猫が語る宇宙論と地球の創成期

芦苫うたり

第1話 ニキビ 宇宙論


 「エミー……」

 少女が駆け寄って来て 猫の口を塞いだ。


 「エミ、ね」

 「分かりました。ところで、少し お話ししませんか」

 「はーい。どんな お話なのかな」

 少女は いつものように彼女の右隣に座った。


 本当は膝上に座って欲しいところですが、まぁ今日は この姿なので仕方がない。


 一見すると 漆黒のシャム猫のよう。ブルーアイで、短毛種でありながら 何とも柔らかな体毛。猛獣ではないので虎耳状斑や 黒豹のような隠れた模様などは、一切 見当たらない。

 しかし家猫と言うには大きい。体長は1メートルを優に超す、尾は80センチメートル程だ。シャムよりふくよかな丸顔をした彼女が話し始めた。


 「宇宙って どうやって出来たか知ってますか」

 「うーん、一般的にはビッグバンによって出来たって言ってるね。あっ、その一瞬前にインフレーションがあったとも」

 良く知っている。9歳とは思えない知識量だ。しかし、それは本質ではない。

 「それって実感ないでしょ」

 「そうね、本で読んで『あぁ、そうなんだ』って感じだね」


 普通はそうである。


 猫の前肢、柔らかい肉球がエミの頬を撫でる、滑らかで奇麗な、淡い卵色の肌だ。彼女がその気になれば この小さな命など一瞬で消えてしまうだろう、それほど儚いモノなの人間の命などというものは。


 「この頬にニキビが出来たとします、1つは一昨日に、もう1つは昨夜 出来たばかり」

 「うん。実際は皆が注意してるから あり得ないけどね」

 「そうでしょうね」


 黒猫がクスリと笑う。この何も考えずに浮かべる笑顔を思い出せたのは この子のおかげなのだ。感謝に堪えない。


 「そのニキビが宇宙です。

 人間の誕生から思春期の終り迄で宇宙を創る下地が完成します。後は衰えて消滅するだけです。

 ニキビは元ができると一瞬で腫れます。それがインフレーションからビッグバン、宇宙の誕生です」

 「えぇっ! そうなんだ」


 「そして、それに気付いた私達の誰かが薬を塗りますよね。ですが、半日の時間差があるため薬の効果が違うのです」

 「そうか腫れ具合が違うものね」


 「そうです。さっき出来たものはすぐ治りますが、昨夜出来たものは ちょっと治り難くなっています」

 「そうだよね。早期発見、早期治療って言うものね」


 「で、その治り難い方の宇宙を中から見てみますと……」

 「えぇ。治った方も知りたいな」


 「治った方ですか。うーん……、そうですね。

 治った方は、ビッグバンから40億年頃に薬を塗った効果が出て来ました。すこし腫れて、徐々に収まっていったのです。『ビッグクランチ』って言葉は ご存知ですか」


 「知ってる。ある程度拡大したら、徐々に拡大速度が落ちて停止。それから収縮が始まって元の何もない状態に戻る事だよね」

 「そうです。それが薬の効果です」


 「じゃ、薬を塗るのが遅くなった場合は、大きく腫れるのかな」

 「そうです。

 そちらでは ビッグバン後、80億年頃に薬を塗った事になります。ですが、その時点ではもう、ニキビの中に菌が入ってしまうように宇宙にも毒となるモノが発生しました」

 「うわぁ、大変だ」


 「そうなんです。その毒を排除するための薬、アザトースは効果の非常に強い劇薬を3種類生みだします。ヨグ=ソトース、シュブ=ニグラス、そして最強の劇薬として有名な ナイアルラトホテプです」

 「えぇ……。アヤヤト、ヨトフ、ヨブニス、ナラララって何」


 猫は深い溜息を吐いた。

 ――確かに人間には発音不可能な固有名詞だから、発音できないなんて当り前なんだけど。

 「いえ、まぁ……、そんなものです」


 チラリを少女の可愛らしい顔を見る。自身の名前でさえも ちゃんと発音できていなかった事を思い出した。

 黒猫は、再度 溜息を吐いて話を再開する。


 「その毒のせいでアザトース薬の効果は封印されてしまい、逆に腫れを拡張してしまったのです。それが所謂『第2のインフレーション』です。このままではニキビが破裂して傷が残ってしまいます」

 「大変だ」


 「そう、大変なんです。それに対し、身体の方も毒に対する劇薬を発生させました」

 「身体って、宇宙が発生させたって事ね、それも劇薬なの」

 「劇薬です、下手をするとニキビの毒よりも ずっと危険なものです」

 「そんなモノを、なぜ」

 「人体で言えば免疫による抗体のようなものですね。身体に入った異物を排除しようとする反応なです」

 「ふぅん」


 「その劇薬は とても種類が多いのですが、有名なのモノを上げると クトゥルー、ハスター、ツァトゥグァ等があります」

 「うーん、クリルル、ハララ、タットガかな」


 「ま、まぁ、そんな感じです」

 猫は苦笑が浮かびそうになったが なんとか我慢した。


 「みんな難しい発音だね」

 「それは仕方ありません、人間と あの存在とは身体構造が全く違いますから、正確な発音は不可能です」

 「じゃ、ソゴスは何故 発音できるのさ」


 「それは、ご存知のように私は身体の構造を変える事が出来ます。実際に それ等と共にあった同族の記憶もありますからね」

 「あぁ、そういえば 貴女の種族は記憶を共有できるんだったね」

 「そうです。私達の種族は奉仕種族、奴隷でしたから……」


 「ごめんなさい。嫌な事を思い出させて」

 「良いのです。事実ですし、過去の事ですから。では話しを進めますね」


 大型の黒猫、真名をショゴスと言う。彼女は、記憶を辿りながら話を続ける。


 「先程言いましたが体内、宇宙自体が造り出した劇薬は多種に上り、それぞれが毒と衝突しました。

 その結果、毒がひどく変質し、劇薬と区別が付かないモノさえ発生しました。主なものがノーデンス、バステト、ソムヌスヒュプノスですが こちらは大きく変化し、元のものは残りませんでした」

 「全部が変化したの」


 「そうです。さっき紹介したように区別が付かない程に変化した毒が、劇薬の油断を見つけてを攻撃したのです」

 「わぁ、ズルいな」


 「それでも、それ等は劇薬を消し去る事が出来ず、封印するのがやっとでした。しかも、それを ずっと監視していないといけません」

 「監視って、封印って そんなに簡単に外れるの」


 「なにせ劇薬ですから。さっき名前を挙げたクトゥルーが1体目覚めると、他の劇薬も一気に目覚め、本来の攻撃対象を見極める事ができるそうです」

 「逆に、よく封印できたものだね」


 「そうですね。眠っている時とが、油断を見計らって襲い掛かったりしたそうです。

 どちらにしろ封印が解けるのは時間の問題でした。まぁ、それでも50億とか100億年単位の話しですが。

 私が休眠状態になる前までは、まだ劇薬は封印状態でした。

 それでも色々影響は出ていたのですから、その効力と言うか、能力は凄まじいものがあります」


 「これまでは地球に全く関係のない話だったよね。じゃ、貴女の種族はこの惑星で いつ頃生まれたの」


 「生まれた、というより造られた。なのですが」

  ――どうも、地球での生命誕生について語る必要がありそうね。


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