㉛【春野家の焼き鳥】

 世の中にはいろんな家庭がある。

 家族構成はもちろんだが、各家庭にはそれぞれの流儀が存在している。

 

 今回はかな子の実家、春野家の流儀の話をしようと思う。

 それはまだかな子と結婚する前、義理の両親になる春野要三郎さんとハナさんの家に遊びに行った時のことである。


   〇



 きっかけは、かな子のこんな一言だった。


「北乃くん、明日さ、家で焼き鳥パーティーをするんだよね。遊びに来ない?」


 もちろん焼き鳥は大好きだった。

 それにかな子の両親にもまだ一度もあったことがなかったから、これを機会にちゃんと挨拶もしておきたかった。


「もちろん行くよ! でもお邪魔じゃないかな? 家族の団欒の日なんだろ?」

「邪魔なんてことないよ。むしろ大歓迎! 家はしょっちゅうだったからさ」

 

   〇


 サンマか。確かにおいしいけど、毎日じゃちょっと飽きるかも。

 だから焼き鳥パーティーをこんなに喜んでるんだな。


 微妙に会話がずれている気もするが、その時の僕にその意味が気づけるはずもなかった。


   〇


 それはともかく、僕は最寄り駅でちょっとした手土産を買って、かな子の実家を訪れた。


 郊外にあるヨーロッパ風の庭付きの一戸建て住宅。

 壁はレンガ調で、庭はきれいに手入れされ、今はたくさんのバラが咲き誇っていた。


「やぁ、いらっしゃい、キミが北乃君だね」


 玄関をくぐると、洋三郎さんが七輪の前に座り、早くも焼き鳥を焼いていた。

 かなり手慣れた様子。日頃サンマをこれで焼いているからだろう。


「まぁまぁ、よく来てくれたわね! 初めまして、かな子の母のハナです」


 お義母さんは庭の四角いテーブルにクロスをかけているところだった。


「あ、北乃くん、早かったね。ささ、座って座って!」


 最初の挨拶だけで、なんか一瞬で家族になれたような気がした。

 春野家はみんなが気さくで、あったかくて、緊張していた気持ちがあっという間に溶けて消えていった……


   〇


 それから焼き鳥パーティーが始まった。

 串に刺さった大ぶりの鶏肉が炭火でじっくりと焼かれてゆく。

 ちょっとコショーを聞かせた塩味と、甘味たっぷりのタレ味。

 

 お義父さんはテンポよく次々に焼いていき、僕たちはビール片手に熱々の焼き立てを次々とほおばる。


 鳥のうまみを引き出す絶妙な塩加減はお義父さんの仕事。

 これぞ焼き鳥! というタレ味はお義母さんのお手製だった。


 つくねとか、レバーとか、ささみとかはなかったが、このもも串とネギマだけで大満足だった。

 僕はそのおいしさと冷えたビールに、少々食べ過ぎ、飲みすぎになってしまったが、なにより春野家の暖かさにすっかり酔ってしまった。


   〇

 

「さて、じゃあ、そろそろ始めましょうか!」


 用意していた焼き鳥がなくなったところで、ハナさんがニッコリと笑ってそう言った。

 

 ん? これからなにか始めるのかな?


「そうだな。久しぶりの四人だな!」


 お義父さんはエプロンを外し、残っていたビールをグイッと飲み干した。


「あの、これから何をはじめるんですか?」


 とほろ酔い加減の僕。


 何が始まるにせよ、僕はもちろん参加するつもりだ。

 もっとこの人たちといたい、楽しい時間を過ごしたい、そんな気持ちだった。


「もちろん麻雀よ。北乃くん、打てる人だったよね!」


   〇


 カチッ。と回路がはまった。


 あの日聞いた『サンマ』の意味、それは三人で打つ麻雀の俗称だったのだ。


 そうか、この家族はみんな麻雀を打つのか。

 だがそれはかえって好都合。

 実は麻雀は得意だったのだ。


 ククク……それで、つい笑みがこぼれてしまった。


「麻雀ですか、ずいぶんと久しぶりですね」

 

 気づくと僕はそんなセリフを吐いていた。すごく自信たっぷりに。


「封印していたんですよ。大学卒業以来ずっとね」


 またそんなセリフを吐いていた。

 完全に酔っていたとしか思えない。


   〇


 だがまぁ自信があったのは確かだ。

 大学時代、文芸部に所属していた僕は、朝から晩まで小説も書かずに仲間内で麻雀を打っていたのだ。 

 それだけ続けていれば強くもなる。


 文芸部員たちの間で僕は『不死鳥』という二つ名で呼ばれていた。


不死鳥フェニックスの北乃……僕には二つ名がついてたんですよ、とにかくイーソーの引きが強くて」


 ちなみにイーソーとは鳳凰みたいな鳥の絵が描かれた牌のことである。


   〇


「まぁまぁそれは楽しみねぇ」とハナさん。


「お手並み拝見と行こうじゃないか」と要三郎さん。


「まぁ家は家族麻雀だから、お手柔らかにね!」ニシシと笑いながらかな子。


 まぁ家族で打っていた麻雀であれば、さほど手ごわいこともないだろう。

 なんて思っていたのだが、ハナさんが巻き上げたテーブルクロスの下には全自動雀卓があった。


「な、なかなか本格的ですね。ハハ」


「じゃあ始めようか、ルールはまぁ家の流儀で」


「わかりました。受けて立ちましょう!」


   〇


 かくして春野家の庭、素晴らしい青空が広がる屋外での麻雀大会が始まった。


 それにしても屋外での麻雀はすごく気分がよかった。

 さわやかな春風が吹き、牌をかき混ぜる音がジャラジャラと心地よく空気に溶けてゆく。

 

