、ゲームがそれを知るよしがない。


 これは俺一人の問題で、俺一人しか知らない話。


「べナさん」


「はい?」


「それ以上、見ないでくださいね」


 なので、一応言っておく。


 すると、べナさんは驚いた顔をして、俺の目を見る。


「どちらが……なの?」


 聞き取れなかった。

 何か言ったのだろう。

 まぁそれ以上聞いてもあれだし。


 というか、ゲームなのにこんなに個人に踏み込んでくるものなのか?


 俺は腰に下げている拳銃を弄りながら、歩く。


 俺の隣を歩くべナさんが、俺の顔を見ることはなくなった。

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