我、汝に潤いを

秋都 鮭丸

1

 かの英雄、メタル・スミスの残した大秘宝。それは黄金に輝く、アフリカゾウを象った直径三十センチ程のじょうろであると言われている。このじょうろにかかれば、枯れ木は再び花を咲かし、砂漠は熱帯雨林と化し、都市は一晩で海底遺跡になるという。かつては恐れられ、存在を隠されていたそのじょうろだったが、今ではその馬鹿げた伝説を信じる者はいなくなってしまった。

 そして今、私の目の前には黄金のアフリカゾウじょうろが横たわっている。


 二年前、私は例のじょうろの捜索を行っていた。そのじょうろに歴史的価値があることは疑いようもなく、その上黄金でできている。トレジャーハンターとしての血が騒ぎ、数多の文献と遺跡を駆け巡った結果、この場所に辿り着いた。市街地を望む小高い丘、そびえたつ時計台の根本こそが、地図の示す場所。少し地面を掘ってみると、すぐに硬いものにぶつかった。掘り進めると、それは金属製の箱であることがわかる。その箱に鍵などかかっておらず、遠慮なく開けるとそこには、意外性もクソもなく、黄金のじょうろが眠っていた。


 私は確かに賢くはないが、件の伝説を信じる程の馬鹿でもない。こんなものはただの骨董品、金の延べ棒と大差ない。大差ないはずなのだ。そう自分に言い聞かせてしまうくらい、そのじょうろは異彩を放っていた。

 三十センチに収められたアフリカゾウは肌のしわまではっきり見えるほど正確に象られ、今にも歩き出しそうな佇まい。であるにも関わらずその全ては金色に輝き、背から無機質な取っ手が伸びている。じょうろというのに水を溜める穴は見当たらない。というかこれは本当にじょうろなのか。

 恐る恐るその取っ手を右手で握り、自身の左手へ向けてその鼻を傾けてみた。するとその鼻から、さらさらと崩れるように何かが流れ落ちてきた。

「うわっ」

 慌ててじょうろを水平に戻す。その鼻先の輝く雫を切り離し、象は元の威厳を取り戻し沈黙した。左手で受け止めた溢れんばかりの砂の山は、一つ一つが黄金に輝いていた。

 砂金だ。

 一瞬のうちに、きらびやかな栄光の未来が浮かぶ。私は小躍りしながら夕陽に叫んだ。

「神よ、あぁ神よ!」


 私が思うに、このじょうろは中身が空洞になっているのではないだろうか。長い年月を経て、内側部分がぼろぼろに崩れ落ちることで、内部に大量の砂金が溜まっていくこととなる。それを立派な鼻先から虹のごとく噴射しているのだ。つまり内部の備蓄が底を突けば、私の豪遊の未来も潰える。

 しかし、その鼻が枯れることはなかった。


 私は砂金を得ては売り、得ては売り、右手を少しひねるだけで人ひとりひれ伏す財を築きあげた。いつまでも尽きぬ魔法のじょうろに、もはや疑問も感じない。これは神から賜った神器なのだ。そこに人間の用意した理屈など通用するはずがないのだ。私はふかふかのソファに背を埋め、高らかに笑い諸手を挙げる。

「神よ、あぁ神よ!」


 不治の病に侵されたのは、それから二年が過ぎたころだった。札束をいくら積んだところで、医者は皆、首を横に振った。じょうろを傾けたとて、もはや不要の金ばかり。私は途方に暮れていた。

 そんなとき、すり寄ってきたのは医者でも神でもなかった。遺産目当てのハイエナどもが、私の死のにおいを嗅ぎつけて我先にと尻尾を振る。そんな輩の手を払う気力すら、私には残されていなかった。

 皆密かに、私の死を願っている。私を必要としていた存在は、何一つとしてなかったというのか。

「神よ、あぁ神よ!」

 私の心は、渇いたままだった。


 彼はそのじょうろによって潤い、そして溺れてしまった。これも伝説の内の一つ。そのじょうろが今、私の目の前に横たわっている。妻を亡くし、老いるばかりのこの余生、失うものはもう無いだろう。

 恐る恐る手を伸ばし、そのじょうろに触れる。微かだが、そのアフリカゾウは動いたように思えた。

 手のひらに向け、そっとじょうろを傾ける。私を潤すのは、やはり金だろうか。それとも――。


 その鼻先から一つ、息がこぼれたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

我、汝に潤いを 秋都 鮭丸 @sakemaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