 いいなぁ、春野家。

 家族で麻雀を楽しむなんてなかなかない。


 だが勝負は勝負。

 家族のメンバーとして認めてもらうためにも、ここはきっちりと勝っておきたい。


 だが勝負は僕の予想だにしない方向へと転がっていったのだった。


   〇


「うーん、あまり手が伸びないな。とりあえずリーチ!」

 最初のリーチはお義父さんだった。

 なんとも困ったような顔で、顎を書きながらしぶしぶリーチ牌を置く。


 捨て牌をざっと確認。流れからして、おそらく狙いはピンフ。スジを切っていくのが安全か。

 安パイも手元にあったが、そういう安易な切り方は勝負師たる僕の打ち方ではない。

 きっちりと読み切ったうえで、敢えてウーピンを切る。


「ローン! リーチ一発ピンフ三色ド高め! 裏ドラは……なしか」


   〇


 いきなり振り込んでしまった。

 まさかのスジひっかけ。要三郎さん、優しい感じからしてそういうことはしないと思っていたのだ。


「やりますね、ひっかけとは思いませんでしたよ」


「お義父さん、得意なのよ、スジひっかけ。ついたあだ名が『ひっかけの要三郎』!」


「なんかいやな二つ名だけどな。でも引っかけは楽しいんだよ、笑いをこらえるのがポイントだな」

 なんて言いながら明るく笑っている。


「やだ、お父さんたらいじわるね」

 なんていいながらハナさんもホホホと笑っている。


「さぁ、次々! 今度はあたしが上がるんだから」


   〇


 今度はなかなかいい配牌だった。


 形からしてピンフ三色になりそうだ。牌の入り方もいい。


 待ち牌は僕の得意な鳥のイーソーとスーソーの二面待ち。

 しかも頭がドラになっていた。これはぜひとも上がりたい!


(こい、イーソー、こい、イーソー!)


 僕の最も引きの強い牌!

 フェニックスの二つは伊達じゃないところを見せなけりゃ!


 そしてかな子から待望のイーソーが出てきた!


「ロ……」


 僕が言いかけた時だった。


「ロ~ンっ!」


 僕より早くハナさんの声が弾んだ。

 完全にノーマーク。

 捨て牌はバラバラ、テンパイしていたなんて予想外だった。


「北乃さんもロンだったかしら? でもアタマハネだからごめんなさいね!」


 そう言ってジャラッと牌をさらす。

 出来上がっていた役は七対子。


 狙って作るというよりも、読みと運で引き寄せるタイプの役なのだ。


   〇


「ちなみに母さんの二つ名は、まんまだけど『チートイのハナ』。なんか作るのうまいんだよね」


 かな子が解説してくれた。


「なんかニコニコで揃えるが楽しくってね!」

 

 そしてこの後もハナさんは確実に七対子を上がっていったのだ。


 僕も二度ほど振込の被害にあった。

 七対子のあたり牌はとにかく読めないのだ。

 これはもう事故にあったとあきらめるしかなかった。


   〇


 そして勝負は続く。


「北乃君、それロン! 一発ど高めありがとう!」


 かな子のさらした牌は三暗刻トイトイ。

 やばい。かなり高い……。


「ちなみにあたしの二つ名は『裏ドラのかな子!』だよ」


 そう言って裏ドラ表示牌をめくる。


「えいっ! やった! 狙い通りドラ三」


 恐るべし『裏ドラのかな子』、きっちり三枚の裏ドラを乗せてきたのだった!


   〇


 はっきりと言おう。


 こいつらバケモンだった。

 

 きっと来る日も来る日も麻雀を積み重ねてきたのか、あるいは化け物なみに引きがいいのか。

 僕のやってきた麻雀ではまるで歯が立たなかった。


 あんなに温和に見えていた春野家の面々が、今は悪魔に見えていた。

 ニタニタと狡猾な笑顔を浮かべ、炎の吐息をもらし、スペードの尻尾をゆらゆらと揺らす悪魔に。


   〇


 気づけば勝負は終わっていた。


 結局、僕は振込マシーンと化し、最後の勝負もあっけなく終わってしまったのだった。


「さぁさぁ北乃君、気を取り直してもう一局いこうか!」


 悪魔の『ひっかけの要三郎』が言ってた。


「不死鳥って、死期が迫ると火の中に飛び込んで生き返るのよね」


 『チートイのハナ』が楽しそうにクククと笑っていた。


「その前に北乃君、上がってなかったよね! 


 追い打ちをかけてくるのは『裏ドラのかな子』。

 勝負の最後まできっちり追い打ちを欠かさない。


   〇


 ちなみに焼き鳥とは一度も上がれなかったプレーヤーに課されるペナルティーだ。


「北乃君、


 ニシシと笑いながらかな子。


 うまいこと言うじゃないか、とすでに炭化していた僕だった。


(あんたたち家族、マジ、強すぎ……)


 そう言いたかったのだが、気づいた時には次の勝負が始まっていた。


 この後、三匹の悪魔に囲まれた僕がどうなったのかは、語るまでもないだろう。




 おしまい

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