剣客の野獣

粋杉候

第1話 よくある話

お天道様も頂上から転がり落ちる昼下がり、街道を男が一人だらりと歩く。

名を十兵衛と言い年のころは数えで二十四。

みすぼらしい身形の着物だが袖元より見える腕は太く体格は小山の様に大きい、

恵まれた体だがそれよりも目立つのは顔の左側に入った大きな傷、

左目を縦に一筋の刀傷、眼帯で隠すがはみ出た傷は口元まで届きそこから返り口元にも大きな傷が線を引く、形で言えばレ。


元服して間もなく付けられた傷はもはや違和感を覚える事は無い、街中では人目が付いて視線を気にする方では無いが、煩わしさから大通りを避けて歩く様になった。


そして今、旧街道を気ままに歩き夕方前には宿場町に着くかとお天道様を見上げる。

ふと目線を目に戻せばそこには男女が一組、なにやら諍いの最中の様だ、近づきながらチラリと視線を向ければ何やら痴話げんかでは無いようなのが分る。


「ふてぇ女郎だコイツ、番所に突き出してやるからな」

「そっちこそヤルだけヤッて何言ってんだ青瓢箪、ふてぇってのはお前さんの事さ」


十兵衛は知らぬ顔で横を通り過ぎようとしたその時、

「そこのお侍様、このアマをそこの番所まで連れて行くのを手伝ってくれねぇか」

「お侍様、あたしを助けてください、この男に手籠めにされたんです」

十兵衛は足を止めて男女を見やり首を回しながら周囲を確認した、旧街道に人気はなくあるの雑木林の中に人が歩いて固めた道がまっすぐ続くのみ。

「ふむ、ではこうするか」

十兵衛は言うと腰の大小の逸物からすらりと抜き打ち男の喉に一閃、返す刀で女の心臓を一突きし刃先をねじ回す。

喉元を抑え倒れる男が地面に膝をつく、女はあっけにとられ十兵衛を見つめた。

刀を抜いて血のりを飛ばす、そこで十兵衛は雑木林に首を回す。

「出てこい乱波共、もう少し芝居のマシな奴はおらんのか」

雑木林の草むらから音も無く姿を現す者が数人、その中から頭目と思わる者が十兵衛の前に出た。

身形は何処にでもいそうな旅装束のをした若者達、違うのは手にそれぞれギラついた得物を持っている所か。

「一応聞いておきますが、どうして旦那には分かりましたかね」

「そうやって聞いてくる程度に間抜けだからだ、乱波」

「なるほど、やはり慣れない事はするもんじゃねぇって事ですな」

「一つ賢くなったな、代金は手前らの命で良いからその首置いてけ」

「残念ながらあっしらも仕事のお代を頂くにゃあ旦那の首が要るんでさ、堪忍してください」

両者が互いの顔を見合い同時に声を上げる。

「「はっはっはっはっは」」

嗤い声が二つ響きあい、声の終わりが合図となりそれぞれが動き出した。

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